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日如上人猊下様の、「御指南集二十三」を読んだ。
令和三年、法華講員八十万人体勢の構築に取り組む日蓮正宗宗門にとり、あと三年を切った御命題の達成へ向け、僧俗一致して邁進挺身中である。
この御本は、正に「折伏」の根幹に触れる大事が述べられている。飽く迄も折伏とはけんかじゃない。相手の人格をけちょんけちょんに否定する、そのようなものは折伏とは呼ばない。あくまでも折伏行は慈悲行である。相手の非は責めても、その間違った教えに毒された、「思想」を破折しても、その人の人格は攻撃してはならない。
誠にそのとおりであり、その他、謗法の怖さ、少しの謗法ならいいだろう、という慢心。謗法に大小はなく、「何(いか)に法華経を信じ給ふとも、謗法あらば必ず地獄にをつべし」の御文の示す通り、いつの間にか謗法に与同すれば、成仏は難しいと仰せです。
折伏していれば謗法から逃れられるし、化他行に自行も含め、何より日頃からの勤行唱題、お題目が肝心で大事だと猊下様は仰る。
自分が率先垂範して実践しなければ、それを人にも勧められない道理である。正論を述べている猊下様の心を心として、法華講員として、大道正道を突き進んでゆきたい。