<読書メモ 2011年4月 ③>
カッコ内は、2019年現在の補足コメントです。
『おばちゃまは飛び入りスパイ』ドロシー・ギルマン
スパイになりたいと勝手に言ってるおばあちゃん。
そんな人がどうなろうと知ったこっちゃない、と思ってしまって
読み進める意欲が湧かなかった。苦戦。
といいつつ、後半はちょっと楽しめたかも。
海外文学っておばあちゃんが頑張る話しが多い気がする。
(60代の未亡人、こどもは大人になって独立済み、
やることは近所の病院でのボランティアとガーデンクラブの活動のみ、
というアメリカの悠々自適な有閑マダム、ミセス・ポリファックスが
CIAにおしかけるところから始まります。なんだそれ。
ストレスにさらされながら日本でせこせこと受験したり就活したりして
もろもろギリギリで会社員をやってる身として
1ミリも共感できない設定です。
というわけで、1ミリも共感できませんでした。
じゃあ読むなよって話しですけどね。
私の生き方はさておき、若い頃から、おばちゃまがぐいぐい来る小説
なんか苦手だったんですよね。
アガサ・クリスティのミス・マープルもストーリーとか謎解き以前に、
うるさいおばさんだなって思ってしまう。
じゃあ読むなって話しですけど。
私が、コージーミステリーというジャンルに魅力を感じない性質なのとも
関係があるように思います。
個人的にコージーミステリーの定義も曖昧な感じで申し訳ないですが。
海外系の、妙に料理の描写が細かいのと(レシピがついてるのもあるよね)、
中年女性のおしゃべりと恋だのなんだのの語りが妙に長いやつ、苦手。
じゃあ読むなって話しですね。全くその通りである。
で、こちらの<おばちゃまはCIAシリーズ>、
なんと14冊も出ているそうです。すごいな!
いや、ホントに、すごいと思ってるんです。
個人的に自分の好みが偏ってるというか安定してないのは自覚しているので、
なんというか、マーケティングとか、世の中の大局を見る仕事は
私はできなそうだなあ…と、ちょっとさみしい気もちになるんです。
という自己分析は、まあ、どうでもいいか)
カッコ内は、2019年現在の補足コメントです。
『おばちゃまは飛び入りスパイ』ドロシー・ギルマン
スパイになりたいと勝手に言ってるおばあちゃん。
そんな人がどうなろうと知ったこっちゃない、と思ってしまって
読み進める意欲が湧かなかった。苦戦。
といいつつ、後半はちょっと楽しめたかも。
海外文学っておばあちゃんが頑張る話しが多い気がする。
(60代の未亡人、こどもは大人になって独立済み、
やることは近所の病院でのボランティアとガーデンクラブの活動のみ、
というアメリカの悠々自適な有閑マダム、ミセス・ポリファックスが
CIAにおしかけるところから始まります。なんだそれ。
ストレスにさらされながら日本でせこせこと受験したり就活したりして
もろもろギリギリで会社員をやってる身として
1ミリも共感できない設定です。
というわけで、1ミリも共感できませんでした。
じゃあ読むなよって話しですけどね。
私の生き方はさておき、若い頃から、おばちゃまがぐいぐい来る小説
なんか苦手だったんですよね。
アガサ・クリスティのミス・マープルもストーリーとか謎解き以前に、
うるさいおばさんだなって思ってしまう。
じゃあ読むなって話しですけど。
私が、コージーミステリーというジャンルに魅力を感じない性質なのとも
関係があるように思います。
個人的にコージーミステリーの定義も曖昧な感じで申し訳ないですが。
海外系の、妙に料理の描写が細かいのと(レシピがついてるのもあるよね)、
中年女性のおしゃべりと恋だのなんだのの語りが妙に長いやつ、苦手。
じゃあ読むなって話しですね。全くその通りである。
で、こちらの<おばちゃまはCIAシリーズ>、
なんと14冊も出ているそうです。すごいな!
いや、ホントに、すごいと思ってるんです。
個人的に自分の好みが偏ってるというか安定してないのは自覚しているので、
なんというか、マーケティングとか、世の中の大局を見る仕事は
私はできなそうだなあ…と、ちょっとさみしい気もちになるんです。
という自己分析は、まあ、どうでもいいか)