◇涅槃を体験する方法◇
一昨日の記事の流れで、涅槃を体験する方法について書いておこうと思います。
ここで言う涅槃とは、最終的な悟りを得た人が肉体の死に伴って至ると言われている涅槃とは少し違っていて(私は実質的には同じだろうと思っています)、感覚や認識を含めた一切の意識が断絶した状態である滅尽定のことを言っています。
なお、滅尽定は何段かある禅定の最深度にある禅定であり、涅槃の体験は禅定体験の一種と言うことができます。
禅定の体験は、悟りとは基本的に関係はありませんので、涅槃の体験も悟りは基本的に関係がなく、それを体験したからと言って悟れる訳ではありません。
ですから、余り涅槃の体験に拘らないようにして頂きたいと思います。
涅槃に落ちる方法として、私は二つの方法を知っています。
正確な言い方をしますと、私はその二つの方法で涅槃に落ちたことがあります。
一つは呼吸に意識を集中して瞑想する呼吸瞑想であり、もう一つは自覚を応用した手法です。
涅槃を体験するにはどちらが簡単かと言いますと、おそらく多くの方の場合、呼吸瞑想の方が簡単だろうと思います。
以下に、一つ目の方向から順に説明していきます。
呼吸瞑想は、呼吸に意識を集中して瞑想するものならどんなものでも結構です。
息を吸うときはその吸う息に意識を集中します。
そして、吐くときはその吐く息に意識を集中します。
短くて30分、長い場合は2時間程度、毎日続けます。
集中力の高い方だと、数週間程度で涅槃に落ちる体験が得られるかも知れません。
具体的な方法として、私が30年弱前にやっていたやり方を紹介します。
まず吸う息について、口は閉じた状態にして、息に意識を集中しながら、胸でなく、腹(丹田)で息を吸うような感覚で、息をゆっくりと鼻から吸っていきます。
このとき、頭の中で1から順に予め決めた値までゆっくりと数を数えながら息を吸います。
数を数えるペースは、厳密なものではなく、例えば1秒ごとに1、10秒で10数える程度にゆっくり目にします。
この呼吸法は、吸う、止める、吐くの三つで一つのサイクルになっているのですが、吸う、止める、吐くの各ステップでいくつの数を数えるかは、各自の自由です。
各ステップで数える数が異なっても大丈夫です(私の場合はややこしいので、三つとも同じ数にしていました)。
各ステップでいくつ数えるかは、呼吸が苦しくない程度に、程よい数に設定してください。
最初のうちは呼吸が浅いので、各ステップで8から10程度まで数える、つまり一つのサイクルを30秒それ以下にするくらいでいいのではなかと思います。
慣れてきて、深い呼吸ができるようになると、サイクルの長さを徐々に長くしていけばいいと思います。
息を吸いきったら、その腹(丹田)に溜めた息に集中しながら息を止め、予め決めた値まで数を数えます。
そして、その腹(丹田)に溜めた息を、吐く息に意識を集中しながら、ゆっくりと口から吐いていきます。
そのとき、予め決めた値まで数を数えながら息を吐きます。
息を吐ききったら、今度は息を止めずに、また数を数えながら息を鼻から吸っていきます。
この繰り返しです。
数を数えるのは、無駄な思考を抑え、意識を息に集中するのを助けるためです。
最初のうちは数を数えることの方に意識が行ってしまい、余り息に意識がいかないかもしれません。
それでも構いませんから続けてください。
慣れてくれば、数を数えながら息に意識が集中できるようになっていきます。
そして、息への意識の集中が十分に進んでくると、集中が途切れている訳ではないのに、途中で数を数えるのを忘れてしまって呼吸だけを続けている自分に気づくというようなことが起こるようになります。
それは、息への意識の集中が高まっている証拠ですから、余り気にされず、気づいた時点で数のカウントを再開して、呼吸法を続けてください。
息への意識の集中がさらに進んでくると、呼吸を吸いきったところで、自分が意図して息を止めた訳ではないのに、知らないうちに呼吸が止まっていることに気づくということが起こるようになります。
あるいは、呼吸を吐ききったところで、知らないうちに呼吸が止まっていることに気づくということも起こるようになります。
このように呼吸が止まるようになれば、かなり意識の集中が進んでいる証拠です。
そしてさらに続けていると、呼吸瞑想中に、自分の呼吸が止まり、それだけでなく、自分の意識も完全に断絶していたことに気づくときが来ます。
それが涅槃です。
ここでは、私のやっていた呼吸瞑想を紹介しましたが、呼吸に意識を集中しながら瞑想するならどんなものでも大丈夫です。
