(1)7日、午前中に退院後1週間目の検診に伺いました。結果は、「右目も左目も全く問題なく経過している」ことがわかりました。あとは、1ヶ月後検診で問題なければ、全治となります。
ということで、そろそろ本来の研究作業に戻るつもりでいますが、きのう、雨の庭で夢中で草花の写真を撮っていたところ、地面の方に住む見知らぬ虫さんが見舞いに来てくれていたようです。膝下に7件の丁重なお見舞いの記帳をいただきました。いまは、忸怩たる思いで、紅くふくれた脛のほてりを鎮めています。
立川南口商店街で
(2)前に何度も書きましたが、このブログは『御料局測量課長 神足勝記日記』(J-FIC)の周知・宣伝を目的として始めたものです。しかし、もうそのことはほとんど頭からは抜けてしまって、勝手なことを書いていますが、きょうは、それに関わって一言。
かつて「皇室財産とは何か」ということを問題として設定しました。皇室財産というのは、「皇室」とはいうものの、天皇一家だけのことではなくて、それによって賄われる宮内省所管の財産=宮内省の収入源のことですが、ここでは、差し当たり「御料地・御料林」のことです。その御料地・御料林は、国から支給されるの皇室費の不足を補うことを目的として官有財産(当時に国有財産)から編入されたものですから、その定義は「皇室費を補完する官有財産」というのがふさわしいというのが私の結論です。これは今も変わりません。
(3)問題は「官有財産」です。これも、ここでは官有地・官林のことですが、この官有地・官林がどのように形成されたものかについての関心が希薄です。
明治維新後の新政府は、慶喜の大政奉還によって「将軍職」の返還=政治権力を掌握したもののまだ「辞官・納地」を求めるようなことで、徳川の幕府領〔天領〕すら取り込んでいませんでしたから、全く財政基盤を持ちませんでした。その後、新政府は財政基盤を作っていきますが、その要点は幕府領や諸藩領の編入です。そして、この結果「官有地・官林」が形成されます。この官有地・官林があって明治政府の財政基盤もようやく緒に就きますが、のちの御料地・御料林が形成もこれに拠るわけです。
(4)この官林の形成を取り扱った研究が実はあります。
藤村重任〔ふじむらしげとう〕『日本国有林の形成過程』(水利科学研究所刊、昭和45〔1970〕年9月)です。
私がこの本を知ったのは、もうだいぶ前のことで、20年?いや30年前かもしれません。もちろん、これまでにもだいぶ読みました。しかし、この研究の意義を本当に知ったのはまだ最近です。それまでは「労作だ」と思うばかりでした。
ともあれ、いま「先行研究」とはこういうものだというのが実感です。必要とされる方はぜひどうぞ。
(5)昭島市の選挙はザンネンな結果になりました。
結果も重要ですが、驚いたのは投票率の低さです。前回が33.93%、今回が37.95%でした。60%以上の人が無関心。しかも、自分の生活に直結する重要問題を抱えている市政の方向を決める選挙なのにです。
一方、わかったことはもあります。それは、投票率が上がった分の大半は、現市長にではなく、敗れたりとはいえ共闘した側の票として積み上がったということです。それから、現市長を支援したのは自民党・公明党・都民ファーストでした。この人たちの中にも、物流センター問題、基地問題、PFAS問題に不安を持っている人は当然いるでしょう。
要するにまだ声が届いていないということです。
イスラエルの横暴を止められない現実が世界にはあります。その一方で平和への希望は大きい。「アベ政治を許さない」の精神はまだまだ有効です。私は元気です。
きょうはまた雨。この辺で。
来年に望みあり
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