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6巻40ー41章

2024-10-30 16:44:25 | 世界史

【40章】
護民官の決然とした発言に、貴族はぼう然とし、怒りのため言葉を失った。10人委員の孫のアッピウス・クラウデイウスはセクスティウスとリキニウスを抑え込む見込みもなく、怒りと憎しみに駆られ、次のように述べたと言われている。「市民のみなさん、かつて私の家族は革命好きな護民官にさんざん非難されたものです。現在の護民官が話すことは私にとって新しいものではなく、少しも驚きません。そもそも国家にとって、貴族の名誉と権威以上に重要なものはない、と私は考えています。我々貴族はいつも平民から敵と見られています。お互いの利益が対立しているからです。高利貸しの利子が暴利を得ていること、また一部の貴族が国有地を大々的に占有しているという批判を、私は受け入れます。我々貴族が元老院に迎えられて以来、指導的な貴族の権威が増強され、権威が傷つけられないよう努めてきたのは事実です。皆さんは私の家族もそのような家族であると見ているかもしれません。平民の要求というよりは、護民官の要求である、執政官の一人を平民とする法案について、私の考えを述べるなら、私自身も私の家族も、公職に就いていた時、意識的に平民の不利益になることをやったことはありません。国家のためにやったことがすべて平民にとって有害だとと考えるのは、現実を無視した妄想です。ローマのために為されたことが他国の市民にとって有害な場合は珍しくないが、ローマの市民全員にとって有益だったことははありません。貴族の最高官の行為や言葉が平民の要望に反する場合があるかもしれませんが、平民の利益を害する目的で為されたり、言われたりしたことは一度もありません。仮に私がクラウディウス家の人間ではなく、貴族でさえなく、普通の市民だったとしても、自分が自由市民の息子であり、自由な国家に生きていると自覚しているなら、現在の状況に黙っていられません。 L・セクスティウスと C・リキニウスは終生の護民官となり、9年間市民に自由な投票をさせないできた挙句、信じられないほど厚かましく振る舞うようになりました。セクスティウスとリキニウスは市民から自由な投票と法律制定の権利を奪っているのです」。
クラウデイウスは話を続けた。
「二人は次のように言います。『我々を10回めの護民官に任命したいなら、条件がある。条件とは、法案を一括して採決することだ」。
セクスティウスとリキニウスは市民の要望を鼻から軽蔑し、高額の割増金を払わなければ、彼らの要望の実現に骨を折るつもりがない、というのです。セクスティウス様とリキニウス様に護民官になってただくための割増金とは、複数の法案を一括して採決することです。複数の法案の中には市民にとって不要で、市民は賛成するつもりがない法案があるのに、それが実現できないなら、市民に必要な法案を実現するつもりがないというのです」。
ここでクラウデイウスはセクスティウスに問いかけた。「タルクイニウス王さながらの護民官にお願いするが、私がこれから言うことをよく聞いてほしい。私が集会の参加者の一人として、こう叫んだとします。『これらの法案の中から我々に有益なものを選ばせてください。有益でない法案を拒否させていただきます』。するとあなたはこう答えます。
『いや、駄目だ。それはできない。それを認めれば、諸君は高利貸しを禁止する法案と国有地を分配する法案だけに賛成し、 L・セクスティウスと C・リキニウスが執政官になるという偉大な事業を拒否するだろう。諸君はこの偉大な計画を敬遠し、嫌っているからだ。3つの法案をまとめて受け入れないなら、私はどの法案も提出しない』。君たちがやろうとしていることは、飢えで苦しむ人に毒の入った食べ物を与えるようなものだ。身体に必要な栄養が欲しいなら、一緒に毒を飲め、というわけだ。もしローマが自由な国であるなら、何百人もの市民が叫ぶだろう。『くたばれ護民官!護民官のための法案など無用だ!』。
そうだ、貴族だって護民官ほどひどいことを言わない。平民のための改革を妨害したい貴族だって、これほどひどいことは言わない。みんなに嫌われているこの私、クラウディウスだってこんなことは言わない」。
クラウディウスは再び市民に向って言った。「市民のみなさん、いつまで護民官の横暴を許すつもりですか。暴君のような二人に執着せずに、別の方法で自分たちが望む法律を実現すべきです。長年聞き慣れた護民官の言葉に盲従するのをやめ、我々貴族の言うことに耳を傾けてみてはどうですか。セクスティウスの言動は自由な国家の市民にふさわしくありません。皆さんがセクスティウスの野望のための法案を拒絶するので、彼は本当に怒っているのです。彼にとって大切な法案の目的は何でしょう。それは、執政官を自由に選べなくすることです。彼の法案が実現すれば、執政官の一人は必ず平民から選ばなければならなり、執政官が二人とも貴族のほうが良い場合、困るのです。かつてエトルリアの王ポルセンナがヤニクルムの丘に陣を敷いた時、ローマは大変な脅威を感じましたが、再びエトルリアが兵を動かしたら、どうなるでしょう。最近ではガリア人の大軍が押し寄せてきて、カピトルの丘と砦を除き、ローマの大部分が占領されました。再び同じような脅威がローマに迫った時、執政官の一人は F・フリウス・カミルスがなるとして、もう一人の執政官になるのが L・セクスティウスではまずいではありませんか。