司馬遼太郎はその著「ロシアについて」のなかで、散文が具えるべき条件のひとつとして「自他の観察」を挙げている。「自他の観察」とは、自分と他者を洞察する能力の謂であろう。
自分を知らない者に、他人を理解できるはずもない。人は先ず、他人を観察する前に、自分自身を観察しなければならない。内省こそ優先されて然るべきものである。
「40歳を過ぎたら、人は自分の顔に責任をもたねばならない」とリンカーンは言ったそうだ。自分の顔には心の裡が余す所なく表れる。外面は必ずその人の心を隈なく映し出しているに違いない。
「40歳を過ぎたら、人は自分の顔に責任をもたねばならない」とリンカーンは言ったそうだ。自分の顔には心の裡が余す所なく表れる。外面は必ずその人の心を隈なく映し出しているに違いない。
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