道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

On the hill of Manchuria

2019年10月20日 | 音楽

元ベンチャーズの3代目リードギタリストが亡くなった。ジェリー・マギー氏81歳。2代目ギタリストのノーキー・エドワーズ氏も昨年82歳で亡くなっている。

一世を風靡したザベンチャーズは、2015年に事実上解散しているが、メンバー個人の日本ツアーは続いていた。

1960年代、日本にエレキギターブームを巻き起こしたザベンチャーズの2人のギタリストの演奏には、日本のギター好きの若者が数多く目と耳を凝らした。かく言う私もそのひとり。

ベンチャーズの演奏曲の定番として知られたManturian Beat〈さすらいのギター〉の原曲は〈On the Hill of Manturia〉
(満州の丘に立ちて)1906年という英語名の曲。
日露戦争の翌年に、帝政ロシア軍の軍楽隊長が作曲したワルツだった。

満州(Manturia)は大興安嶺山脈の東

これを1950年代末期にフィンランドのギターインストゥルメンタルバンドThe SoundsがロックにアレンジしてB面リリースした。

 

日本でザベンチャーズがもてはやされるかなり前に、ヨーロッパはエレキサウンドの洗礼を受けていた。特に北欧での反応が高かった。彼ら民族の音楽性と情緒に適っていたに違いない。
前記The Sounds(ザサウンズ)のほかに、
The Sputonics(ザスブートニクス)
The Esquires (ジエスカイアズ)
The Mustangs(ザムスタングス)
The Agents(ジ・エージェンツ)The Avengers(ジアベンジャーズ)など、ギターインストゥルメンタルバンドを輩出し、独特の哀愁漂うサウンドを競っていた。無名のバンドを含めれば、日本を凌ぐ雨後の筍のような状態であったのだろう。それだけに、各バンドの演奏の水準は高かった。

ザベンチャーズのギタリストがカントリー&ウエスタン系であったことは、デビュー以来の彼らがアメリカでヒットを飛ばす要因だったと思われるが、前記北欧系のバンドのサウンドは、それらとは画然と違っていた。高音部で弾く繊細なフレーズに、クラッシック音楽の素養の深さを感じさせるものがあった。それはイギリスのザ・シャドウズの演奏が、ザベンチャーズのそれよりもずっと北欧の彼らに近いと感じさせるものに通ずる。

勿論私も当初はベンチャーズサウンドに熱中したが、彼らの曲のコピーだけに埋没できなかった。幸か不幸か私の演奏能力は低く、遅々として上達しなかったからだ。

天邪鬼の私は、ザベンチャーズに靡くその後の日本の音楽シーンには同調できなかったが、北欧サウンズには惹かれ続けた。彼らが私の好むロシアの楽曲を数多くアレンジしていたことも、傾倒した要因の1つだろう。日本での北欧ギターサウンドは、ザスプートニクスの来日ライブがあった程度で、メジャーにはならなかった。日本では、アメリカンポップスへの親和性の方が高かったのだろう。

有り難いことにユーチューブには、北欧サウンドのギターイントゥルメンタル曲が沢山アップされている。長生き?はするものだ。若い頃に、聴き損なった北欧ギターサウンズを、心ゆくまで満喫できるのだから、、、


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