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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>
<漢検1級 27-③に向けて その70>
●夏目漱石の「趣味の遺伝」から・・・。<その1><その2>の2題です。
●難度は並み以上・・・チャレンジャーは80%(24点)程度が目標・・・。リピーターは90%以上(^^;)
●文章題㉝:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「趣味の遺伝」(夏目漱石) その1
「・・・将軍のあとに続いてオリーヴ色の新式の軍服を着けた士官が二三人通る。これは出迎えと見えてその表情が将軍とはだいぶ違う。(1)キョは気を移すと云う孟子の語は小供の時分から聞いていたが戦争から帰った者と内地に暮らした人とはかほどに顔つきが変って見えるかと思うと一層感慨が深い。どうかもう(2)イッペン、将軍の顔が見たいものだと延び上ったが駄目だ。ただ場外に群がる数万の市民が有らん限りの(ア)鬨を作って停車場の硝子窓が破れるほどに響くのみである。余の左右前後の人々はようやくに列を乱して入口の方へなだれかかる。見たいのは余と同感と見える。余も黒い波に押されて一二間石段の方へ流れたが、それぎり先へは進めぬ。こんな時には余の性分としていつでも損をする。寄席がはねて木戸を出る時、待ち合せて電車に乗る時、人込みに切符を買う時、何でも多人数競争の折には大抵最後に取り残される、この場合にも先例に洩れず首尾よく人後に落ちた。しかも普通の落ち方ではない。遥かこなたの人後だから心細い。葬式の赤飯に手を出し損なった時なら何とも思わないが、帝国の運命を決する活動力の断片を見損うのは残念である。どうにかして見てやりたい。広場を包む万歳の声はこの時四方から(イ)大濤の岸に崩れるような勢いで余の(3)コマクに響き渡った。もうたまらない。どうしても見なければならん。・・・
・・・浩さん! 浩さんは去年の十一月旅順で戦死した。二十六日は風の強く吹く日であったそうだ。遼東の大野を吹きめぐって、黒い日を海に吹き落そうとする野分の中に、松樹山の突撃は予定のごとく行われた。時は午後一時である。(4)エンゴのために味方の打ち出した大砲が敵塁の左突角に中たって五丈ほどの砂煙を捲き上げたのを相図に、散兵壕から飛び出した兵士の数は幾百か知らぬ。蟻の穴を蹴返したごとくに散り散りに乱れて前面の傾斜を(5)ヨじ登る。見渡す山腹は敵の敷いた鉄条網で足を容るる余地もない。ところを梯子を担い(6)ドノウを背負って区々に通り抜ける。工兵の切り開いた二間に足らぬ路は、先を争う者のために奪われて、後より詰めかくる人の勢いに波を打つ。こちらから眺めるとただ一筋の黒い河が山を裂いて流れるように見える。その黒い中に敵の弾丸は容赦なく落ちかかって、すべてが消え失せたと思うくらい濃い煙が立ち揚がる。怒る野分は横さまに煙りを千切って遥かの空に攫って行く。あとには依然として黒い者が (ウ)簇然と(エ)蠢いている。この蠢いているもののうちに浩さんがいる。
・・・占めた。敵塁の右の端の突角の所が朧気に見え出した。中央の厚く築き上げた石壁も見え出した。しかし人影はない。はてな、もうあすこらに旗が動いているはずだが、どうしたのだろう。それでは壁の下の土手の中頃にいるに相違ない。煙は拭うがごとく一掃きに上から下まで(7)ゼンジに晴れ渡る。浩さんはどこにも見えない。これはいけない。(オ)田螺のように蠢いていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。五秒は十秒と変じ、十秒は二十、三十と重なっても誰一人の(8)ザンゴウから向うへ這い上がる者はない。