思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『三十五のことばに関する七つの章』 言葉好きのための言葉エッセイ

2025-01-24 17:02:57 | 日記
『三十五のことばに関する七つの章』
久保忠夫

本が好き、悪口言うのはもっと好き』の
インテリ悪口おじさんが書評でめっちゃ褒めていたので
さっそく読みました。

言葉にまつわるエッセイで、二部構成。
前半は表題作で、
主に日本国語大辞典の語釈&用例を使って
様々な言葉のうんちくを語ります。

後半は、単語ごとに章立てした短めのエッセイ。

日本国語大辞典は通称「にっこく」と呼ばれる
日本最大の辞書。
なにしろ大判で13巻もある。
これだけで床が数ミリ沈むんじゃなかろうか。

そんな最大最強辞典ですが、
辞書マニアの久保先生にかかると
三十五の単語に物申されてしまいます。
マジか。

「にっこく」の初版は1972年〜1976年の5年間。
久保先生が『三十五のことばに関する七つの章』を書いたのが
1976年なので、できたてほやほやの「にっこく」を
腕まくりしながら読んだのでしょう。
(2000年〜2002年にかけて第二版が更新されているので
 この本の指摘内容もいくらか変わっているかもしれない。
 私はにっこくを持っていないので調べていません
 (金銭的にも部屋のスペース的にも無理)。)

まず語釈の間違い。
(見つけた時の先生の狂喜乱舞が眼に浮かぶ)
「玉山(ぎょくざん)倒る(たおる)」
これは「容姿の清らかな人が酒に酔い潰れることのたとえ」
と書かれているが、間違い。
容姿は関係なく「酔い潰れること」が正解。

はわ〜。
知らんがな。

しかしこれ、大辞典(昭和10年)、広辞苑(昭和50年)、にっこく、
全て語釈が間違っていたそうです。
多分、用例をがんばって引いたものの、語釈は他辞典の内容を引いたせい。
「暮しの手帖事件」じゃないですか。

中国古典に「玉山」が美人という意味はないし、
明の時代に「玉山頽(ぎょくざんくずる)」は
「酔倒」(よいてたおれる)とされていたようです。

つまり私でも堂々と「玉山が倒れちゃった〜」
と言って良いってことじゃないか。
勉強になります!

あとは用例の不足(もっと古いのがあるよ〜)や、
未収録の新語の話しなど。
めちゃおもしろい。
もう先生がの編者に加わったらいいじゃない。

「にっこく」の話しだけではなく、
挿話もいちいちおもしろいんですよね。
与謝野晶子・鉄幹夫妻は造語をつくる&流行らせるのが
うまかったとか。
(臙脂紫:えんじむらさき、黄金日車:こがねひぐるま・ヒマワリ)
森鴎外は翻訳で新しい言葉を引っ張ってくるのがうまく、
「街樾」、本来「ガイエツ」に「なみき」とルビをふる、
みたいな小洒落たことをする。
そして石川啄木は光速でそれを真似る(おい!)。

そうそう、言葉の誤用で感動したのが
「屋上に屋を架する」も間違いということ。
え?違うの?
本来は中国・六朝時代の言葉で
「屋下に屋を架する」だそうです。
確かに、屋上に屋根を架けたら、部屋がひとつ増えるだけだ。
なんと。
夏目漱石(明治40年)、芥川龍之介(昭和2年)、阿川弘之(昭和54年)
等に「屋上屋を架す」の用例があるようで。
当時の辞書には載っていないものが多かったそうですが、
現代辞書には大抵載っていますね。
大御所が使ってるからなあ…。

最後にもうひとつ。
「輪をかける」と同じ意味で
「しんにゅう(辶)をかける」という言葉があるそうです。
令和ロマンのネタじゃないか笑
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『絵画を読む イコノロジー入門』 絵画の解像度爆あげだ!

2025-01-17 12:33:43 | 日記
『絵画を読む イコノロジー入門』
若桑みどり

NHK出版、1993年初版。
1992年にNHKで放映された『絵画を読む』という
番組のテクストをもとに出版。
というわけで、ものすごく読みやすい構成です。
おすすめ。

イコノロジーとは「図像解釈学」。
特に中世宗教芸術は事物を「象徴」として描く。
「パンはキリストの肉」という記号性を知った上で
絵画を見る、ということですね。
大多数の人は文字を読めない時代、
絵画の記号性は聖書の内容を共有するためにも
必須だったわけです。

現代だと「アートは見るんじゃない、感じるんだ!」
的なことを言いたくなりますが、
見るでも感じるでもない、「読む」必要があったんだな。

というまえがきから始まり、
第1章が静物画。
果物籠とかのアレ、ジャンルとして発展したのは
17世紀のオランダだそうで。
ずいぶん最近だな、と思ってビックリした。
背景もおもしろくて、
16世紀オランダと言えばプロテスタント過激派の巣窟。
プロテスタントって、キリスト像やマリア像を
偶像崇拝として禁じていたんですね。
で、絵画市場も宗教画から静物画に移行したそうです。
へえ〜。