セクスティウスが確実に執政官になるような制度は実に危険です。またカミルスのように偉大な人物でさえ執政官に選ばれないかもしれません。名誉を平等に分け合うと、このような問題が発生するのです。執政官が二人とも平民がなることはあっても、二人の貴族が執政官になれないのなら、国家が揺らぎます。貴族が執政官になれないないなら、恐ろしい結果になるでしょう。身分の平等は国家を破壊します。ひょっとすると、セクスティウスはこれまで経験していない国家の重責に就任することで満足せず、執政官が二人とも平民になることを求めているかもしれません。彼はこう言っています。『執政官の選挙を自由投票ににするなら、市民は平民を選ばないだろう』。彼が言いたいことは『自由な投票では、市民は執政官にふさわしくない人物に投票しない。だから私は市民の遺志に反する選挙を強制する必要がある』。このように特殊な選挙で執政官に選ばれた平民は、市民に感謝する必要がなく、法律に感謝するだろう」。
【41章】
クラウディウスは話を続けた。
「セクスティウスとリキニウスは名誉を求めているというより、強要しているのである。彼らは最大の恩恵を受けても、少しも感謝しないだろう。ささやかな恩恵であっても、人は普通感謝するものである。彼らは自分たちの資質によって名誉ある地位を得ようとせず、偶然によって得ようとしている。自尊心が強すぎて、自分の能力と要求を検査されたり、調べたりするのを嫌う人は多い。そういう人は競争者たちの中で自分だけが名誉ある地位にふさわしいと考える。そして選ばれて当然と考えるのである。その結果、彼は評価を人々に委ねようとせず、自由な選挙を強制的で奴隷的な選挙に変えてしまうのである。リキニウスとセクスティウスは何年も連続して護民官に選ばれ、まるでカピトルの丘の国王のようになってしまった。強制的な手段のおかげで二人は好条件を与えられ、執政官になるのが容易になるだろう。った。しかし我々貴族にとっては条件が悪くなり、我々と我々の子孫にとって、執政官への道が狭くなるだろう。皆さんが貴族の誰かを執政官に選びたいと思っても、それは許されない。みなさんは、望むと望まないとに関係なく、セクスティウスやリキニウスのような人を選ばなければならない。平民も威厳を持てるようになりたい、とセクスティウスは繰り返し語った。しかし彼は地上の人間にしか関心がなく、神々には興味がない。彼は宗教的な勤めや前兆をなおざりにしている。神々に関することを軽蔑し、冒涜している。神々がローマの建設を望み、前兆が現れたので、我々の祖先はこの場所に町を建設したのだ。だから、戦時においては戦場で、平和な時には首都において、重要な決定は前兆に従わなければならない。建国以来、神々の意向を伺ってきたのは誰か。それは貴族である。平民には前兆は現れないので、神官に任命された平民はいない。神々の意向を知ることができるのは貴族だけである。人々が貴族を最高官に選ぶ時も、前兆に従わななければならない。またを最高官が死亡したり、突然辞任した場合、我々貴族は市民に相談することなく暫定最高官を選んでいるが、良い前兆が現れなければ、選びなおさなければならない。役職についていない貴族に対しても、神々は前兆を与えるが、平民は最高官になったとしも、前兆を得られない。もしセクスティウスとリキニウスの改革が実現し、平民が執政官に就任したら、神々はローマに前兆と庇護を与えないだろう。最近宗教心のない輩を見かけるようになった。神々を畏怖している貴族を見て、平気であざける人がいる。『神聖な若鶏が餌を食べないことが、それほど重大事か。鶏小屋から出てこないことが大問題か。鳴き声がいつもと違うことが、そんなに不吉か』。
確かにそれらは些細のことかもしれない。しかし我々の祖先はそうした小さな変化に注意を払うことにより偉大な国家を作り上げてきたのだ。ところが最近、神々と良好な関係を保つ必要がないかのように、宗教的な儀式をおろそかにしている。大神官、前兆を判断する神官、そして神々に捧げ物をする神官に誰がなってもよいだろうか。主神ユピテルに仕える神官の帽子を誰がかぶってもよいだろうか。神聖な盾や神殿を守り、神事を執り行う聖務を不信心な者に任せてよいだろうか。宗教に関する法律は制定されなうなるだろう。神官や最高官は前兆がないまま任命されるだろう。元老院は百人隊の集会や部族集会の開催を承認する権限を失い、セクスティウスとリキニウスは新しいロムルスやタティウスとしてローマの支配者になるだろう。
   (日本訳注;タティウスはロムルスの共同王。ローマとサビーニ人の戦争の最中に、ローマ人の妻となっていたサビーニの女性たちが割って入り、戦争は中止された。サビーニの指導者ティトゥス・タティウスがロムルスと共同の王となった。)
セクスティウスとリキニウスは貴族のお金と土地を市民に配ることで、人々から絶大な信頼を獲得した。しかし二人は貴族にとっては略奪者なのだ。国有地の占有者を追い出せば、広大な土地が荒廃することを、二人は予見できない。また貸金業を廃止するなら信用取引が消滅し、都市の経済が成り立たないことを二人は考えない。多くの理由でセクスティウスとリキニウスの法案は拒否されなければならない。神々が皆さんを正しい決断に導くよう祈ります」。


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