ないはずである。ザンゴウに飛び込んだ者は向うへ渡すために飛び込んだのではない。死ぬために飛び込んだのである。彼らの足が(9)ゴウテイに着くや否や(カ)穹窖より覘(ねら)いを定めて打ち出す機関砲は、杖を引いて竹垣の側面を走らす時の音がして瞬く間に彼らを射殺した。殺されたものが這い上がれるはずがない。石を置いた沢庵のごとく積み重なって、人の眼に触れぬ坑内に横たわる者に、向うへ上がれと望むのは、望むものの無理である。横たわる者だって上がりたいだろう、上りたければこそ飛び込んだのである。いくら上がりたくても、手足が利かなくては上がれぬ。眼が暗んでは上がれぬ。胴に穴が開いては上がれぬ。血が通わなくなっても、脳味噌が潰れても、肩が飛んでも身体が棒のように(キ)鯱こ張っても上がる事は出来ん。二竜山から打出した砲煙が散じ尽した時に上がれぬばかりではない。寒い日が旅順の海に落ちて、寒い霜が旅順の山に降っても上がる事は出来ん。ステッセルが開城して二十の(10)ホウサイがことごとく日本の手に帰しても上る事は出来ん。日露の講和が成就して乃木将軍がめでたく凱旋しても上がる事は出来ん。百年三万六千日乾坤を(ク)提げて迎えに来ても上がる事はついにできぬ。これがこのザンゴウに飛び込んだものの運命である。しかしてまた浩さんの運命である。(ケ)蠢々として御玉杓子のごとく動いていたものは突然とこの底のない(コ)坑のうちに落ちて、浮世の表面から闇の裡に消えてしまった。旗を振ろうが振るまいが、人の目につこうがつくまいがこうなって見ると変りはない。浩さんがしきりに旗を振ったところはよかったが、壕の底では、ほかの兵士と同じように冷たくなって死んでいたそうだ。・・・」
👍👍👍 🐑 👍👍👍
(1)居 (2)一遍 (3)鼓膜 (4)掩護(「援護」でもOKでしょう) (5)攀 (6)土嚢 (7)漸次 (8)塹壕 (9)壕底 (10)砲砦
(ア)とき (イ)おおなみ (ウ)そうぜん (エ)うごめ (オ)たにし (カ)きゅうこう (キ)しゃち (ク)ひっさ (ケ)しゅんしゅん (コ)あな
👍👍👍 🐑 👍👍👍
●文章題㉞:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「趣味の遺伝」(夏目漱石) その2
「・・・しばらく化銀杏(ばけいちょう)の下に立って、上を見たり下を見たり(ア)佇んでいたが、ようやくの事、幹のもとを離れていよいよ墓地の中へ這入り込んだ。この寺は由緒のある寺だそうでところどころに大きな(1)レンダイの上に据えつけられた石塔が見える。右手の方に柵を控えたのには梅花院殿瘠鶴大居士とあるから大方、大名か旗本の墓だろう。中には至極簡略で尺たらずのもある。慈雲童子と楷書で彫ってある。小供だから小さい訳だ。このほか石塔も沢山ある、戒名も飽きるほど彫りつけてあるが、申し合わせたように古いのばかりである。近頃になって人間が死ななくなった訳でもあるまい、やはり従前のごとく相応の亡者は、年々御客様となって、あの剥げかかった額の下を潜るに違ない。しかし彼らがひとたび化銀杏の下を通り越すや否や急に古仏となってしまう。何も銀杏のせいと云う訳でもなかろうが、大方の檀家は寺僧の懇請で、余り広くない墓地の空所を狭めずに、先祖代々の墓の中に新仏を祭り込むからであろう。浩さんも祭り込まれた一人ひとりである。
・・・浩さんの墓は古いと云う点においてこの古い(2)ラントウバ内でだいぶ幅の利く方である。墓はいつ頃出来たものか(イ)確とは知らぬが、何でも浩さんの御父っさんが這入り、御爺さんも這入り、そのまた御爺さんも這入ったとあるからけっして新らしい墓とは申されない。古い代りには(3)ケイショウの地を占めている。隣り寺を境に一段高くなった土手の上に三坪ほどな平地があって石段を二つ踏んで行き当りの真中にあるのが、御爺さんも御父さんも浩さんも同居して眠っている河上家代々之墓である。極めて分りやすい。化銀杏を通り越して一筋道を北へ二十間歩けばよい。余は(ウ)馴れた所だから例のごとく例の路をたどって半分ほど来て、ふと何の気なしに眼をあげて自分の(エ)詣るべき墓の方を見た。
