息子・孫たちと共にサーカスを見に行った。ハッピードリームサーカスの浜松公演。迂闊にも3月の後半から公演が始まっていたとは知らなかった。今月29日で終了する。
実は老生は大のサーカス好き。子どもの頃から、サーカスの興行があるとよく見に行った。サーカスと聞くと、その頃の、怯えと憧れの感情が沸き起こる。
サーカスには、華麗でダイナミックなパフォーマンスと自由、そしてスリルとサスペンス、一抹のペーソスとロマンが綯交ぜにになっていた。
父親になってからも、自分が観たくて子どもたちを連れ、よくサーカスを観に行った。
木下大サーカスの公演を観ることが最も多かったと記憶しているが、キグレサーカスも観たことがあった。旧ソ連時代のボリショイサーカスなどは、親にせがんで名古屋まで観覧に連れて行ってもらった。初めて見たときは甚く感動した。
動物の出演が多いのが子どもには何よりの魅力だった。ヒグマとかトラも出演していた。コサックの騎乗演技に人気があって、見慣れた空中ブランコよりも新鮮な迫力があった。
浜松でボリショイサーカスが公演されるようになったのは、ずっと後の、私が親になってからのことだった。
スリルとサスペンスと笑いは、子どもから大人まで、一貫して人を惹きつけて已まないエンターテインメントの3本柱。老人になった今も、サーカスの演技を観ると、アドレナリンの放出を実感する。
日本のサーカスは、戦前はサーカス団と呼ばれ、団を組んで、各地の祭礼地を巡り興行していました。団員には夫婦者も居れば、家族持ちも居て、子どもたちも含め旅から旅へ、渡り鳥のような生活であったところが、定住者の一般観客的に哀切感を催させるところがありました。
江戸時代の角兵衛獅子への連想からか、
私の子どもの頃は、親たちがヤンチャな子どもたちに「言うことを聴かないと、サーカス団に売り飛ばす」と脅す弊風が遺っていました。
夢とスリルと楽しさと、チョッピリ怖さのある小世界でした。今日では、総合的エンタテイメントの牙城に進化しています。
ご投稿を拝読しながら、お勉強させていただいております。
素敵なご投稿をありがとうございます。