神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.326 もしトラがハリスを飲んで本トラに

2024-11-06 23:59:03 | 時評
(1)今日はヘタな腰折れからです。
 もしトラがハリスを阻んだ新世界
 アメリカンドリームを移民の柵が呼び戻す
 もしトラがハリス〔トリス〕を飲んで大トラに

 あれほど公然とウソ言い、あれほど下品な姿を人前にさらす人は大統領にふさわしくないと判断されるだろうと、信じていました。しかし、その人に国のトップを託そうと判断するアメリカ国民が過半を占めたわけです。驚きました。アメリカ国民の窮迫状態・怒りのほどをいま少し深く知る必要があるかもしれません。

(2)確かに、高齢のバイデン大統領の下でアメリカ経済が衰退し、移民問題での対応の曖昧さ、ウクライナ・イスラエルに対するダブル・スタンダードなど、まずかったということはあるでしょう。
 また、ハリスさんは、高齢の大統領を支える副大統領としては影が薄く、さらに大統領候補としては、法務畑を歩いてきた経験を生かして理路整然と迫っていく演説をするべきでした。その期待も虚しく、軽かったという印象です。

(3)もはや第1部は幕です。舞台は第2部に移ります。アメリカ国民がこれをどう迎え、どう対抗するのかみましょう。そして、日本政府はどうか・・・。ともかく、ここまま「戦いすんで日が暮れて」というわけにはいきません。

(4)昨日の五日市憲法草案の碑のことです。もう一度紹介しましょう。
 正面が昨日紹介した碑です。右の石碑と説明板は下に載せましょう。読めます。
     
     後ろの建物は五日市中学校

 1.建碑ノ辞


 2.五日市憲法草案の碑:説明板


(5)読めましたか。石碑を読むのはちょっと大変でしたね。
 ところで、今日、新聞の切り抜きを見ていて、上の説明板に出て来る千葉卓三郎の墓の状態を報じたに記事に気が付きましたから、紹介しましょう。
 今年の5月3日付『朝日新聞』と思いますが、どういうわけか日付がメモされていません。気になるので、先ほど「「民主憲法の父」の墓じまい」で検索したところ、デジタル版が出ていましたから、そちらもぜひご覧になってみてください。



 要するに、お寺さんも処置に困ってしまったということですね。
 地獄に劣らず、浮世もカネ次第です。

(6)あの闇バイト〔ホワイト案件〕問題・女性のホストクラブ問題、103万円の壁、裏金問題、2000万円振込問題、見れば皆カネまじりです。根底にあるのは衣食住です。
 どんな生き物でも、衣食住なしでは生きられません。これはまさに唯物論の命題通りです。
 えっ?何が言いたいか?
 見栄では生きられない、食わなきゃ生きられない、ということです。
 困った人がいたとして、その人がまだ死にたくないと思っているときに行政の手が届かなければ、死ぬよりいいからと、「取り合えず、有る処から工面する」ということになります。

 話がだいぶあらぬ方へ行き、時間がなくなりました。今日はここで。

   
   昨日のホトトギス?です。
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No.325 金比羅山(武蔵五日市)

2024-11-06 00:06:04 | あそび
(1)11月5日、今日は「あきる野市武蔵五日市」の骨董市に行きました。
 下に武蔵五日市の地図を載せましたから、参考にしてください。これは『総合マップ 秩父多摩海国立公園 秋川渓谷』(表紙とも24㌻)という冊子の付属地図の一部を引用したものです。この冊子は、武蔵五日市駅の改札口を出たところのインフォメーション・コーナーにたいがいあります。きちんと改訂されているようですから、私は、行った時にもらってきます。


 右に武蔵五日市駅、左に進んでトイレマークの所が東町公園(骨董市会場)、その左上に五日市中(敷地内に五日市憲法草案の碑)、さらに上に金比羅山があります。ちなみに、地図のいちばん上に、五日市憲法草案が見つかった深沢家屋敷跡、左下にNo.192で取り上げた戸倉城山があります。「あの天女」とあったのは「野崎酒店」のあたりです。

 では、戻ります。
 武蔵五日市では、町の名の「五日市」にちなんで、毎月5日に東町にある公園で骨董市が開催されています。よほどの悪天候でないかぎり開催しているようです。
 今年は1月・6月・11月と3回行きました。いずれも1時間くらい見てから近くを歩くことにして出かけるのですが、今日は曇り時々晴でしたから、暑くなく寒くなく丁度良い日和で、ゆっくり絵葉書などを観ました。しかし何もなかったので、入場料代わりに、竹の合板製の箱(縦110mm✕横156mm✕高さ49mm、200円)を買って出ました。
 出品されている骨董品にはいろいろありますが、ここのは、普通一般にあるもののほか、土地柄からか、斧・ノミなどの大工道具、鉈・糸車・桶などの農林業用具のよいのが見られます。

(2)骨董市を出て、五日市憲法草案の碑を見に行きました。


  
 右後ろは五日市中学校の校舎です。
 12時過ぎ、碑の少し右にある石に腰かけてコンビニおにぎりをほおばっていると、ピアノの音が聞こえてきました。 

(3)中学校から北へ向かうと、民家のガレージの脇に、これはホトトギスでしょうか、きれいに咲いていました。

 

(4)住宅街を抜けると、耕作されなくなった畑にニラの花などが咲き誇っていました。ちょうどそのころ陽が出てきました。すると、チョウ・ハチその他いろいろなムシが飛び交ってにぎやかになりましたから、30分以上も写真を撮りました。今日は1枚だけ載せて、後はまた順に載せることにしましょう。

    
    ぽかぽかとして、ベートーベンの『畑』?見たい?な感じでした。

(5)いよいよ林の中に入ります。でも、道は金比羅山の頂上までほとんどセメントなどで整備されています。ですから、登山道というよりも参道といった方がよいかもしれません。
 上の地図とダブりますが、途中で見たコース板を載せます。


   「五日市駅」とあるすぐ左に「樽」の集落があります。帰りはそちらへ降りました。

(6)整備されているとはいえ、あたりはやはり山です。いろいろ見られます。
 1.???
   
   結構あざやかでした。
 2.あざみ
  
  静かな中で、あざみの歌を「伊藤久雄」張りに朗々と歌ってきました。えっ、知らない?そりゃザンネン。
   
 3.これは何でしょうか?
   

(7)途中で見た武蔵五日市の市街
   
   左の山の中腹に見える青い屋根が五日市中で、木の下が五日市憲法草案の碑がある処です。
 
 (8)頂上でスカイツリーを探してみましたが、曇りのせいか、肉眼ではわかりませんでした。   
 しかし、ズームで撮ってパソコン画面で確認したところ、捉えてました。スゴイですね。

   左から4分の1くらいのところに見えます。右半分に新宿高層ビルがあります。

(9)帰りは、同じ道を引き返して、途中から「樽」の集落に降りました。静かでよいところでしたが、ときどきオスプレイや米軍大型機が飛来して異様でした。
 落ちたでもしたらどうするんだ! アメリカは日本から出て行け! オット過激~!
    

 写真を撮りながらぶらぶらと歩きました。山行の足慣らしにはここも最適です。

 今日はここで。

    
    昨日見たつがいのもう1匹です。似てませんね。でも、一緒に来たのです。
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