・・・百花の王をもって許す牡丹さえ崩れるときは、富貴の色もただ(オ)好事家の憐れを買うに足らぬほど脆いものだ。美人薄命と云う(カ)諺もあるくらいだからこの女の寿命も容易に保険はつけられない。しかし妙齢の娘は概して活気に充ちている。前途の希望に照らされて、見るからに陽気な心持ちのするものだ。のみならず友染とか、(キ)繻珍とか、ぱっとした色気のものに包まっているから、横から見ても縦から見ても派出である立派である、春景色である。その一人が――最も美くしきその一人が寂光院の墓場の中に立った。浮かない、古臭い、沈静な四顧の景物の中に立った。するとその愛らしき眼、そのはなやかな袖が忽然と本来の面目を変じて(4)ショウジョウたる周囲に流れ込んで、境内寂寞の感を一層深からしめた。天下に墓ほど落ついたものはない。しかしこの女が墓の前に延び上がった時は墓よりも落ちついていた。銀杏の(5)コウヨウは淋しい。まして化けるとあるからなお淋しい。しかしこの女が化銀杏の下に横顔を向けて佇んだときは、銀杏の精が幹から抜け出したと思われるくらい淋しかった。上野の音楽会でなければ釣り合わぬ服装をして、帝国ホテルの夜会にでも招待されそうなこの女が、なぜかくのごとく四辺の光景と(6)エイタイして索寞の観を添えるのか。これも諷語だからだ。マクベスの門番が怖しければ寂光院のこの女も淋しくなくてはならん
・・・とりあえず、書斎に立て籠こもって懐中から例の手帳を出したが、何分夕景ではっきりせん。実は途上でもあちこちと拾い読みに読んで来たのだが、鉛筆でなぐりがきに書いたものだから明るい所でも容易に分らない。ランプを点ける。下女が御飯はと云って来たから、めしは後で食うと追い返す。さて一頁から順々に見て行くと皆陣中の出来事のみである。しかも(7)コウソウの際に分陰を(ク)偸んで記しつけたものと見えて大概の事は一句二句で弁じている。「風、坑道内にて食事。握り飯二個。泥まぶれ」と云うのがある。「夜来風邪の気味、発熱。診察を受けず、例のごとく勤務」と云うのがある。「テント外の歩哨散弾に中たる。テントに(ケ)仆れかかる。血痕を印す」「五時大突撃。中隊全滅、不成功に終る。残念!!!残念の下に!が三本引いてある。無論記憶を助けるための手控えであるから、毫も文章らしいところはない。字句を修飾したり、彫琢したりした痕跡は薬にしたくも見当らぬ。しかしそれが非常に面白い。ただありのままをありのままに写しているところが大いに気に入った。ことに俗人の使用する壮士的(コ)口吻がないのが嬉しい。怒気天を衝くだの、暴慢なる露人だの、(8)シュウリョの胆を寒からしむだの、すべてえらそうで安っぽい辞句はどこにも使ってない。文体ははなはだ気に入った、さすがに浩さんだと感心したが、肝心の寂光院事件はまだ出て来ない。だんだん読んで行くうちに四行ばかり書いて上から棒を引いて消した所が出て来た。こんな所が怪しいものだ。・・・
・・・占めた占めたこれだけ聞けば充分だ。一から十まで余が鑑定の通りだ。こんな愉快な事はない。寂光院はこの小野田の令嬢に違いない。自分ながらかくまで機敏な才子とは今まで思わなかった。余が平生主張する趣味の遺伝と云う理論を証拠立てるに完全な例が出て来た。ロメオがジュリエットを一目見る、そうしてこの女に相違ないと先祖の経験を数十年の後に認識する。エレーンがランスロットに始めて逢う、この男だぞと思い詰める、やはり父母(9)ミショウ以前に受けた記憶と情緒が、長い時間を隔てて脳中に再現する。二十世紀の人間は散文的である。