☆わんこと一緒の想い出と共に☆

シェルティと暮らしていたマールママの記録と記憶のためのページ

秋彼岸

2011年09月24日 | 私・家族

台風の影響による長雨が1週間ほど続き 久しぶりの 青空です。

首都圏を直撃した台風は被災地にまでも爪跡を残し これまでにない災害が続く年・・・

今年はなんという年なのでしょう。。

災害に遭われた方々には 心よりお見舞い申し上げます。

 

 

昨日は お墓参りのあと 夫と二人で施設に入所している義母に面会に行き

その後、入院中の実家の兄の お見舞いに行ってきました。

 

義母は昨年、看取りの契約をしてから一度も入院することもなく変わりありません。

経管栄養をきちんと摂って肌艶も良く、誰なのか少しは理解できるのか

乏しい表情ながら目で姿を追っていますが集中力は長くは続かず。。

寝た切りの生活が長く続き、話すことのできない本人の本当の気持ちはどうなのだろうかと

いつも 会うたびに複雑な思いがあります。

 

 

そのあと、見舞いに行った兄は、前日の術後の疲れもあってか

こんこんと眠っていたので 起こさずに そっと見守りそのまま帰ってきました。

今年の6月にも入院 胃の内視鏡手術を受けています。

 胃の粘膜をはぎ取る手術だそうです。

身近な兄弟の病気は胸に痛く

自分も含め これから迎える高齢時代を憂う 今日このごろです。

 

 

 

いちじくの大木が次々と 実を膨らませ  収穫と  ジャム・甘露煮作りに追われています。

 

 

毎日食べる 一年分を せっせと作って保存。

 

相変わらず 忙しい毎日 です 

 

 

 


案ずるより・・・

2011年09月13日 | 三婆通信

1週間のショートステイを終えた埼玉の 1の叔母

どうしたかと電話してみたら とてもご機嫌で帰ってきたようです。

行き慣れたホームの方たちに 優しくしてもらい 

いつも正常なわけではない 認知症がかかっているご本人とっては

「3日も1週間も10日も 終わってみれば同じだね~!」と 介護する側の 3の叔母 

帰ってこれる家があり、それも待つ人がいる家だからこそのショートステイ。

3の叔母が倒れたら そうはいかなくなるのだから 

「月に一度は自宅に帰ってゆっくりした方がいいわ」と進言した。

 

 

思えば、三婆が田舎に帰りたいとやってきたのはまだ2年前のことだった。

実家の母の入所していた施設を訪問し「こんなところに入れられて可哀そうに・・・」と。

たぶんあの時、初めて介護施設というものを 訪問した叔母たち。

ひとつの社会見学も かねていたような。

あの時、こんな日がすぐに訪れるとは 誰しも考えも及ばず現実に重ねることを恐れていたと思う。

でも湯治場での様子や埼玉を訪問したときの三婆の様子からして

このままでは絶対に大変なことになると私は危惧していた。

三婆通信の備忘録を読み返してみて本当に準備万端に、よくぞここまで・・・と感慨深いものがある。

あの時点だからこそ私もあそこまで動くことが出来たけど。

この2年で、私を含め廻りのみんなも大きく変わった。

時は まったなしに 確かに進んでいる。

そして、これから先どんなシナリオが待ちうけてているのかは誰にもわからない。

なにごとにも不安はつきものであるが、案ずるより・・・なんとやら。

 

 

1の叔母のショートスティ中に 横浜のおばさんと娘のKさんが 面会に来てくれたとのこと。

みんなに心配してもらって 本当に幸せ者な叔母である。

3の叔母に電話で 「とてもアットホームで良いところね~」と話してくれたらしい。

横浜の叔父さん夫婦も高齢となり これから施設のお世話になることもあるかもしれない。

 

他人事と思っていた介護についてのことを何も知らずにいる人も

ある日 突然困ったことになる前に、

身近なお年寄りの生活から 学ぶことって たくさんあるような気がする。

 

 

 

 


大人の休日

2011年09月12日 | 旅日記

JR東日本の“大人の休日倶楽部”に入会し

これまで何度も リーズナブルな旅 を満喫してきた私。

関東に親戚や友人も多い私にとって、とても楽しみにしている企画である。

ところが入会当時は 3日間乗り放題12000円のパス が年に4回くらいあったのに

今年度は 2回 しかない! 

訂正  6月のスペシャルと 1月も含めて 3回 だそうです  )

4日間15000円というのは利用価値があるけれど、回数が少なくなりガッカリしている人も多いはず。

その時期に合わせることが出来なく 年会費の元が取れないという声も聞かれる。

旅が好きな中高年の楽しみを応援し 出かける機会を大いに作ってほしいものである。

 

 

今回の 大人の休日 の4日間をどう 使うか?

