古川愛哲著「原爆投下は予告されていた」という本を紹介します。タイトルの内容は本の後半で語られ、前半では、一般にこれまでの戦史からは消えていたいくつかの事実が語られています。
第一章は次のような文で始まります。
「戦争の歴史には、記録されない事実が膨大にあり、その抹消(まっしょう)された記録を掘り起し、事実を浮き彫りにするには、その時代の精神風土や歴史記述の中を貫く思想について知っておく必要がある。」
ここで言われている[その時代の精神風土]ということについて,私なりに補足説明すると、戦後生まれた人間が、戦前の「軍隊の精神風土」を理解するすることは、そもそも難しい。
例えば、私の父が日本の軍隊で経験したことをよく言っていました。「軍隊では、『靴の大きさが自分の足に合わなかったら、足を靴の大きさにあわせろ』と言われる」
子供の私は戦前の話には興味がなかったので、実際にどれぐらい小さ過ぎる、または大きすぎる靴を渡されたのか、聞かないでしまいました。
靴の大小ぐらいと思う人がいるかもしれませんが、小さすぎる靴を実際に履いたら、これは大変、靴ずれができて、歩くたびにヒリヒリする。大きすぎるのは、ある程度なら、慣れれば何とかなるが、あまりに大きすぎるのは、もはや靴ではなく、たちの悪いスリッパです。
足の大きさに合わない靴というのも、決して馬鹿にできないことですが、軍は必要に迫られて、空恐ろしいことを兵に要求しました。
「原爆投下は予告されていた」というこの本の中で、そのような例がいくつか語られていますが、その一つを引用します。それはビルマ戦線の話で、弓兵団がビルマから撤退する時のことです。
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ビルマ戦線に飛行機でやってきた辻 政信作戦参謀は、兵站病院に対して「勅命」と称して、とんでもない命令を出した。
それは「払暁(ふつぎょう)までに病院および傷病者を始末し、撤退を命ず!」というものだった。
川島博士の話によれば、「ビルマの兵站病院は、大きな幕舎二つに、300名の患者を収容していたのですが、撤退に際して、建物だけでなく患者も処分された。
方法はね、大きな穴を掘って、300名の患者を幕舎とともに生き埋めにしたんです。生きながら穴に放り込まれて、土をかぶせられる傷病兵の悲鳴が上がり、それを見て号泣する日赤看護婦の声で、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図だったそうです。」
この事実は弓兵団の戦史や戦記にも、日赤看護婦の回想にも出てこない。大穴を掘った兵を含めて全員が口をつぐんでしまったのであろう。
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