【36章】(前の章は376年、この章は370年)
幸いなことに、外国との戦争は一度しかなかった。平和な時代に自由になりすぎたヴェリトラエの植民者が、ローマ軍の不在をいいことに、様々な機会にローマ領に侵入した。その後彼らはトゥスクルムを攻撃し始めた。トゥスクルムはローマの古い同盟国であり、現在はローマの市民権を得ており、当然彼らはローマに助けを求めた。トゥスクルムの窮状は元老院だけでなく平民の同情を誘い、トゥスクルムを助けないのはローマの恥だと人々は考えた。護民官はついに折れ、執政副司令官の選挙を承認した。暫定最高官が任命され、占拠を管理することになった。そして以下の6人が執政副司令官に選ばれた。l・フリウス、A・マンリウス、Ser・スルピキウス、Ser・コルネリウス、P・ヴァレリウス、C・ヴァレリウス。
執政副司令官たちは選挙の時は気づかなかったが、徴兵を始めると、平民が反抗的なのに気づいた。苦労の末、執政副司令官はなんとか軍隊を編成できた。ローマ軍はトゥスクルムに向かい、城壁の前の敵を引きはがすと、敵は城内に逃げ込んだ。その後ローマ軍は植民者の本拠地であるヴェリトラエを攻撃することにしたが、ヴェリトラエの攻略はさらに大変だった。ヴェリトラエを包囲したが、ローマ軍の司令官はこの町を攻め落とすことができなかった。そこで司令官を一新することになり、新しく6人の執政副司令官が選ばれた。Q・セルヴィリウス、C・ヴェトゥリウス、A・コルネリウス、M・コルネリウス、Q・クインクティウス、M・ファビウス。
司令官が代わっても、ヴェリトラエの状況は少しもよくならなかった。一方国内が危機的な状態になった。リキニウスとセクスティウスは8回連続して護民官に選ばれた。リキニウス・ソルトの義父であるファビウス・アンブストゥスが二人を支持していた。ファビウス・アンブストゥスは前面に出て、自分が始めた一連の処置の正当性を主張することにした。最初は、護民官団の中の8人が彼の提案に反対していたが、現在反対する者が5人に減った。反対を続ける5人は自分の階級を裏切った人間がそうであるように、追い詰められてどぎまぎし、貴族にひそかに教え込まれた理屈を並べて自分の立場を弁護するのだった。5人は次のように主張した。「多くの平民がヴェリトラエの戦場に行っているので、兵士たちが戻るまで、市民集会を延期すべきだ。平民の利益に関係する事柄は全員出席のもとで採決すべきだ」。
長年平民を扱ってきて、平民の扱いに熟練しているセクスティウスとリキニウスは味方の同僚たちと共に、執政副司令官であるファビウス・アンブストゥスの協力を得て、貴族の指導者たちを呼び出し、彼らの庶民に対するやり方について、一つ一つ質問した。「あなた方は、平民には2ユゲラの土地しか与えないないくせに、自分たちは500ユゲラ以上の土地を要求している。図々しいとは思わないのか。実際、一人の貴族が平民300人分の土地を所有できる。それに対して、平民の土地は雨をしのぐ屋根の広さほどしかない。墓の場所を確保するのも難しい。借金で平民が押しつぶされるのは、あなた方の喜びなのか。彼らが奴隷っとなって足かせをはめられ、罰を受けるのが、楽しいのか。平民が元金の2倍を完済して自由になるのは、面白くないのか。大勢の平民が債権者の所有物となり、広場から連れ出されるのが、面白いか。貴族の家が囚人であふれるのが、愉快か。どこの貴族の家にも私的な牢屋があるのがよいのか」。
【37章】
貴族の非道なやり方について、彼らは人々の面前で告発した。この問題は聴衆にとって切実な問題だったので、告発者の想像以上に聴衆は貴族に対して怒った。セクスティウスとリキニウスは告発を続けた。
「結局、貴族による国有地の接収と高利貸しによる平民の殺害には限度がない。これをやめさせ,平民の自由を守るには平民出身の執政官を選ぶしかない。貴族の使い走りをする護民官がいて、拒否権を行使するので、護民官の制度が破壊されてしまった。護民官は今や軽蔑の対象となった。行政権が貴族の手にある限り、公平で正しい統治は期待できない。なぜなら護民官は拒否権を行使することによって自らを否定してしまったからだ。行政権が平民に開放されない限り、平民にはは発言権がない。執政官の選挙に参加できるだけでは無力だ。少なくとも執政官の一人が平民から選ばれるようにしない限り、平民の執政官は誕生しない。そもそも執政官が最高官だったのに、最高官を執政副司令官に変えたのは何のためだろう。貴族は忘れているようだが、それは平民も最高官になれるようにするためだった。それなのに、44年間一人の平民も執政副司令官に選ばれなかった。貴族はどのように考えたのだろう。最高官の地位に慣れた貴族8人が執政副司令官に就任すれば、2人の平民をを執政副司令官にしてもよいと考えたようだ。しかし10人の最高官は多すぎるとわかり、貴族だけの6人にしたのだろう。こうして長い間平民を執政副司令官に就任させなかったので、今後は平民が執政官なるのを認めようと考えるようになったのだろうか。貴族がどう考えたかはともかく、平民は貴族の恩恵によっては得られない地位を法律によって手に入れなければならない。議論の余地なく、執政官の一人は平民がなるように決めなければならない。執政官の一人を平民と限定せず、自由競争にするなら、必ず強い階級の者が執政官に選ばれてしまうだろう。昔は貴族が平民の挑戦を受けて苛立ったものだが、今では最高官にふさわしい平民は絶滅したので、貴族はいらだつことがなくなった。P・リキニウス・カルブスが平民として初めて執政副司令官になって以後、貴族の政府は魂を失ったようようになり、貴族が執政官を独占していた時代の活力がなくなったのだろうか。いやそんなことはない。最高官の職を終えてから弾劾された貴族が数人いる。執政副司令官になった平民が少ないとしても、弾劾された平民は一人もいない。執政副司令官の地位と同じようにクァエストルも数年前から平民が選ばれるようになった。
(日本訳注:⓵ 「 P・リキニウス・カルブスが平民として初めて執政副司令官になったのは、紀元前400年。② クァエストルは執政官の下僚で、財務と裁判とを担当した。)
執政副司令官やクァエストルになった平民に対して、市民が不満を述べたことは一度もない。平民に残された最後の課題は平民の執政官を誕生させることである。これは平民の自由を保障する最も確かな手段である。もし平民がこれを実現したら、君主制がローマから完全に消えたとわかるだろう。その時こそ平民の自由が揺ぎ無く確立されるのである。これまで貴族が独占してきた優越性、すなわち政治力、権威、軍事的栄光、貴族的な性格が、平民のものになるのである。平民は偉大さを享受し、その偉大さをを子孫に残すのである」。
自分たちの演説が承認されたのを見て、セクスティウスとリキニウスは新しい提案をした。これまで二人の神官が「聖なる書物」を管理してきたが、これに代わり、10人で構成される神官団の創設を提案をしたのである。10人の神官団の半分を貴族から選び、残りの半分を平民から選ぶのである。執政官の一人を平民から選ぶこと、そして「聖なる書物」を管理する神官を10人に増やし、5人を平民から選ぶことを決めるは、ヴェリトラエを包囲しているローマ軍が帰還してからになった。
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