ちょっと見てすぐ惚れるような男女を捕えて軽薄と云う、小説だと云う、そんな馬鹿があるものかと云う。馬鹿でも何でも事実は曲げる訳には行かぬ、逆さにする訳にもならん。不思議な現象に逢わぬ前ならとにかく、逢おうた後にも、そんな事があるものかと冷淡に看過するのは、看過するものの方が馬鹿だ。かように学問的に研究的に調べて見れば、ある程度までは二十世紀を満足せしむるに足るくらいの説明はつくのである。とここまでは調子づいて考えて来たが、ふと思いついて見ると少し困る事がある。この老人の話によると、この男は小野田の令嬢も知っている、浩さんの戦死した事も覚えている。するとこの両人は同藩の縁故でこの屋敷へ平生出入して互いに顔くらいは見合っているかも知れん。ことによると話をした事があるかも分らん。そうすると余の(10)ヒョウボウする趣味の遺伝と云う新説もその論拠が少々薄弱になる。これは両人がただ一度本郷の郵便局で出合った事にして置かんと不都合だ。浩さんは徳川家へ出入する話をついにした事がないから大丈夫だろう、ことに日記にああ書いてあるから間違いはないはずだ。しかし念のため不用心だから尋ねて置こうと心を定めた。・・・」
👍👍👍 🐑 👍👍👍
(1)蓮台 (2)卵塔婆(原文)(「卵塔場」で可。)) (3)形勝 (4)蕭条 (5)黄葉 (6)映帯(光や色彩がうつりあうこと。映発。) (7)倥偬 (8)醜虜 (9)未生 (10)標榜
(ア)たたず (イ)しか (ウ)な (エ)まい (オ)こうずか (カ)ことわざ (キ)しゅちん (ク)ぬす (ケ)たお (コ)こうふん
*形勝:①地勢や風景のすぐれていること。その土地。②要害の地。
*(参考)景勝:景色のすぐれていること。その土地。
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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>
<漢検1級 27-③に向けて その70>
●夏目漱石の「趣味の遺伝」から・・・。<その1><その2>の2題です。
●難度は並み以上・・・チャレンジャーは80%(24点)程度が目標・・・。リピーターは90%以上(^^;)
●文章題㉝:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「趣味の遺伝」(夏目漱石) その1
「・・・将軍のあとに続いてオリーヴ色の新式の軍服を着けた士官が二三人通る。これは出迎えと見えてその表情が将軍とはだいぶ違う。(1)キョは気を移すと云う孟子の語は小供の時分から聞いていたが戦争から帰った者と内地に暮らした人とはかほどに顔つきが変って見えるかと思うと一層感慨が深い。どうかもう(2)イッペン、将軍の顔が見たいものだと延び上ったが駄目だ。ただ場外に群がる数万の市民が有らん限りの(ア)鬨を作って停車場の硝子窓が破れるほどに響くのみである。余の左右前後の人々はようやくに列を乱して入口の方へなだれかかる。見たいのは余と同感と見える。余も黒い波に押されて一二間石段の方へ流れたが、それぎり先へは進めぬ。こんな時には余の性分としていつでも損をする。寄席がはねて木戸を出る時、待ち合せて電車に乗る時、人込みに切符を買う時、何でも多人数競争の折には大抵最後に取り残される、この場合にも先例に洩れず首尾よく人後に落ちた。しかも普通の落ち方ではない。遥かこなたの人後だから心細い。葬式の赤飯に手を出し損なった時なら何とも思わないが、帝国の運命を決する活動力の断片を見損うのは残念である。どうにかして見てやりたい。広場を包む万歳の声はこの時四方から(イ)大濤の岸に崩れるような勢いで余の(3)コマクに響き渡った。もうたまらない。どうしても見なければならん。・・・
