2016年11月13日、国内ロードレースシーズンの締めくくりとして行われた「ツール・ド・おきなわ2016 男子チャンピオンレース」。今年もシマノレーシングのチームカーの中からレースを追ったレポートをお届けする。
■ゼッケン1番、チームカーは2番
シマノレーシングの入部正太朗キャプテンにとって、ツール・ド・おきなわは相性のいいレース。2014年3位、2015年2位と表彰台を一段ずつ上がり、もちろん今年は優勝を目指すのみ。
そんな入部選手にはゼッケン1番が与えられた。昨年優勝した海外選手が来日しなかったため、繰上りで1番が回ってきたのだ。実は入部選手にとって1番をつけるのは「選手生活で初めて」とのことで、本人もちょっとうれしそう。スタート前は「今日は感触がいい」と語っており、1番『防衛』に向け自信を見せていた。
したがって、他のシマノレーシングの選手も一ケタ台のゼッケンをつける。2番・木村圭佑選手、3番・湊諒選手、4番・秋田拓磨選手、5番・横山選手。いずれも20代前半~半ばの生きのいいメンバーだ。
一方、チームカーがつける番号は2番。つまり参加16チームのチームカーの隊列の中で、前から2番目となる。ちなみに、ワンデーレースのチームカーの隊列は、成績に関係なく前日の監督会議でのくじ引きで決まる。(ツアー・オブ・ジャパンなどのステージレースの場合は、選手の総合順位をもとに隊列が決まる)
前であればあるほど、チームカーからレースの状況を目視しやすいし、選手への補給もスムーズになる。野寺秀徳監督のくじ運のファインプレーだ。
こうして数字的には幸先のいいシマノレーシングのツール・ド・おきなわのスタートとなった。
ツール・ド・おきなわでは2年連続表彰台の入部選手。自身初めてのゼッケン1番をつけて走る
チームカーは2番をつける。レースを進めるうえで有利なポジションだ
■ベテランの目
ツール・ド・おきなわのチームカーは、大会側が用意したレンタカーを使用する。昨年、そのチームカーが他の自転車から落ちたパーツ(ハンドルバーのエンドキャップ)を踏んで、パンクしてしまうという予想外のハプニングに見舞われた。
もちろん210㎞の長丁場のレース、今年もどんなことがあるかわからない。スタート前には大久保メカニックが「今年は背筋200㎏のを連れてきたから」と笑顔で声をかけてきた。どうやら同乗の若いメカニックは力自慢で、もしまたパンクした時はジャッキとしても期待できるらしい(!?)。
空がようやく明るくなってきたころ、選手たちがスタートラインに整列。そして6時45分、定刻通りにレースは始まった。チームカーには野寺監督と僕、後部座席には大久保さんらメカニック2人が乗り込んで、集団の後を追う。レンタカーの室内はさほど広くないため、メカニックの頭の上にはチューブを使ってホイールが2本固定されている。
レースは名護市内を抜けて本部半島へ。目の前の集団内では、活発にアタック合戦が繰り広げられているようだ。シマノレーシングからも若手の秋田選手と横山選手が積極的に動く。この2人を逃げに乗せるのが、チームとしての序盤の作戦。スタートでもしっかり前に並んでいた。
しかし、同じことを考えているチームは他にも多いようで、この日はなかなか逃げが決まらない。隊列2番目につけるチームカーにも、集団の緊張感が伝わってくるようだ。
ところで今年はAbema Freshによるライブ中継もあるので、スマホアプリを立ち上げてライブ動画をチェック。審判がレースの状況を伝えるラジオツール(競技無線)と合わせて、チームカーの中でもレースの状況はある程度把握できる。
そんな中、20㎞地点に設定されたスプリント賞にさしかかったとき、後部座席の大久保メカが「横山が獲ったんじゃないか」と、つぶやく。
前の席に座っている野寺監督や僕からははっきりと見えなかったが、20分ほど経ってからラジオツールが、横山選手のスプリント賞をアナウンスした。大久保メカの言う通りだった。
様々な機器を使って情報収集しても、長年レースにかかわっているベテランの目にはかなわないなと感じさせられた瞬間だ。
ツール・ド・おきなわで使用したチームカー。今年はパンクしませんように…
■キャプテンからの伝言
集団は本部半島を一周し、沖縄本島西側の国道58号を北上していく。時間が経つにつれて、晴れ渡った空は沖縄らしいブルーに染まり、左側の車窓には海も広がっている。
しかし、ハイペースで進むレース展開にチームカーの中も景色に目を向ける余裕はほぼない。スタート1時間以上経ってもまだ逃げは決まらず、秋田選手、横山選手の2人だけに「負担をかけられない」と湊選手もアタック合戦に参加し、一時は11人が抜け出す。これで決まるかと思ったが、他のチームが追いかけてきて、つぶされてしまった。