「裸体」に関しては、『カラー版 名画を見る目
でも解説されていたけれど、
若桑先生の解説もわかりやすくて良かった。
中世までは性を感じさせる裸体に忌避感があったけれど、
ルネサンス期はギリシャ文化の影響もあり
「裸体=純潔、潔白」を意味するようになります。
ルネサンス期は、ヴィーナス=裸体!真理=裸体!わーい。
そして宗教改革でカウンターパンチ!
再び裸体攻撃期。服を着せられちゃう。
うーむ、わかりやすい。

受胎告知に描かれるモチーフも、
時代背景によって異なるらしい。
おもしろ!
15世紀までは天使や鳩、聖母の円光などモチーフたっぷりで
16世紀ルネサンスでは合理性からモチーフが省略されがち。
宗教改革後は、カトリック系の絵画でモチーフてんこ盛りになる
(プロテスタントがマリア信仰を否定するから。逆にね)。
ティントレットの「受胎告知」なんかは、鳩と天使モリモリで
マリアもドン引きである。怖い笑

ちなみに受胎告知の際、
ビザンティン系のマリアさまは糸を紡ぎがち(労働)で
西欧系のマリアさまは祈祷所読みがち(知識)。

予型論(タイポロジー)は、
新約聖書の出来事が旧約聖書に予め(あらかじめ)示されている
という教義。
エヴァはマリアの予型である、とかね。
そうかな?

マニエリスムは、後期ルネサンスの文化。
15世紀イタリア自治都市国家ルネサンス文化や人文主義の思想が、
16世紀、急成長中の絶対王政国家フランスの宮廷に行き変化したもの。
特徴は「洗練された装飾」と「エロティシズム」。

また16世紀は「寓意」が大流行した時代でもある。
万人に伝えるための宗教画から、
一部の知識人が読み解き楽しむものになり、
おかげで後世でも意味不明な「愛の寓意」のような
作品が生まれた時代だそうです。
若桑先生はイコノグラフィーからイコノロジーへと
移行した時代と言う。

最後に、「バベルの塔」(旧約聖書、創世記、11章)は
メソポタミアのジックラト(大神殿)のことらしいですよ!
バビロニアのニムロデ王が建設したと書かれていますが、
モデルはネブカドネザル2世らしいですよ!
それ、この前読んだやつ〜!!(うれしい)

いや〜、勉強になった!
NHKの番組も観たいな。
アーカイブにあるかなあ。

私の中で若桑先生と言えば『クアトロ・ラガッツィ
だったのですが(若干の読みにくさと分厚さがネック)、
こっちがご専門なんですよね。
本丸、さすがにおもしろいぜ!
他のも読もう。
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『旅行者の朝食』 グルメ話しだけじゃない!

2025-01-10 11:09:58 | 日記
『旅行者の朝食』
米原万里

ロシア語通訳の先駆け的存在であり、
めっちゃ文筆の才もある米原万里さんの
食にまつわるエッセイを集めた一冊。

ちなみにこの人、ものすごい大食漢でもあるらしい。
私の憧れスキルを全部持っている人だな笑

まえがきからもう楽しい。
ロシア語同時通訳で知らない単語「アブオーヴォ」に出会って
慌てたというエピソードから始まるのですが。
これはラテン語の「AB OVO」で
「最初から(どうでもいいことからくどくどと)」の意。

「AB OVO LEDAEUS」(=レダの卵から)という表現があったそうで。
トロイ戦争の叙述(美女ヘレネーが攫われたのが発端)を
レダの卵(ヘレネーは母レダから卵で生まれてる。
ってなんでやねん、の、そもそもから)から話す必要はない、
という含意だそうです。

また、「AB OVO USQUE AD MALA」(=卵からりんごまで)
という古代ローマの慣用句もあったらしい。
宴席の最初には卵でシメは果物だったことから転じて
「最初から最後まで」の意だそうで。

勉強になる〜。
もう米原さん大好き!ってなる〜。

という感じで、単なる食いしん坊話で終わらず
めちゃくちゃ資料をあたって話を展開してくれる人なのです。
論文とか書こうと思えば書けるんじゃかなろうか。
私はエッセイで出版いただけてうれしいけれども。

ウオトカの話しも良かった。
ロシアでは通説の
「ウオトカのアルコールは39度でも41度でもなく、
丁度40度が最も美味。これを発見したのはメンデレーエフである」
を紹介したところ出典の問い合わせが来た。
言われてみたら分からない、ので、調べた。調べまくった。
という話しの展開がもう素敵。
結局これはデマっぽいんですが、
「ウオトカはロシアの酒」という常識にもあぐらをかいていたら
他国に製造特許や名称使用を奪われそうになってる。
という話しへと繋がります。
めっちゃおもしろい笑
あと、めっちゃロシアっぽい。

