シマノレーシング、ツアー・オブ・ジャパンからディスクブレーキを本格投入! そのアドバンテージを探る
text &photo :Tatsuya Mitsuishi
▲ディスクブレーキを搭載した「TCRアドバンストSLディスク」「プロペル・アドバンストSLディスク」とシマノレーシングの選手たち
シマノレーシングは、5月19~26日に開催された「2019ツアー・オブ・ジャパン」からディスクブレーキ搭載のロードバイクを本格的に実戦投入。圧倒的な制動力に加え、低重心化によるバイクコントロールのしやすさなど選手たちは様々な場面でアドバンテージを実感していた。
ロードレースでのディスクブレーキ使用は3年間のトライアル期間を経て、昨年7月にUCI(国際自転車競技連合)が解禁。以降、ツール・ド・フランスなど海外の主要レースでディスクブレーキ搭載車を実戦で使うチームも増えてきている。しかし、日本国内のレースシーンでは今年に入ってもまだディスクを使うチーム、選手は少数派だった。
世界をリードする自転車メーカーのジャイアントのバイクフレームの供給を受けるシマノレーシングは、ロードバイクの未来を担うこのテクノロジーをツアー・オブ・ジャパンから実戦投入。全ステージでほぼ全選手がディスクブレーキ搭載バイクを駆り、そのアドバンテージを示した。
▲ 前後輪に装着されるディスクローターが外観上の存在感を際立たせる
■「ブレーキングで順位を上げられる」圧倒的な制動力
まず選手たちがアドバンテージとして挙げるのが、圧倒的な制動力だ。ブレーキの効き自体が強いのはもちろん、効きの強さもコントロールしやすいという。制動距離が短くなる分、ブレーキのタイミングを遅らせることができ、集団内で順位を上げられる強みがある。
キャプテン木村圭佑選手は「一番はブレーキングのよさ。コーナーの進入時の安定感、安心感ですね。ギリギリまでブレーキングを我慢できるし、テクニカルな下りで選手をパスしたり、集団の中を縫っていくときとかに安心できます。京都ステージでは横山がグルペットで下りを先頭で入ったら、全員後ろで千切れてしまうぐらいでした。本人は攻めてるつもりはないんですけど、速いという。僕らはヴィットリアのタイヤのグリップ力もあるんですけど、それに加えてディスクの安定性で集団内でも速いと思います」と語る。
他の選手も同じ意見だ。
湊諒選手「集団内にいても、コーナーでは2、3番手ぐらい順位を上げてますね。上りの手前のコーナーで、番手を上げなくちゃいけない場面でアドバンテージを感じています」
横山航太選手「コーナーの突っ込みとかで、制動力が全然違います。南信州ステージのTOJコーナーとか、高速から一気に減速する場面でリムブレーキの選手たちを一気に抜けるメリットがあります」
中井唯晶選手「コーナーでギリギリまで突っ込んで、グッとブレーキして、スッと抜けられる。東京ステージでは集団がスプリントに向けてスピードが上がっている状態でコーナーを高速で曲がります。リムブレーキだともっと手前でスピードを落として曲がっていたけど、ディスクだとギリギリまでスピードに乗った状態で、リムブレーキの選手より遅いタイミングでブレーキして曲がれる。ブレーキングの安定感が武器になりましたね」
▲ コーナー進入の際、ブレーキングを遅らせることで集団内での順位を上げられるのがメリットだ
制動力が強すぎると、ロードバイクの細いタイヤではロックして挙動を乱してしまうのではと想像しがちだが、制動力自体をコントロールしやすいので、そのリスクもほとんど感じないという。
木村選手は「最初のころはロックするんじゃないかというイメージだったんですけど、どちらかというとリムの方がロックしやすい感じです。ディスクは効きが安定していて、一気にガツンと効かないのでロックしないです」と説明する。
ツアー・オブ・ジャパンでは、シマノレーシング以外でディスクブレーキを使っていたのは一部の外国人選手など数人だった。リムブレーキが大多数の集団の中で、制動力の違いによるリスクはなかったのだろうか?