この展開は、きっと選手への負担も大きいだろう。ようやく、この日初めてラジオツールがシマノの選手がチームカーを呼んいるとアナウンスする。ゼッケン4番の秋田選手だ。チームカーは2番目につけているので、集団の後ろまで上がるのはあっという間だ。しかし、レース全体のスピードは落ちていないので、あわただしくボトルや補給食を渡す。
その数分後、その秋田選手がオランダ人選手とともに2人で飛び出したとのアナウンス。ほぼ70㎞地点、2時間近く走って、そろそろ1度目の山岳賞が始まろうかというタイミングだ。集団はついにこの逃げを容認したようで、路肩にはトイレ休憩で止まる選手がちょっとした列を作っていた。
やがて集団とチームカーは国道を右折し、山岳賞が設定された照首山・普久川ダムの上りへと入る。先ほどまでの広い道を打って変わり、細く曲がりくねった上り坂となり、隊列のスピードもぐっと下がる。
逃げの2人と集団とのタイム差はみるみる開き、その差が1分以上になった。チームカーは審判カーから許可をもらい、集団を抜いて秋田選手の元へ向かう。クラクションを鳴らしながら、選手たちを右側から抜いていくとき、入部キャプテンの声が聞こえた。
「秋田に後ろ止まってるって言ってください!」
集団のスピードは落ちているので、無理して逃げのペースを上げる必要はないというメッセージだ。チームカーが逃げ集団に追いつくと、野寺監督が秋田選手に「ゆっくり行けよ」と、先ほどの入部キャプテンの伝言を伝える。
この逃げにはいつの間にかマトリックスパワータグのホセ・ヴィセンテ・トリビオ選手と安原大貴選手が追いついて、4人になっていた。ホセ選手は今年のJプロツアー年間チャンピオンで、このおきなわも優勝候補のひとり。前半から動いてきたのはちょっと意外でもある。今年のツール・ド・熊野で新人賞を獲得した秋田選手が、彼ら相手にどのような走りを見せるか。
延々と続いたアタック合戦の末、秋田選手がついに逃げに乗る
■作戦通りの展開で後半戦へ
山岳賞の地点で、僕はいったん撮影のためチームカーを下りる。まだ朝の9時。天気はいいが標高330mの山の上は空気がひんやりしている。
続いて上がってきたメイン集団を撮影し終え、レースが本島北部を一周する間、動画やSNSなどで状況をチェックする。逃げと集団とのタイム差は最大で8分ほどに開いたようだ。そしてマトリックスの2人がペースアップし、秋田選手らは逃げから脱落しているようでもある。
その情報通り、2度目の山岳賞に最初に現れたのはマトリックスの2人のみ。次に秋田選手たちが現れるかと思ったが、約3分後に姿を見せたのは集団だった。77人でスタートしたがすでに30人あまりに絞られている。そして国内有力チームが前を固め、後半戦に向けての本格的な戦いがまさに始まろうとしていた。
秋田選手はこの集団にも残っていないようだが、シマノレーシングの他の4人は集団後方でまだまだ余裕がありそうだ。秋田選手のおかげで集団コントロールに加わる必要がなく、レース中盤は脚を休めることができたようだ。
野寺監督はチームカーを路肩に寄せて僕を拾うと同時に、トランクから補給のドリンクやジェルなどを運転席に移した。レースは残り80㎞ほど、いよいよここからが正念場だ。
レースは山を下り、東海岸へと向かう。先頭のマトリックス2人は吸収され、集団の人数も20人ほどに減ったようだ。シマノは入部、木村、湊の3選手が残っている。ここまではシマノレーシングとしては作戦通りの展開だ。
シマノレーシングの中で今年最も成長した木村選手。6月の全日本選手権(伊豆大島)では3位表彰台を獲得した。シーズン終盤に調子は落とし気味だが、人数を減らしたこの集団に難なく残っているのはさすがだ。
チームカーは、この集団から少し遅れた横山選手へ補給。日も高くなってきて、気温も上がってきた。横山選手は「かけ水」(身体にかける水)を要求する。
チームカーからの補給は選手やスタッフにとっては当たり前のことでも、間近で見るとかなりの迫力だ。一歩間違えば選手とクルマが接触して大事故にもなりかねないが、チームカーと自転車のスピード、選手とスタッフの呼吸を合わせて、ボトルや補給食を渡すのはまさにプロの技だ。
チームカーは横山選手の集団を抜いてメイン集団に追いつく。その集団から、アタックに反応して湊選手が加速するのが見えた。まだ残り6~70㎞ほどあり、様子見の仕掛け合いかに見えたが、終わってみるとこの動きがレースを決定づけるものだった。
チームの中で今年最も成長したひとり木村選手。この日も粘りの走り
横山選手へボトルを手渡す野寺監督。チームカーからの補給は危険と隣り合わせでもある
■強豪ぞろいの先頭集団の中へ