例えば、お釈迦さんが勧めていた数息観でもいいです。
数息観のやり方については、ネットで調べるとあちこちで紹介されています。
次に、二つ目の自覚を使った方法について説明します。
これは一昨日の記事で簡単に説明した方法です。
この方法は、自覚を使うので、自覚を体得していることが必要となります。
つまり、「私」をしっかりと捉えている必要があります。
涅槃に落ちるための行程は二つのステップからなっています。
最初のステップでは、私に意識を集中することで、通常の意識状態から、世界をただ観ている(あるいは、ただ認識している)意識である観照意識に移行します。
高い集中度で意識が私に向けられると、それに伴って思考が抑制され、自ずと観照意識へと移行します。
このとき、感覚として、世界を遠く感じたり、静寂を感じることがあります。
次のステップでは、その観照意識を自覚を使ってコントロールすることで、涅槃に入っていきます。
まずは、私に高い集中度で向けていた意識の集中を緩めていきます。
それに伴って、世界に対する認識が低下又は後退していき、意識も薄れていきます。
そして、それに合わせるようにして、自覚により捉えている「私」をポイと放り投げるようにして、観照意識を手放します。
すると、それに伴ってストンと意識が完全に落ちます。
涅槃から通常の意識に帰ってくるのは、特に何もしなくとも、自動的に帰ってきます。
涅槃に落ちている長さは、そのときの姿勢や意識の状態など種々の要因により異なるのだと思いますが、個人的には比較的短い時間で戻ってくることが多いのではないかと思っています。
私の場合、短いときは、おそらく1秒前後から2、3秒程度で、長いときはおそらく十秒から十数秒程度ではないかと思っています(最長だと1分とか、1分以上もあったのかもしれません)。
呼吸瞑想で涅槃に入るときほ方が涅槃に落ちる時間も長いように思いますので、深い瞑想の延長で涅槃に入ると、涅槃に落ちている時間も長くなる傾向があるのではないかと思っています。
コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。
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一昨日の記事の流れで、涅槃を体験する方法について書いておこうと思います。
ここで言う涅槃とは、最終的な悟りを得た人が肉体の死に伴って至ると言われている涅槃とは少し違っていて(私は実質的には同じだろうと思っています)、感覚や認識を含めた一切の意識が断絶した状態である滅尽定のことを言っています。
なお、滅尽定は何段かある禅定の最深度にある禅定であり、涅槃の体験は禅定体験の一種と言うことができます。
禅定の体験は、悟りとは基本的に関係はありませんので、涅槃の体験も悟りは基本的に関係がなく、それを体験したからと言って悟れる訳ではありません。
ですから、余り涅槃の体験に拘らないようにして頂きたいと思います。
涅槃に落ちる方法として、私は二つの方法を知っています。
正確な言い方をしますと、私はその二つの方法で涅槃に落ちたことがあります。
一つは呼吸に意識を集中して瞑想する呼吸瞑想であり、もう一つは自覚を応用した手法です。
涅槃を体験するにはどちらが簡単かと言いますと、おそらく多くの方の場合、呼吸瞑想の方が簡単だろうと思います。
以下に、一つ目の方向から順に説明していきます。
呼吸瞑想は、呼吸に意識を集中して瞑想するものならどんなものでも結構です。
息を吸うときはその吸う息に意識を集中します。
そして、吐くときはその吐く息に意識を集中します。
短くて30分、長い場合は2時間程度、毎日続けます。
集中力の高い方だと、数週間程度で涅槃に落ちる体験が得られるかも知れません。
具体的な方法として、私が30年弱前にやっていたやり方を紹介します。
まず吸う息について、口は閉じた状態にして、息に意識を集中しながら、胸でなく、腹(丹田)で息を吸うような感覚で、息をゆっくりと鼻から吸っていきます。
このとき、頭の中で1から順に予め決めた値までゆっくりと数を数えながら息を吸います。
数を数えるペースは、厳密なものではなく、例えば1秒ごとに1、10秒で10数える程度にゆっくり目にします。
この呼吸法は、吸う、止める、吐くの三つで一つのサイクルになっているのですが、吸う、止める、吐くの各ステップでいくつの数を数えるかは、各自の自由です。