以前の私なら、めいっぱい計画を立て さまざまな楽しみ方を考えていたが

今回は、ヨーロッパ旅行の後ということもあって、ちょっと気持ちもセーブしていた。

最近は藤沢の姉宅をキーステーションに動くことが多いが

姉も近ごろ孫のベビーシッターが忙しい。 姉の孫たちにも会いたいのだけど、

私が行くことになり、まさに”大人だけの休日”を一緒に過ごそうということになった。

叔母宅の訪問・日帰りバス旅行・と2日間の予定は決まったものの

その後のことは体調次第という 今の私の元気のなさ。

3日目は 病院に行くという選択で1日はつぶれた。

大事ないことがわかり少し安心したものの、体調がすべてよくなったわけではない。

最終日4日目は姉夫婦にも心配かけたので 横浜でランチを一緒に楽しんで帰ることにした。

 

 

ランドマークタワー 70階のスカイラウンジ・レストランで プチ贅沢なランチ 

 

 

 

 

「歳をとっても 良いことだってあるのよ」と

姉は 6月にめでたく高齢者の仲間入りし 夫婦2人のシルバー割引があった。

ネットでクーポンをゲットし 何事もリーズナブルにリッチな気分の “大人の休日”である。

これで 食べる楽しみがなくなったら おしまいだね」と。

ゆっくりと お食事を楽しみ 予定より1本早い新幹線での帰宅となった。

なんだか だんだん 家に居るのが一番安心になってきたような・・・

でも、やっぱり 旅番組を見ては

まだ見ぬ国に憧れを抱いている自分に かすかな希望を感じてもいる。

 

 

 

 


山梨で巨峰狩り

2011年09月10日 | 旅日記

急きょ”大人の休日倶楽部パス”を利用して埼玉の叔母を訪問することになり

4日間のあいだ、姉と どこか日帰り旅行にでも行こうかとの話に。

横浜あたりからは毎日のように、いろんなバスツアーがでているらしい。

バスは乗ってしまえば、あちこち連れて行ってくれるからとっても便利。

あいにくと、ほとんどのツアーが締め切りになっていて唯一残席が2名というツアーに参加することに。

山梨 大収穫祭 巨峰狩り食べ放題』 なんともビッグなタイトルに

野菜1キロ 果物1キロ 山梨名物1キロの お土産付き

 

道の駅 =ワイン工場の見学と試飲 =ハーブ庭園 と 盛りだくさんな内容

 

お寺(放光寺)にも寄り 

今の季節は お花も ほとんど咲いていなく ちょっと残念。

昼食も 松茸ご飯に牛しゃぶ というふれこみだったけど

いかにも団体さま専用といった 昔のドライブインのような場所でのお食事 

日帰りツアーの昼食って こんなもんでしょ!と姉は言っていたけど。。

 

そして メインの 葡萄園での 巨峰食べ放題 

がんばって 1房食べましたが 3房ぐらい食べた人もいました。

年配のご夫婦連れや女性のグループが多かったですが

そこで なんと 聞き覚えのある “秋田なまり”が・・・・

同じように 大人の休日パスを利用してやって来たのでしょうか?

限られた日数で知らない土地を、たくさん見て回るには この手がラクですもんね。

でも、あの重たいお土産は持って帰るにはちょっと荷物になりませんかしら?

どこにいっても 中高年の女性グループは元気に楽しんでいます。

しかし私の場合、以前のバイタリティはどこへやら・・・・

 

今は廃止になって使われていない「大日影トンネル」を20分ほど歩いてみる という場所で

姉は行きましたが私はバスの中での待機グループに入って待っていました。

疲れやすく 前夜、また動悸がして少し不安になっていたのです。

勝沼の駅前で待っている間、山に囲まれた盆地の向こうに見える 

“ぶどうの丘”の風景に見覚えがありました。

そう・・・20年近くも前のことですが 夫の友人の結婚式があり一緒に来たことがありました。

あの時も、藤沢の姉夫婦と一緒に清里のペンションに泊まり

さまざまな笑い話や思い出があり 楽しかったな・・・と。

いつまで、こうやって元気に旅を楽しめるのだろうかと考えながらの旅でした。

 

 

 

 

 


介護する側 される側

2011年09月09日 | 三婆通信

ショートステイ中の1番叔母に面会に行ったとき

「わたし、10日もここに置かれるみたいよ・・・」と言う叔母。

「そうね、F叔母さんが病院に行くし手術ができないかわりに1週間くらい電気かけたり治療に通うみたいよ」と

嘘も方便で、1叔母の納得がいくように「F叔母さんに、きちんと治してもらわないと叔母さんが一番困るものね」と私。

他のことはコロっと忘れるのに、1週間のショートスティのことが10日と頭の中にガッツリ入ってしまい

家でも機嫌が悪く、口を利かなかったらしい。

でも、病院に治療に通う話をしたら「そうしなさい!」と解ってくれたとのこと。

1の叔母も ホームでの生活が苦痛なわけではなく、楽しみにして出かけていく。

ただ、お泊りとなると難色を示すのである。

 

 

