孫たちが中学受験を控えているので合格祈願を行いに京都の北野天満宮に出かけた。
大阪にも天満宮はあるのだが、ここはやはり私も京都まで行く努力をしなくてはと思ったのだ。
ぐっと冷え込んだが、昔は井戸水をかぶって願い事をしたと言うから、寒風の中を出かけるのも願い事には良かったのかもしれない。
コロナ騒ぎで京都は久しぶりであった。
鈴木卓爾監督作品に「嵐電」があったが、私は嵐電に乗車したことがなく、嵐電に乗車することは今回の京都訪問の目的の一つとなっていた。
早朝に嵐山に着いたが、紅葉の季節も終わり人出は少なく散策には適していた。
空気は冬の準備を感じるものがあった。

紅葉の時期には一方通行でごった返していた渡月橋も人影はまばらであった。

静かな嵐山界隈はいい。
竹林の小径も独り占めできる時があり、何回か訪れている嵐山の竹林ではあるが私としては初めての経験であった。
嵐電で嵐山駅から帷子ノ辻で乗り換えて北野白梅町駅まで乗車。
少し歩くと北野天満宮である。
初詣の準備は出来ていて来年の巨大絵馬が掲げられていた。

絵馬の板の色と描かれた寅の絵の黄色が溶け込んでしまって、遠目にはよくわからない絵柄であった。
お賽銭を上げて札所で合格祈願のお守りを二つと、同じく合格祈願の梅干しを授かった。
引き返して再び嵐電で帷子ノ辻へ。
今回の目的地のひとつでもある。
そこは日本のハリウッドと称された映画の都「太秦」である。
改札を出るとすぐに大映通り商店街でオレンジ色の看板が見える。

今はなくなった大映の撮影所があり、役者さんたちが闊歩していたらしい。
商店街を入るとすぐに大魔神の像に出会う。

コロナ騒ぎでマスクをしていた。
以前に神戸の長田に映画を見に行ったことがあるのだが、その時に見た鉄人28号の巨大モニュメントに匹敵するものだ。
途中で右折すると突き当りにマンションがあり、そこが大映京都撮影所跡である。

大映は名作を数多く世に送り出した会社であったが、なくなってしまったのは誠に残念なことだ。
そこを西(右側)に行くと突き当りが松竹撮影所である。

フェンスの隙間から覗くと常設のオープンセットらしきものが見えた。

大映通り商店街には映画にちなんだところがチラホラ見受けられ、途中には日本映画の父と称される牧野省三氏の顕彰碑もある。

中ほどに「キネマ・キッチン」というレストランがある。

中に入ると大映作品のパネルが張り巡らされていた。
市川雷蔵さんの物が多いのは、彼の人気の高さであろう。

大映の人気スターだった勝新太郎さんと市川雷蔵さんの名前をもじっった「カツライス」があったと聞いているのですがと店員さんに告げると、「今でもありますよ」とのことだったので、それを注文。

早い話がカツカレーである。
1500円と少々お高いが、二人を偲んで頂いた。
そこから歩いてでも行けるが、嵐電の撮影所前駅の近くに東映の撮影所がある。

中に入ることは出来ないので外から眺めておく。
武士の恰好をした人がマイクロバスに乗って出かけて行ったが、近くにある太秦映画村のイベントにでも出るのだろう。

正面に見える建物が俳優会館で、以前は千恵蔵さんや歌右衛門さんらの大御所の部屋だったり、高倉さんや鶴田さんの部屋もあったのだろう。
今は誰が一番奥の部屋を使っているのだろうかと想像しながら後にした。
コロナが落ち着いていることもあって、久しぶりの郊外散策日であった。
普通で自由な生活ができないといけないなと思った次第である。
でも何故?日本だけが感染者が少ないのだろう?
分科会はその原因を究明してほしい。
単なる感想を言われてもなあ・・・。