ちなみに権利を奪おうと画策した各国は、
自国の蒸留酒の由来は把握&権利獲得していて、
コニャック(1334年)、イギリス・ジン(1485年)、
ドイツ・ブラントヴァイン(1520年頃)と、
意外とハッキリしているらしい。
(ウオトカも1446年ロシア生まれで落着したそうです)

超楽しい。
あと10冊くらい読みたい。

ちびくろサンボがインド舞台のお話しだってのも
めっちゃおもしろいので、ぜひ。
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『本が好き、悪口言うのはもっと好き』 丸谷才一好きにはぜひ

2025-01-09 08:47:42 | 日記
『本が好き、悪口言うのはもっと好き』
高島俊男

第11回講談社エッセイ賞受賞作。
文庫の帯を丸谷才一が書いていることから分かる通り
学識があって口が悪いセンセイの随筆集です。
おもしろくないわけがない笑

しかしまあ、丸谷氏よりもよっぽど攻撃的で
口が悪いおじさんである。
日々、朝日新聞を読んでは
言葉の誤用と野球・囲碁の解説に文句を言って
ひねもす過ごしているらしい。
良い生活だな笑

著者は中国文学専攻、教鞭も取っていたそうです。
とにかく言葉遣い、特に言葉の誤用にキビシイ。
そして勉強になる。

ある時は小説を読んで「呆然」という言葉に怒っているんですが。
私はセンセイが何に怒ってるのかピンと来ない。
えー、どうしよう。
と読み進めえると、これ、元々は「茫然」「惘然」と書く言葉で、
「呆然」は近年現れた当て字なのだそうです。
うわあ、知らなかった。
いやいや、もう、茫然ですよね。作家なら辞書引いて小説書かないと!
本来は怒られる側の私だが、センセイと一緒に怒る側に立つ。
読者とは特権階級なのである笑

他にも意味用法が180度転換したもので、
「流れに棹さす」「気のおけない人」「可愛い子には旅をさせよ」
のお話しとか。
「流れに棹さす」はずっと誤用していました。
今後は堂々と知ったかぶりします!

あと「百姓読み」(漢字の一部を見て読み間違えること)も
初めて知りました。
たとえば「洗滌」。これは「せんでき」が正解だけど、
「うーん、わからんけど、せんじょう?かな?」
と読みたいじゃないですか。
私はそう読んだ。
世間がそう読むならそれで良かろう、
ついでに読みやすく「洗浄」と書こう、となった次第。
へええ〜。
言葉(というか日本語か?)って、妙なところが
フレキシブルですよね。おもしろ。

中盤に収録されている「ネアカ李白とネクラ杜甫」は
最高に良い。
高校生向けに書かれたとのことで、
読みやすい文章で軽やかに中国二大詩人と中国詩の特徴を
解説してくれます。
これ教科書に載せたら良くない?

李白はいまいち出自の分からない人だけれど、
同じく出自がメインストリームではない(地方の鮮卑族出身)
唐王朝が「李」姓を称しているのに乗じて
「王家の親戚」を名乗り、あちこちで食客暮らしをする。
どちらも出自が曖昧だからこその相乗効果だな。

狩野亨吉という変人を描く一編もめちゃくちゃおもしろかった。
こんなおもしろい人がいたのか、と感心してしまったけど、
普通の人が書いたらあまり魅力的に思えなかったかもしれない。
(京大初代学長をつとめた人であり、稀代の春画コレクターである)

良い本を読みました。
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『まぬけなこよみ』 歳時記エッセイ 良い一年!

2025-01-08 12:53:10 | 日記
『まぬけなこよみ』
津村記久子

歳時記のテーマで書かれた短めのエッセイ。
せっかくなので「今」の部分から読み始めて、
津村さんの年末年始を追体験しました。

ストーブが好きという話しがあり、
私も実家の灯油ストーブ(めっちゃ一瞬で温まる。最高)が
大好きなのを思い出しました。
いま住んでいるマンションは床暖房がついていて
その足元からじっくり温まる感じも好きなのだけれど。
灯油ストーブの内側から「ぼっ」を点火音がした瞬間の
ちょっと臭いにおいとか、
ストーブ前に猫が転がっている(場所を奪い合う)のとか、
愛しいんだよなあ。

津村さんはデビュー以来ずっと好きなのですが、
エッセイで垣間見える実生活(サッカー好きだなあ、
船旅情報や外国語かじるのも好きだよなあとか)が
小説の小ネタになっているのを読むのも好きなんです。

しばらくエッセイばかり読んでいたので、
そろそろ小説を読もうかな。

とうとうサッカーリーグの小説書いたな、とか思って笑
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