・・・浩さん! 浩さんは去年の十一月旅順で戦死した。二十六日は風の強く吹く日であったそうだ。遼東の大野を吹きめぐって、黒い日を海に吹き落そうとする野分の中に、松樹山の突撃は予定のごとく行われた。時は午後一時である。(4)エンゴのために味方の打ち出した大砲が敵塁の左突角に中たって五丈ほどの砂煙を捲き上げたのを相図に、散兵壕から飛び出した兵士の数は幾百か知らぬ。蟻の穴を蹴返したごとくに散り散りに乱れて前面の傾斜を(5)ヨじ登る。見渡す山腹は敵の敷いた鉄条網で足を容るる余地もない。ところを梯子を担い(6)ドノウを背負って区々に通り抜ける。工兵の切り開いた二間に足らぬ路は、先を争う者のために奪われて、後より詰めかくる人の勢いに波を打つ。こちらから眺めるとただ一筋の黒い河が山を裂いて流れるように見える。その黒い中に敵の弾丸は容赦なく落ちかかって、すべてが消え失せたと思うくらい濃い煙が立ち揚がる。怒る野分は横さまに煙りを千切って遥かの空に攫って行く。あとには依然として黒い者が (ウ)簇然と(エ)蠢いている。この蠢いているもののうちに浩さんがいる。
・・・占めた。敵塁の右の端の突角の所が朧気に見え出した。中央の厚く築き上げた石壁も見え出した。しかし人影はない。はてな、もうあすこらに旗が動いているはずだが、どうしたのだろう。それでは壁の下の土手の中頃にいるに相違ない。煙は拭うがごとく一掃きに上から下まで(7)ゼンジに晴れ渡る。浩さんはどこにも見えない。これはいけない。(オ)田螺のように蠢いていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。五秒は十秒と変じ、十秒は二十、三十と重なっても誰一人の(8)ザンゴウから向うへ這い上がる者はない。ないはずである。ザンゴウに飛び込んだ者は向うへ渡すために飛び込んだのではない。死ぬために飛び込んだのである。彼らの足が(9)ゴウテイに着くや否や(カ)穹窖より覘(ねら)いを定めて打ち出す機関砲は、杖を引いて竹垣の側面を走らす時の音がして瞬く間に彼らを射殺した。殺されたものが這い上がれるはずがない。石を置いた沢庵のごとく積み重なって、人の眼に触れぬ坑内に横たわる者に、向うへ上がれと望むのは、望むものの無理である。横たわる者だって上がりたいだろう、上りたければこそ飛び込んだのである。いくら上がりたくても、手足が利かなくては上がれぬ。眼が暗んでは上がれぬ。胴に穴が開いては上がれぬ。血が通わなくなっても、脳味噌が潰れても、肩が飛んでも身体が棒のように(キ)鯱こ張っても上がる事は出来ん。二竜山から打出した砲煙が散じ尽した時に上がれぬばかりではない。寒い日が旅順の海に落ちて、寒い霜が旅順の山に降っても上がる事は出来ん。ステッセルが開城して二十の(10)ホウサイがことごとく日本の手に帰しても上る事は出来ん。日露の講和が成就して乃木将軍がめでたく凱旋しても上がる事は出来ん。百年三万六千日乾坤を(ク)提げて迎えに来ても上がる事はついにできぬ。これがこのザンゴウに飛び込んだものの運命である。しかしてまた浩さんの運命である。(ケ)蠢々として御玉杓子のごとく動いていたものは突然とこの底のない(コ)坑のうちに落ちて、浮世の表面から闇の裡に消えてしまった。旗を振ろうが振るまいが、人の目につこうがつくまいがこうなって見ると変りはない。浩さんがしきりに旗を振ったところはよかったが、壕の底では、ほかの兵士と同じように冷たくなって死んでいたそうだ。・・・」
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(1)居 (2)一遍 (3)鼓膜 (4)掩護(「援護」でもOKでしょう) (5)攀 (6)土嚢 (7)漸次 (8)塹壕 (9)壕底 (10)砲砦
(ア)とき (イ)おおなみ (ウ)そうぜん (エ)うごめ (オ)たにし (カ)きゅうこう (キ)しゃち (ク)ひっさ (ケ)しゅんしゅん (コ)あな