誰しも、住み慣れた家の お布団で休みたいのは同じ。

それは、介護している 3の叔母にとって もっと切実だと思う。

耳が遠い1の叔母はテレビの音はガンガン!!2階の部屋でも眠れないほど。

やさしく かわいい叔母だが、ガンコな部分もあり姉としての威厳は保っている。

施設から具合が悪いところがあると、病院に連れて行くように言われても言うことを聞かない。

介護する側というのは、まわりのひとが何気なく言った言葉に傷ついていることがよくある。

「おばさん、施設に長く置かれるなんてかわいそう・・・」

介護される側の気持ちを考えて言った言葉が、介護する側にはグサッと突き刺さる。

介護の経験のある人は絶対に、そんなことは言わないのだが。。

「だったら、あなたにお願いしようかしら。かわりにお世話してくださる?」そう言いたくなる。

相手の人は、そんなつもりで言ったのではないこともわかっているのに

施設に預けることは、手を抜いているみたい・・・そんな呵責に悩んでしまうのである。

そんなことが、このところ続き 3の叔母は「自信が無くなった」とひどく落ち込んでいた。

話を聞いてやり、ショートスティを利用し少し自宅で休むようにと伝えたら

ケアマネージャーのNさんが「Fさん!ひとりで抱え込まないで何でも相談して下さいね!」

と言ってくれたと、うれしそうな電話がかかってきた。

「おばさん!来週わたし “大人の休日パス” 使えるから行ってみるね!美味しいものでも食べに行きましょ!」

「そうして!うれしいわ~♪ 楽しみにしてるね~」

 

 

介護される側は、施設でも多くの人に守られているが、介護する側は孤独に頑張っている場合が多い。

そして精神的に、少しずつ自分を責めていって 暗い気持ちになってしまうのだ。

いつか自分も通る道

介護する側 される側 どちらの気持ちも 経験しなければわからないことではあるけれど

大変な中 がんばっている人には いたわりと感謝の気持ちを伝えたい。

 

 


慰労会

2011年09月08日 | 三婆通信

2番目の叔母が亡くなって半年余り・・・

3月の大震災以来、ずっと訪問していなかった埼玉の叔母宅に行ってきました。

大宮の駅で姉と待ち合わせをして

1番叔母がショートスティで お世話になっているホームへ面会に

 

ちょっと驚いた顔 

「わたし誰かわかる?」という姉に ちょっと間を置き

「みっちゃん でしょ?」と。 私にも「よく、来てくれたわねぇ・・・」と。

帰りは玄関まで出て送ってくれました。

たぶん一緒に家に帰りたい気持ちなのでしょう。「これから藤沢に行くの」と言って バイバイ

ホームの中では、とても認知症があるようには見えないしっかりしたお話しぶり

でも家に帰ると プッツンしてしまうことが多々あるのです。

そんな日常の知られざる一面を施設の方に連絡帳に書いてやろうとすると

それを、しっかり読んで「余計なことは書かないで!」と怒るらしいから

 幼稚園の連絡帳とは 大きな違いがあるわけです(笑)

しっかりしている面と すっかり抜け落ちる面 時に激しく怒り 時に優しくいじらしく

いかに姉妹とはいえ、その両方をつぶさに見て接し、日々生活を共にするというのは大変なこと。

89歳の姉をみるのが 79歳の妹という 老々介護

 

あれから、ずっと 残された1番叔母のお世話係として付き添っていてくれた3番叔母

自身も足が悪く月に一度の通院時だけ自宅に帰るという日が続いていました。

電話で愚痴を聞いてやることしかできなかったけど、ストレスもピークに達していることが感じ取れ

1番叔母は1週間のショートステイにお願いして 自宅でゆっくりしてもらうことにし

今回は慰労会をしてあげようと 私と姉・3番叔母の娘R嬢の 新三婆  が 企画しました。

忙しい中 最近は2週間に1度 母と叔母の陣中見舞いに訪問しているR嬢が

大宮駅前のホテルの 中国料理のお店 に案内してくれました。

「母に一度 北京ダックと フカヒレのスープを食べさせてあげたいの」と。

私と姉もご相伴にあずかり、楽しいお食事とおしゃべりの時間を過ごしました。

 

 

 

蟹の卵入りフカヒレスープ  「おいし~~い!!」

 

北京ダック

 

 

 

ホタテと鶏肉のブラックビーンズ炒め      車海老の二種盛り

牛肉の柔らか煮   豚肉と野菜のビーフン炒め

次々と運ばれてくるお料理は どれも美味しく

叔母も 嬉しそうに しっかりといただきながら 

私たちの知らなかった”今だから話せる昔のお話し”などを聞くこともでき

とても 貴重な時間でもありました。

 

 

大宮の駅まで出てきたのは2年前 三婆で田沢湖から帰って来て以来という叔母 こちら(クリック) 

 

杖をつきながら、やっと歩いてきたけれど

「とても楽しかった♪ ほんとに ありがとう」 と何度も口にし嬉しそうでした。

また これからも大変なこともあると思うけど、「こんどまた来ようね」と

母を送って行く娘と お別れしました。

叔母にとっても 忘れられない楽しい一日であったと思います。