ラジオツールが読み上げる逃げのメンバーのゼッケンをチェックする。人数は8人で、ブリッツェンの増田選手、雨澤選手、ブリヂストンアンカーの内間選手、西薗選手、マトリックスの吉田選手、キナンのジャイ・クロフォード選手、チーム右京のベンジャミン・プラデス選手、そしてシマノの湊選手。周りは湊選手より実績・経験が豊富な選手がほとんどで、この中から誰が勝ってもおかしくない、強力な顔ぶれだ。
ライブ動画をチェックすると、湊選手もこの8人の中で積極的にローテーションに参加している。まだまだ十分に力を残しているようだ。
気づいたときには、後方の集団とは1分ほどのタイム差が開いた。集団も追いつくほどのスピードが出ないようだ。たまらず、ここから入部選手が追走に飛び出し、畑中選手(チーム右京)とベイビーダンプのオランダ人選手と3人で追いかける。
昨年も同じような展開で追走を成功させ、最終的に2位表彰台をつかんだ入部選手だが、今年もその再現ができるだろうか。
野寺監督は「ペースでいけば追いつくから」と入部選手を励ます。
さらに、チームカーは先頭まで上がり、湊選手にも「後ろから入部が1分差で追ってきている」と情報を伝える。
もちろん先頭にシマノの選手が2人入れば理想的な展開だが、他チームの選手もそうはさせたくない。というよりも、この8人で勝負を決めたいという思いが強いはずだ。ペースが緩むことはなく、湊選手と入部選手が連携する動きを作るのは難しくなっていく。
タイム差が1分前後で縮まらないまま、追走3人はバラバラになり、入部選手は単独での走りを余儀なくされ、ますます状況は厳しくなる。
その後方では一度遅れた横山選手が木村選手らの集団に追いついていた。前半からアタック合戦に積極的に動いていた横山選手だが、まだ力強い走りを見せている。この日履いた、シマノの新型ホイールとの相性もいいようだ。
ライバルチームの動きに反応し、先頭集団に入った湊選手。力強い走りを見せた
今年こそ表彰台の頂点を狙った入部選手は、苦しい追走を強いられることに
■それぞれの成長を見せたレース
チームカーは再び先頭8人の後ろにつけた。この集団のまま逃げ切れば湊選手に表彰台のチャンスはある。さらに、このレースは上位10人にまでUCIポイントが与えられるので、それはほぼ確実だ。
レースは再び曲がりくねった内陸部に入る。集団の直後につける大会関係車両の数が多く、先頭8人の動きはチラチラとしか見えない。
残り25㎞あたりでようやく湊選手らの姿をとらえたが、いつの間にか人数は4人に減っている。
どうやら8人が2つに分かれたらしい。新たに先頭に飛び出したのは増田選手、内間選手、ジャイ選手、ベンジャミン選手の4人。いずれも優勝候補ばかりだ。
チームカーの中では湊選手らが先頭4人に再合流する展開を願ったが、はるか先へ行ってしまったのか姿はもう見えない。後ろに残された西薗選手、雨澤選手は前にチームメイトがいる状況で、なかなかペースも上がらないようだ。
ラジオツールが伝えるタイム差も徐々に広がっていく。さらに残り15㎞で先頭4人から増田選手が単独アタックしたという情報も伝えてきた。そのまま増田選手は力の違いを見せつけ、独走で2年ぶり2度目のツール・ド・おきなわ優勝を飾った。
一方、湊選手の集団には先頭から脱落したベンジャミン選手が合流。5人での4位争いとなりそうだ。
ひとつでも上の順位を獲ってほしい。そういう思いで、チームカーの中も湊選手の走りを見守った。最後はスプリント力のあるベンジャミン選手に続く5位と健闘した。
プロ2年目、シマノレーシングに移籍して1年目の湊選手にとってはUCIレースで自己最高のリザルト。自身初のUCIポイントも獲得した。しかし、本人も語っていたように、「これからがスタート」という結果だ。来季のさらなる飛躍が楽しみだ。
一方、優勝候補だった入部選手は最後まで単独走を強いられ、10位でゴール。もし追走が成功していれば、という無念さはあるが、「自分の力が足りなかった」と悔しさをにじませていた。
過去2年のように表彰台という華々しい成績は残せなかったシマノレーシング。しかし、5人の選手がそれぞれの場面で働き、チームに貢献する走りを見せた。ここ数年、若手育成を掲げるシマノレーシングの努力が着実に前進していることを、シーズン最終戦でも証明してみせた集大成のレースだった。
ちなみに、今年のチームカーはトラブルらしいトラブルもなく無事ゴール。何とか最後まで選手をサポートすることができた。そのチームカーの中から撮影した動画も公開中なので、ぜひチェックしてほしい。
最後は4~9位争いのスプリントに挑んだ湊選手。惜しくも5位に
健闘した湊選手を野寺監督が出迎える
ツール・ド・おきなわ2016 シマノレーシング チームカーから見たレース 2016ツール・ド・おきなわ 湊諒5位 インタビュー 2016ツール・ド・おきなわ 秋田拓磨が逃げる インタビュー
All Photo&Movie&Text : Tatsuya Mitsuishi