今回はリー・ワイリーです。ジャンルは前回に引き続きジャズ・ボーカルですが、もしかしたら今までの中で、一番メジャーな盤かもしれません。録音は1950~51年で30代中頃でのレコーディング。演奏のボビー・ハケット、ジョー・ブッシュキンらのメンバーも時代の香気をつたえてくれます。
現代の人と一概に比べられませんが、とても年齢どおりの歌声に聴こえません。でも私の耳には近しいような心地よい歌声で、通して聴いていると、親戚のおばさんが「1/f揺らぎ」を持っているような声で、歌っているように聴こえます。
またまた全く関係ないですが、電車で睡魔におそわれる家内をみていて、「1/f揺らぎ」をボタンひとつで付加できるマッサージ・チェアーがあったら気持ち良いのではないかと思いました。それとも既に存在してるのかも知れませんね。
Bologna②
須賀敦子「トリエステの坂道」は,好きな方も沢山いらっしゃると思います。
亡夫との思い出として温めていた詩人ウンベルト・サバの足跡を、生前果たせなかった夫との時間を取り戻すように、トリエステの街で辿る短編映画のように視覚的に鮮やかな作品です。
終り近く一軒のカフェで足を休める。そこを少し引用させていただきます。
「だが、なによりも私をうならせたのは店にあふれる顧客たちの容姿だった。そのすべてが、裕福、と定義してよい階層の人たちで、そのうえ、おおむねが老人だった。七十代と思えるカップル、あるいは何人かの老婦人が、ひとり、あるいはふたりの老紳士をかこんで、声をひそめて話し合っている。男たちの着ている背広の仕立てにも、女たちが身につけている毛皮も宝石も、彼らがみずからの手をよごして得たのではない、ひそやかな美しさが光を放っていた。」
初めてボローニャを訪れた時、たまたま入った紳士服店で紹介された二軒のリストランテのうち、まず次の目的地に近い方の店に寄ってみると、通りに面した窓から見えた光景は全くこの話のままでした。
大きな都市の名の知れたほとんどのクラシックな服店で、着こなしが良いはずの男女を見慣れた目にも、驚き以外の何物でもなかったのです。
フランス料理の世界で言う、アンビアンス(人がつくり出す雰囲気)とキャードル(店の設え等が醸し出す雰囲気)が高い次元で同調していたとでも表現すればよいでしょうか。
それから三年以上経って「トリエステの坂道」を読み、自分たちの経験とあまりに似た光景に、また別の意味で驚きました。日本ではめったに出会わないこういう場面も、イタリアなら日常的に...とも思ったのですが、ミラノにいて様々な階層を知る須賀さんがうなるくらいですから、間違いないでしょう。もちろん私たちもその後、どこでも出会っていません。翌年同じ店をのぞいた時でさえ、最早同じ光景は存在しません。ただ何かの折に、家内がその時の驚きを口にして思い出させてくれます。
ちなみに須賀さんは先に引用した以外にも、作家ナタリア・ギンズブルグを取材したアメリカ人作家が、彼女の身に着けていた物に見当違いな批評をくわえるのに対して、それがいかにその階層特有のシンプルで質の高い洗練された装いなのか、いつになくはっきりした調子で弁護しています。
建築物を端緒に一冊書いているくらいですから、もっと長生きされ、直截にファッションから呼び覚まされる光景の数々を描いてくれていたら、言葉で表現された中で最も本質に迫るものになっていたのではないかと思います。
今回はタイ、ポケット・スクェアは前回と一緒でシャツだけのブルーのヘリンボーンに変えています。
現代の人と一概に比べられませんが、とても年齢どおりの歌声に聴こえません。でも私の耳には近しいような心地よい歌声で、通して聴いていると、親戚のおばさんが「1/f揺らぎ」を持っているような声で、歌っているように聴こえます。
またまた全く関係ないですが、電車で睡魔におそわれる家内をみていて、「1/f揺らぎ」をボタンひとつで付加できるマッサージ・チェアーがあったら気持ち良いのではないかと思いました。それとも既に存在してるのかも知れませんね。
Bologna②
須賀敦子「トリエステの坂道」は,好きな方も沢山いらっしゃると思います。
亡夫との思い出として温めていた詩人ウンベルト・サバの足跡を、生前果たせなかった夫との時間を取り戻すように、トリエステの街で辿る短編映画のように視覚的に鮮やかな作品です。
終り近く一軒のカフェで足を休める。そこを少し引用させていただきます。
「だが、なによりも私をうならせたのは店にあふれる顧客たちの容姿だった。そのすべてが、裕福、と定義してよい階層の人たちで、そのうえ、おおむねが老人だった。七十代と思えるカップル、あるいは何人かの老婦人が、ひとり、あるいはふたりの老紳士をかこんで、声をひそめて話し合っている。男たちの着ている背広の仕立てにも、女たちが身につけている毛皮も宝石も、彼らがみずからの手をよごして得たのではない、ひそやかな美しさが光を放っていた。」
初めてボローニャを訪れた時、たまたま入った紳士服店で紹介された二軒のリストランテのうち、まず次の目的地に近い方の店に寄ってみると、通りに面した窓から見えた光景は全くこの話のままでした。
大きな都市の名の知れたほとんどのクラシックな服店で、着こなしが良いはずの男女を見慣れた目にも、驚き以外の何物でもなかったのです。
フランス料理の世界で言う、アンビアンス(人がつくり出す雰囲気)とキャードル(店の設え等が醸し出す雰囲気)が高い次元で同調していたとでも表現すればよいでしょうか。
それから三年以上経って「トリエステの坂道」を読み、自分たちの経験とあまりに似た光景に、また別の意味で驚きました。日本ではめったに出会わないこういう場面も、イタリアなら日常的に...とも思ったのですが、ミラノにいて様々な階層を知る須賀さんがうなるくらいですから、間違いないでしょう。もちろん私たちもその後、どこでも出会っていません。翌年同じ店をのぞいた時でさえ、最早同じ光景は存在しません。ただ何かの折に、家内がその時の驚きを口にして思い出させてくれます。
ちなみに須賀さんは先に引用した以外にも、作家ナタリア・ギンズブルグを取材したアメリカ人作家が、彼女の身に着けていた物に見当違いな批評をくわえるのに対して、それがいかにその階層特有のシンプルで質の高い洗練された装いなのか、いつになくはっきりした調子で弁護しています。
建築物を端緒に一冊書いているくらいですから、もっと長生きされ、直截にファッションから呼び覚まされる光景の数々を描いてくれていたら、言葉で表現された中で最も本質に迫るものになっていたのではないかと思います。
今回はタイ、ポケット・スクェアは前回と一緒でシャツだけのブルーのヘリンボーンに変えています。