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●文章題㉞:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「趣味の遺伝」(夏目漱石) その2
「・・・しばらく化銀杏(ばけいちょう)の下に立って、上を見たり下を見たり(ア)佇んでいたが、ようやくの事、幹のもとを離れていよいよ墓地の中へ這入り込んだ。この寺は由緒のある寺だそうでところどころに大きな(1)レンダイの上に据えつけられた石塔が見える。右手の方に柵を控えたのには梅花院殿瘠鶴大居士とあるから大方、大名か旗本の墓だろう。中には至極簡略で尺たらずのもある。慈雲童子と楷書で彫ってある。小供だから小さい訳だ。このほか石塔も沢山ある、戒名も飽きるほど彫りつけてあるが、申し合わせたように古いのばかりである。近頃になって人間が死ななくなった訳でもあるまい、やはり従前のごとく相応の亡者は、年々御客様となって、あの剥げかかった額の下を潜るに違ない。しかし彼らがひとたび化銀杏の下を通り越すや否や急に古仏となってしまう。何も銀杏のせいと云う訳でもなかろうが、大方の檀家は寺僧の懇請で、余り広くない墓地の空所を狭めずに、先祖代々の墓の中に新仏を祭り込むからであろう。浩さんも祭り込まれた一人ひとりである。
・・・浩さんの墓は古いと云う点においてこの古い(2)ラントウバ内でだいぶ幅の利く方である。墓はいつ頃出来たものか(イ)確とは知らぬが、何でも浩さんの御父っさんが這入り、御爺さんも這入り、そのまた御爺さんも這入ったとあるからけっして新らしい墓とは申されない。古い代りには(3)ケイショウの地を占めている。隣り寺を境に一段高くなった土手の上に三坪ほどな平地があって石段を二つ踏んで行き当りの真中にあるのが、御爺さんも御父さんも浩さんも同居して眠っている河上家代々之墓である。極めて分りやすい。化銀杏を通り越して一筋道を北へ二十間歩けばよい。余は(ウ)馴れた所だから例のごとく例の路をたどって半分ほど来て、ふと何の気なしに眼をあげて自分の(エ)詣るべき墓の方を見た。
・・・百花の王をもって許す牡丹さえ崩れるときは、富貴の色もただ(オ)好事家の憐れを買うに足らぬほど脆いものだ。美人薄命と云う(カ)諺もあるくらいだからこの女の寿命も容易に保険はつけられない。しかし妙齢の娘は概して活気に充ちている。前途の希望に照らされて、見るからに陽気な心持ちのするものだ。のみならず友染とか、(キ)繻珍とか、ぱっとした色気のものに包まっているから、横から見ても縦から見ても派出である立派である、春景色である。その一人が――最も美くしきその一人が寂光院の墓場の中に立った。浮かない、古臭い、沈静な四顧の景物の中に立った。するとその愛らしき眼、そのはなやかな袖が忽然と本来の面目を変じて(4)ショウジョウたる周囲に流れ込んで、境内寂寞の感を一層深からしめた。天下に墓ほど落ついたものはない。しかしこの女が墓の前に延び上がった時は墓よりも落ちついていた。銀杏の(5)コウヨウは淋しい。まして化けるとあるからなお淋しい。しかしこの女が化銀杏の下に横顔を向けて佇んだときは、銀杏の精が幹から抜け出したと思われるくらい淋しかった。上野の音楽会でなければ釣り合わぬ服装をして、帝国ホテルの夜会にでも招待されそうなこの女が、なぜかくのごとく四辺の光景と(6)エイタイして索寞の観を添えるのか。これも諷語だからだ。マクベスの門番が怖しければ寂光院のこの女も淋しくなくてはならん
