昨夜読み終えた『母の遺産 ー新聞小説』。
著者である水村美苗さんのことは、辻邦夫さんとの往復書簡『手紙、栞を添えて』で知っていましたが、作品を読んだことはありませんでした。先月本屋さんでたまたま見つけ、購入したわけです。
美津紀という50代の女性が主人公で、自らの更年期の不定愁訴に苦しみながらも母親の最後を看取るまでの様子がつづられています。最初はそれを通して人が年老いていくことは具体的にどういうことなのかを今の自分より先取りしてみているような感覚で読み進めていましたが、だんだん美津紀の母が結婚に至った顛末があったり、祖母が当時の新聞小説『金色夜叉』を読んだことで人生が変わったのではないかというエピソードがあったりして、ひどく考えさせられていきました。
『金色夜叉』は明治30年から讀賣新聞で連載されたそうです。当時まだテレビもなく、それほど娯楽もなかった時代でしたから、新聞小説は大きな楽しみだったでしょう。貫一とお宮の設定も「祖母」にとっては自分のことのように思われるものだったとのこと。
ちなみに、昔はお金持ちの家のご主人と妾や下女との間に子どもができることはよくあったんですね(現在再放送中NHK朝ドラ『澪つくし』でもそうです)。蛇足ですが、夫の母方の親せきの間では、自分のルーツを知りたいブームが起きており、戸籍を取り寄せていますが、子の欄に「認知」という言葉がよく出てきます…。昔のドラマで「どこの馬の骨だかわからない」なんて台詞がありましたが、こういう背景があるのかもしれません。
以下、ネタバレになります。
美津紀の祖母の母親は芸者で、祖母は生まれたときから芸者になるように育てられました。19歳で金満家の妾となったと思ったら、その妻が結核で亡くなり、妻の座を得たのです。だから、美津紀の母親は多額の遺産を二人の娘(美津紀とその姉)に残せたのでしょう。
受け取った遺産。
美津紀は夫と離婚し、これからの自分のために使うことにしました。夫が浮気をしているのを知ったから、というのが直接の理由であり、引き金ですが、本当は新婚旅行でのちょっとした違和感がずーーっとしこりのように頭から離れなかったんですね。これは違う環境で育ってきた人間同士、必ずあるものとも言えますが。
母の遺産でこれから生活するための住居を用意し、自分の体調と折り合いを付けながら仕事をしていく。
数千万円という遺産もこの先何十年生きるのかと計算していくと、決して多い金額ではないのです。
それでも、違和感を抱えながら生きていくことより、きちんと決着をつけた美津紀に清々しさを感じます。
だけど、やっぱり重くのしかかるのは「老いていくこと」です。
美津紀の夫は浮気している女性と一緒になり、一緒に年を重ねていくことができるでしょう。
でも、彼女は一人です。それが渋い後味となって残りました。
この小説は、いろんな要素が詰まっていて、それぞれを独立させてまた別の小説を書いてほしいくらいでした。また、日本語の表現の幅がとても広く自在なので、本当に引き込まれました。私は普段日本語を教えているので、できるだけ短く・易しい言葉を使ってということを心がけています。そうすると、なんとなく自分の日本語が安易で幼稚なものに思えてしまうことがあるんです。特に今は人と会っておしゃべりする機会が減っていますので、それに関しては危機感を持っています。だからとにかく本を読もうと、目についた本を購入しています。
本、スペースとりますけどね。服を買うよりずっといい。
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