横山選手に聞くと、「ディスクは制動力を調整できるんで危ない場面はなくて、むしろ安心してブレーキできました」とコントロールしやすい分、スピード差にも対応しやすかったとのことだ。
また、ほとんどの選手がツアー・オブ・ジャパン開幕まで間もない時期にディスクブレーキ搭載車を渡されたにもかかわらず、各選手とも短期間で対応していた。
入部正太朗選手は「ディスクブレーキは冬のオフトレのマウンテンバイクで使ったぐらいで、ほとんど経験はなかった。レース前に新しい自転車に代わって、感覚的な部分でちょっと不安はあったけど、1日ぐらいで慣れました。他のチームがブレーキかけるの早いなという印象があったけど、ディスクに変わったことで、ギリギリまで攻めたり、コントロールが効くということで安心感から生まれたアドバンテージかなと感じましたね」と語っている。もともとテクニックのある選手だからというのはもちろんだが、ブレーキ自体の扱いやすさも早く慣れることができた要因なのだろう。
マウンテンバイク、シクロクロスでも活躍し、ディスクブレーキを使用した経験が豊富な横山選手は「僕に関しては他の選手と違って使い慣れているんで、経験という意味ではアドバンテージはあったと思います。今回のツアー・オブ・ジャパンではなかったんですけど、例えば雨が降ったりしたらカーボンリムのリムブレーキの場合、最初は(ブレーキレバーを握って)水を弾かないとブレーキが利き始めないけど、ディスクの場合はその必要がない。制動に対しての不安というのが一切ないので、大きなアドバンテージになっていると思います。僕ら選手もそうですけど、一般の人の方がよりメリットは感じやすいと思うので、もっと普及していけばいいんじゃないかなと思います」と、一般サイクリストにも勧めている。
▲チームの地元で開催された堺国際クリテリウム。ディスクロードのトレインが集団をリードする
■低重心化でバイクコントロールも向上
制動力以外に選手たちがメリットとして挙げたのは、ロードバイク全体の低重心化だ。従来のリムブレーキはフォークやシートステイの根元付近にブレーキが装着されていたのに対し、ディスクブレーキはそれより下の車軸近くにブレーキが置かれることで、重心位置が下がった。またフレームやホイールもディスクブレーキの強力な制動力を受け止めるため、剛性や重量のバランスが見直されている。
入部選手は「僕の印象としては重心が低くなって、ダンシングするときはリムブレーキと比べると振りが重たいなと感じるけど、推進力には変わります。でも、後半はどんどん慣れてきたので、まったく問題ないと思います。逆に重心が低くなったので、コーナーで安定して、跳ねにくいという印象。使えば使うほど、さらに慣れていくんじゃないでしょうか」と、コーナリング時の安定感をメリット挙げている。
▲伊豆ステージでコーナーをクリアする入部選手。低重心化により、挙動も安定していたという
低重心化、剛性バランスの見直しによって、コーナリングだけでなく、平坦などあらゆる場面でバイクコントロールがしやすくなっているとの声もある。
湊選手「コーナリングは安定しているし、倒し込みやすい。重心が下にあるので、車体が安定して曲がりますね。平坦でも集団の中で加速していくイメージ、ゴールスプリントでも伸びが違う。最初は不安でしたけど、ステージを経ていくにつれて感覚がつかめてきて、使い方もつかんでよくなってきました」
木村選手「スプリントのかかりがよく感じたり、剛性は上がっているかなというイメージですね。ホイールはリムの外周が軽くなっているので、実際の重量より軽さは感じますね」
ディスクブレーキ自体はリムブレーキよりもわずかに重いが、中井選手のように「上りも重く感じない」という声もある。
またホイールの脱着も従来のクイックレリーズ方式から、フォークやリアエンドにネジで締め込むE-Thru(イースルー)アクスルシステムとなった。ディスクブレーキの強力な制動力を受け止めるためシャフトも太くなり、固定力も上がっている。