・・・とりあえず、書斎に立て籠こもって懐中から例の手帳を出したが、何分夕景ではっきりせん。実は途上でもあちこちと拾い読みに読んで来たのだが、鉛筆でなぐりがきに書いたものだから明るい所でも容易に分らない。ランプを点ける。下女が御飯はと云って来たから、めしは後で食うと追い返す。さて一頁から順々に見て行くと皆陣中の出来事のみである。しかも(7)コウソウの際に分陰を(ク)偸んで記しつけたものと見えて大概の事は一句二句で弁じている。「風、坑道内にて食事。握り飯二個。泥まぶれ」と云うのがある。「夜来風邪の気味、発熱。診察を受けず、例のごとく勤務」と云うのがある。「テント外の歩哨散弾に中たる。テントに(ケ)仆れかかる。血痕を印す」「五時大突撃。中隊全滅、不成功に終る。残念!!!残念の下に!が三本引いてある。無論記憶を助けるための手控えであるから、毫も文章らしいところはない。字句を修飾したり、彫琢したりした痕跡は薬にしたくも見当らぬ。しかしそれが非常に面白い。ただありのままをありのままに写しているところが大いに気に入った。ことに俗人の使用する壮士的(コ)口吻がないのが嬉しい。怒気天を衝くだの、暴慢なる露人だの、(8)シュウリョの胆を寒からしむだの、すべてえらそうで安っぽい辞句はどこにも使ってない。文体ははなはだ気に入った、さすがに浩さんだと感心したが、肝心の寂光院事件はまだ出て来ない。だんだん読んで行くうちに四行ばかり書いて上から棒を引いて消した所が出て来た。こんな所が怪しいものだ。・・・
・・・占めた占めたこれだけ聞けば充分だ。一から十まで余が鑑定の通りだ。こんな愉快な事はない。寂光院はこの小野田の令嬢に違いない。自分ながらかくまで機敏な才子とは今まで思わなかった。余が平生主張する趣味の遺伝と云う理論を証拠立てるに完全な例が出て来た。ロメオがジュリエットを一目見る、そうしてこの女に相違ないと先祖の経験を数十年の後に認識する。エレーンがランスロットに始めて逢う、この男だぞと思い詰める、やはり父母(9)ミショウ以前に受けた記憶と情緒が、長い時間を隔てて脳中に再現する。二十世紀の人間は散文的である。ちょっと見てすぐ惚れるような男女を捕えて軽薄と云う、小説だと云う、そんな馬鹿があるものかと云う。馬鹿でも何でも事実は曲げる訳には行かぬ、逆さにする訳にもならん。不思議な現象に逢わぬ前ならとにかく、逢おうた後にも、そんな事があるものかと冷淡に看過するのは、看過するものの方が馬鹿だ。かように学問的に研究的に調べて見れば、ある程度までは二十世紀を満足せしむるに足るくらいの説明はつくのである。とここまでは調子づいて考えて来たが、ふと思いついて見ると少し困る事がある。この老人の話によると、この男は小野田の令嬢も知っている、浩さんの戦死した事も覚えている。するとこの両人は同藩の縁故でこの屋敷へ平生出入して互いに顔くらいは見合っているかも知れん。ことによると話をした事があるかも分らん。そうすると余の(10)ヒョウボウする趣味の遺伝と云う新説もその論拠が少々薄弱になる。これは両人がただ一度本郷の郵便局で出合った事にして置かんと不都合だ。浩さんは徳川家へ出入する話をついにした事がないから大丈夫だろう、ことに日記にああ書いてあるから間違いはないはずだ。しかし念のため不用心だから尋ねて置こうと心を定めた。・・・」
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(1)蓮台 (2)卵塔婆(原文)(「卵塔場」で可。)) (3)形勝 (4)蕭条 (5)黄葉 (6)映帯(光や色彩がうつりあうこと。映発。) (7)倥偬 (8)醜虜 (9)未生 (10)標榜
(ア)たたず (イ)しか (ウ)な (エ)まい (オ)こうずか (カ)ことわざ (キ)しゅちん (ク)ぬす (ケ)たお (コ)こうふん
*形勝:①地勢や風景のすぐれていること。その土地。②要害の地。
*(参考)景勝:景色のすぐれていること。その土地。
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