思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『巨匠とマルガリータ』私につづけ、読者よ

2022-06-30 16:22:13 | 日記
『巨匠とマルガリータ』
ミハイル・ブルガーコフ
水野忠夫:訳

ミハイル・ブルガーコフは、スターリン独裁体制下のソ連の作家。
1920年前後から執筆を開始し、
その風刺的な作風からあっという間に目をつけられて発禁処分生活に。
『巨匠とマルガリータ』も出版できるあてもなく
1929年から1940年にかけて執筆された作品だそうです。

生前は出版にこぎつけることができず、
初版は作者の死後26年が経った1966年
(それでも作品の12%が検閲・改訂されたらしい)。
完全版と言えるものの刊行は1974年。

読むとめちゃくちゃ面白いことがわかると同時に、
「ソ連、超絶的に心が狭いな!」ということもわかります。

ブルガーコフはウクライナ・キエフ出身で、
モスクワで作家活動をしました。
私が読んだ水野忠夫の訳は2008年の岩波文庫で、
表紙の絵は、ブルガーコフが住んでいたアパートの壁面に描かれた
ファンアートらしいです。
猫がかわいい。
ちなみに物語の舞台となるのが、サドーワヤ通り302番地の50号室。
ブルガーコフの住居はサドーワヤ通り10番地の50号室。
そりゃ聖地巡礼したくもなるし、落書きするファンもいるだろうな。
(そして異様にうまい)

邦訳の初版は1969年、当時のタイトルは『悪魔とマルガリータ』。
主人公(?)の巨匠は全然登場しないし、影も薄いので
個人的には、タイトルこっちが正解じゃないか?と思いました。
もしくは『悪魔と愉快な仲間たち』でもいい。いや、良くないけど。

まあ、巨匠は影が薄いのがアイデンティティなので、良し。

めちゃくちゃ長かったけど、上下巻通してずーっと、楽しく読みました。
1920年代モスクワの雰囲気も楽しめます。
モスクワの劇場、作家クラブ、食生活、住居の確保が難しい問題、等々。
『モスクワの伯爵』のお住まいであるメトロポールホテルも出ましたね。

Wikiでは「原稿は決して燃えない」というセリフが有名と書いてありますが、
この小説で最も有名な一文は「私につづけ、読者よ」ではなかろうか。
これは第一部と第二部をつなぐセリフなんですが、
そことは別に、もう1箇所登場してまして。
なんかね、作者の自我が噴出していて良いんですよ。

「グリボエードフの伯母の家」のレストランの
美味しい料理を描写するくだり(上巻p112~116)で。
キャビアを添えたチョウザメやらシャンピニョン・ピューレあえの鶏卵やら
つぐみの胸肉やらトリュフで味付けした鶉やら、田鴫、山鴨、雷鳥、
ナルザンのミネラル・ウォーター…
内田百間バリのグルメ列記が2ページほど続き、
ハッと我に返って言うんですよ。
“どうやら横道にそれたようだ、読者よ。私に続け。”

はい。
わたし(読者)は作者が帰ってくるのを待ってましたよ、
自我が暴走してんな〜って、ほほえましく思いながら。

こんな感じで、作者はしょっちゅう横道爆走するタイプかな?
と思いながら、以降も読みましたが、
軌道修正宣言はその1箇所だけだったのもウケる。
どんだけ美味しい料理が好きなんだ笑

まあ、そういう感じで、愛しい小説です。
おもしろいよ!!!

そして『巨匠とマルガリータ』を読みながら
『ペンギンの憂鬱』を思い出していましたが
新潮社の短評で言及されてた。うれしい。
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『特捜部Q―檻の中の女―』北欧ですね…

2022-06-29 13:49:20 | 日記
『特捜部Q―檻の中の女―』
ユッシ・エーズラ・オールスン
吉田奈保子:訳

また北欧警察小説読んで気分が沈んじゃったよ。
じゃあ読むなよ!って話しです。
だよね!!
ブクログの評価が4越えだったから、
ついつい。
(毎回、同じことを繰り返している)

「檻の中の女」は、<特捜部Q>シリーズの第一作目。
シリーズ全体で売れているみたいですね。
まったくもって北欧らしい、
陰惨で陰険なストーリーです。

これは、ザ・警察小説でもあります。
デンマーク・コペンハーゲン警察の地下室が拠点の
特捜部Q(名前のセンス!)が地道〜に捜査する過程を読む小説です。
そしてミステリではない。
最初の数章を読めば、オチまでわかります。
ああ、タイトル通り「檻の中の女」なんだなあ。って。
どんでん返しの「ど」の字もなかったから、
ちょっと寂しい。
『その女アレックス』を見習ってほしい。

あと『チェスナットマン』と設定やキャラが被ってますね。
『特捜部Q』の方が8年くらい先行してますが。

そして主人公や登場人物たちが、
なんというか、
自分の性的指向に合えばセクハラOK!
自分と価値観が違う人間にはモラハラOK!みたいな言動が
多いんだよなあ。
それは多様性じゃない。落ち着け。と言いたくなる。

まあ、いいけど。

シリアから亡命してきた訳あり外国人の
アサドの明るさと賢さが唯一の救いである。
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【読書メモ】2016年5月 ④

2022-06-27 15:44:29 | 【読書メモ】2016年
<読書メモ 2016年5月 ④>
カッコ内は、2022年現在の補足コメントです。


『紙魚家崩壊』北村薫
プチホラーの短編集。
遠い昔に読んだことがあった。
当時もイマイチと思ったが、今回もやはりイマイチであった。
北村薫作品は、はまらないなあと思うものは、とことんはまらない。