パンクなどトラブル時の車輪交換の手順もクイックレリーズとは変わったが、幸いシマノレーシングはツアー・オブ・ジャパン期間中、その機会は1回しかなかった。作業を行ったベテランの大久保修一メカニックによると、クイックレリーズとほぼ変わらない時間で問題なくできたとのことだ。
▲ディスクブレーキの調整をする大久保メカニック
■オールラウンドのTCR、エアロのプロペル 2種類のフレームから選択
あらためてシマノレーシングが使用している機材について見ていく。ブレーキレバー、ディスクブレーキキャリパーなどのディスクブレーキシステムは、もちろんシマノデュラエースR9100系。ディスクローターを装着するホイールは、空気抵抗の少ないリム高60㎜のWH-R9170-C60、軽量なリム高40㎜のWH-R9170-C40の2種類を使い分けた。
ジャイアント製のフレームは、軽量オールラウンドタイプのTCRアドバンストSL(以下、TCR)とエアロロードのプロペルアドバンストSL(以下、プロペル)の2種。選手たちはコースや好みによって各ステージで使い分けた。
木村選手によると「平坦基調のレースはプロペル。空力性能に特化しているんでスピードが出ます。堺のTTとか東京ステージはプロペル使いました。ほかのアップダウンがあるステージでは、オールラウンドな性能がある軽量なTCRをチョイスしています」とのこと。
ちなみに各選手のステージごとのバイクチョイスは以下の通りだ。
<堺国際クリテリウム> TCR …湊、黒枝 プロペル…入部、木村、横山、中井
<第1ステージ堺(個人TT)> TCR …湊 プロペル…入部、木村、横山、黒枝、中井 <第2ステージ京都> TCR…全選手
<第3ステージいなべ> TCR…全選手 <第4ステージ美濃> TCR …入部、木村、湊、横山、黒枝 プロペル…中井 <第5ステージ南信州> TCR…全選手
<第6ステージ富士山> TCR…全選手
<第7ステージ伊豆> TCR…全選手
<第8ステージ東京> TCR …湊、黒枝 プロペル…入部、木村、横山、中井
クライマーの湊選手は、平坦でも慣れているTCRを愛用。黒枝選手は堺ステージのTTではプロペルを使ったが、スプリントステージではゴール前の混戦でより小回りの利くTCRを駆った。エアロロードが好みというスピードマンタイプの中井選手は、1ヵ所だけ上りのある美濃のコースでもプロペルを選択した。
▲美濃ステージで中井選手が使用したプロペル
▲同じく美濃ステージでの黒枝選手のTCR。ホイールはスプリントに対応するため、空力性能の高いC60を履いている
なお、他の選手がホワイトカラーのTCRを使っていたのに対し、キャプテンの木村選手はブルーとオレンジのカラーリングのTCRに乗っている。これは一代前のカラーリングのモデルで、チームの中でも「新しい機材に比較的抵抗感がない」という木村選手は春先のレースからこのTCRを実戦で使っていた。また、新人の中井選手はディスクブレーキ仕様のTCRが間に合わず、従来のリムブレーキ仕様のTCRを使用。一方、プロペルは全選手にディスクブレーキ仕様が渡された。
▲ブルーとオレンジのTCRを駆る木村選手
▲中井選手のTCRは、従来のリムブレーキ仕様
▲漆黒に見えるプロペルだが、光の角度によって虹色に光る特殊ペイント「レインボーカラー」が施されている
ツアー・オブ・ジャパン翌週のツール・ド・熊野でも、ディスクブレーキ搭載バイクを駆るシマノレーシングの活躍が目立った。第1ステージではプロペルを駆る中井選手が小集団で逃げ切って3位。ディスクブレーキ導入後、初めてウェットコンディションでのレースとなった第3ステージでは、入部選手が序盤から積極的にアタックし、ステージ3位に入ったほか、横山選手が7位、中井選手が10位とトップ10に3選手を送り込む結果となった。
今後、多くのチームがディスクブレーキを採用すればチーム独自のアドバンテージこそ少なくなるかもしれないが、先進的なテクノロジーをいち早く導入することで、国内ロードレース界やレースファン、一般サイクリストにまでその可能性をアピールしたことには大きな意義があったといえるだろう。
▲ツアー・オブ・ジャパン、ツール・ド・熊野を通じてシマノレーシングはディスクブレーキの可能性をアピールした