各ステップで数える数が異なっても大丈夫です(私の場合はややこしいので、三つとも同じ数にしていました)。
各ステップでいくつ数えるかは、呼吸が苦しくない程度に、程よい数に設定してください。
最初のうちは呼吸が浅いので、各ステップで8から10程度まで数える、つまり一つのサイクルを30秒それ以下にするくらいでいいのではなかと思います。
慣れてきて、深い呼吸ができるようになると、サイクルの長さを徐々に長くしていけばいいと思います。
息を吸いきったら、その腹(丹田)に溜めた息に集中しながら息を止め、予め決めた値まで数を数えます。
そして、その腹(丹田)に溜めた息を、吐く息に意識を集中しながら、ゆっくりと口から吐いていきます。
そのとき、予め決めた値まで数を数えながら息を吐きます。
息を吐ききったら、今度は息を止めずに、また数を数えながら息を鼻から吸っていきます。
この繰り返しです。
数を数えるのは、無駄な思考を抑え、意識を息に集中するのを助けるためです。
最初のうちは数を数えることの方に意識が行ってしまい、余り息に意識がいかないかもしれません。
それでも構いませんから続けてください。
慣れてくれば、数を数えながら息に意識が集中できるようになっていきます。
そして、息への意識の集中が十分に進んでくると、集中が途切れている訳ではないのに、途中で数を数えるのを忘れてしまって呼吸だけを続けている自分に気づくというようなことが起こるようになります。
それは、息への意識の集中が高まっている証拠ですから、余り気にされず、気づいた時点で数のカウントを再開して、呼吸法を続けてください。
息への意識の集中がさらに進んでくると、呼吸を吸いきったところで、自分が意図して息を止めた訳ではないのに、知らないうちに呼吸が止まっていることに気づくということが起こるようになります。
あるいは、呼吸を吐ききったところで、知らないうちに呼吸が止まっていることに気づくということも起こるようになります。
このように呼吸が止まるようになれば、かなり意識の集中が進んでいる証拠です。
そしてさらに続けていると、呼吸瞑想中に、自分の呼吸が止まり、それだけでなく、自分の意識も完全に断絶していたことに気づくときが来ます。
それが涅槃です。
ここでは、私のやっていた呼吸瞑想を紹介しましたが、呼吸に意識を集中しながら瞑想するならどんなものでも大丈夫です。
例えば、お釈迦さんが勧めていた数息観でもいいです。
数息観のやり方については、ネットで調べるとあちこちで紹介されています。
次に、二つ目の自覚を使った方法について説明します。
これは一昨日の記事で簡単に説明した方法です。
この方法は、自覚を使うので、自覚を体得していることが必要となります。
つまり、「私」をしっかりと捉えている必要があります。
涅槃に落ちるための行程は二つのステップからなっています。
最初のステップでは、私に意識を集中することで、通常の意識状態から、世界をただ観ている(あるいは、ただ認識している)意識である観照意識に移行します。
高い集中度で意識が私に向けられると、それに伴って思考が抑制され、自ずと観照意識へと移行します。
このとき、感覚として、世界を遠く感じたり、静寂を感じることがあります。
次のステップでは、その観照意識を自覚を使ってコントロールすることで、涅槃に入っていきます。
まずは、私に高い集中度で向けていた意識の集中を緩めていきます。
それに伴って、世界に対する認識が低下又は後退していき、意識も薄れていきます。
そして、それに合わせるようにして、自覚により捉えている「私」をポイと放り投げるようにして、観照意識を手放します。
すると、それに伴ってストンと意識が完全に落ちます。
涅槃から通常の意識に帰ってくるのは、特に何もしなくとも、自動的に帰ってきます。
涅槃に落ちている長さは、そのときの姿勢や意識の状態など種々の要因により異なるのだと思いますが、個人的には比較的短い時間で戻ってくることが多いのではないかと思っています。
私の場合、短いときは、おそらく1秒前後から2、3秒程度で、長いときはおそらく十秒から十数秒程度ではないかと思っています(最長だと1分とか、1分以上もあったのかもしれません)。
呼吸瞑想で涅槃に入るときほ方が涅槃に落ちる時間も長いように思いますので、深い瞑想の延長で涅槃に入ると、涅槃に落ちている時間も長くなる傾向があるのではないかと思っています。
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