(2011年1月に、イマイチという読書メモが残っていた。
 じゃあ、なんで再読したんだよ。と自分につっこみたい。
 多分、諸星大二郎の『栞と紙魚子』にタイトルが似てるから
 期待してしまったのでしょう。はい、自分が悪い。)



『グラーグ57』トム・ロブ・スミス
『チャイルド44』の続編であり、デビュー二作目。
単品の作品として、十分おもしろかった。
が、一作目に比べちゃうと、やっぱり評価が下がってしまうな。
ソビエトの歴史に関しては、前作では書ききれなかったことを
一生懸命書き込んだなと感じる。
やっぱり続編にしたのはもったいなかったのではなかろうか。
物語の盛り上がりのためにレオがきっつい状況に追い込まれまくった結果、
かなりの超人になってしまった感がある。
フラエラは個人的にとても好ましいし、よく造形されていると思う。
三作目を読むかどうか悩ましい。
シリーズものはどうしても評価が下降していくよね。

(ご存知『チャイルド44』の続編で、
 この後にシリーズ三作目の『エージェント6』があります。
 第一作ではソ連の模範的国民だったレオが
 自分なりに「正義」を模索して選択するという
 内面の変化が見どころだったのです。
 二作目ではハリウッド的ピンチをマッスルで乗り越える
 レオ無双状態になっちゃってて、ちょっと残念。
 一作目が売れた後の二作目って難しいんだなあ、と思う一冊である)
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『ローマの歴史』コスパ最強のおもしろローマ史

2022-06-24 17:25:42 | 日記
『ローマの歴史』
インドロ・モンタネッリ
藤沢道郎:訳


イタリア人ジャーナリスト作家による古代ローマの歴史。
原著は1957年刊行。
とにかくおもしろい!
そしてコスパ最強です!

なにしろ、文庫1冊でローマ史が網羅できちゃう!
お得!!
塩野七生先生の『ローマ人の物語』は
文庫43冊なのに!!!(恐ろしくて手をつけてない)

まあ、1冊にまとめた分、作者の好みも含めて
光速で吹っ飛ばされている皇帝や時代も多いですが。
わたしは歴史学徒ではないので、そこも込みで楽しかったです。
作者、ヴェスパジアヌスのこと好きなんだな、とか。
軍人皇帝時代がめっちゃ雑いな〜、とか。
歴史書としては学者が眉を顰めるところもあるようですが、
作者の視点込みでの歴史表現がとにかくおもしろいです。

”負けいくさに武勇伝はつきものである。負けた時には「栄光のエピソード」を発明して、同時代人と後世の目をごまかす必要がある。勝ちいくさにはその必要がない。カエサルの回想録には武勇伝は一つもない”
とかね、説得力がすごい笑
この文章のあとに語られる、ローマ軍の「栄光のエピソード」の空虚さよ。
女神が現れた、って、だからなんだんだ、と。
負けてんじゃねえか!!と。
楽しいね!

キリスト教がユダヤ民族の超マイナー宗教か
らローマ帝国をのっとる(?)までの流れも、納得。
今更ながらに、キリスト教ってこうやって大きくなったのか〜と
学びがありました。

”政権が弱体化し、国家の権威が失墜するにつれて、教会が国家や政府の職務を代行するようになる。コンスタンティヌス即位のころには、司教が知事の職務の大部分を代行していたのである。教会は滅び行く帝国の私生児でありながら、帝国の遺産相続人に指定されていたのだ。”

ローマ帝国の享楽時代の文化風俗もおもしろかった。
フォアグラを発明したアピキウス
(大プリニウス『博物誌』にも書かれている)や
浴場ではスポーツ・サウナ・風呂・プール・宴会が一連の流れで
宴会の後半には嘔吐薬が出たり(まだ食える!)
貴族の奥方は旅行に乳牛の群を連れて行き(ミルク風呂!)。
笑い話しみたいな凄い時代だなあと思う。

ちなみにモンタネッリとしては、ローマの死は
スッラからカエサルに移行するあたりで、すでに確定していた様子。
いや、もっと前か?
ずいぶんと緩慢で冗長な死に方をした大国である。
そこもまた、ローマらしさなのだけど。

最後に、皇帝の人間臭さも、登場人物の生々しさも、良かった!!
ので、好きな登場人物列挙しておきます!

クラウディウス(白痴のフリおじさん)、
ヴェスパジアヌス(有料公衆便所をつくった)、
五賢帝(ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、
アントニヌス・ピウス(平和に統治しすぎて歴史家が書くことないって、
すごいな!)、マルクス・アウレリウス)、
ディオクレティアヌス(キャベツ育てるご隠居さん)、
好きだ!!
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『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

2022-06-23 10:57:17 | 日記
『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

本屋大賞受賞のあたりから、本屋さんで目立ってますね。
平積みになっているし、
タイトルと表紙が扇情的というか
気になりますよね〜。
帯も派手だし、出版社の「売るぜ!」という気合いを感じる笑

第二次大戦後期の独ソ戦の史実を舞台に、
寒村出身の少女狙撃兵の物語を描いた小説です。

主人公セラフィマはドイツ軍に村を殲滅され、
女性狙撃兵養成所に入り、赤軍に従軍します。

ウクライナのコサック出身の少女がいたり、
カザフ人で山岳地帯の猟師出身の少女がいたり。
ソ連の大国ゆえの「国民とは?」の出自を抱えている。

物語としては、平凡な村民だったセラフィマが
狙撃兵として80以上のスコア(殺した敵の数)を達成しつつ
その向こう側、言うなれば戦後、どう生きれば良いのだろう、と。

帰着するところに大義はないかな。
ひとりの人間のお話しですね。
その答えもまた、どうかな、と思いますが
独ソ戦のソ連側の風景は、読んでおくと良いと思います。

全体的にはバランスよく佳作なのではと思います。
本屋大賞的な読みやすい小説でした。
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