訪問日:2007年6月27日
ボルチモアは、デジタルカメラを持ってから初めての海外出張の場所である。ここでは、時間の合間にボルチモア美術館とウォルターズ美術館に出かけた。前者は以下のところに記載しているが後者については、SNS等で一度も記載していないので、今回書くことにした。
https://blog.goo.ne.jp/tenchan-ganbare/d/20170806
この美術館は、ウォーターフロントの私のホテルから犯罪多発で悪名高いダウンタウンを隔てて存在していた。距離的には歩いて20分程度。ウームと考えて少し迂回して安全そうな道を経由して歩いていくことにした。途中ほとんどゴーストタウンのような所を通った。
この町は1950年代にはほぼ100万都市になったが、その後産業の衰退によってその頃60万人の都市になった。その際ダウンタウンなど街の真ん中から人が流出した。その後人口を維持する努力がなされたが、街の周辺、およびウォーターフロントの再開発に人が集まるだけで、中心部は空っぽの状態のままになっていた。人口はあの時とそれほど変わっていないから、その状況は変わっていないのではないか。
ともかくは米国屈指の犯罪都市という評判に納得し、かなりビビりながら歩くと、ちょうどダウンタウンから外れた所に立派なウォルターズ美術館があった。
この美術館は、ボルチモア市内のウォルターズ家の2代の当主が集めたコレクションと、コレクションを展示する美術館がボルチモア市に寄贈されたことに由来する。寄贈は1934年だそうだから、多分その前の50年くらいで集めたものと思う。
最初に集めだしたウィリアムT.ウォルターズは、百科事典博物館を作ろうとして西洋から東洋、古代から近代の美術品を集めた。寄付段階では作品が22000点であったものが、ウォルターズの思想を引き継いで、36000点になっているとのこと。
当時のメモと写真からの概要を以下に示す。
・確かに百科事典博物館を目指したといわれるように、古代文明から近代までの1900年前後で認識された文化の作品が並んでいる。 美術館全体で歴史のパノラマを見るようだった。それとともに大人のおもちゃ箱に入ったかのような感じがした。
その頃あまり認識されていなかったアフリカ、オセアニアの文化の展示は印象がない。
・エジプト、ギリシャ等の古代の展示から、東京国立博物館のものよりも充実していると思った。たぶん一家族だけれども日本の国よりもお金をかけて収集したのだと思われる。
・ヨーロッパ絵画や東洋の絵画もあったが、置物、陶磁器や装飾品といったものが多く、宝物館といった感じだった。
・中世ヨーロッパのキリスト教関連のものや、騎士の武具といったものがあり、ヨーロッパの歴史への憧れが強くあるなと思った。
・建物の内部は、大金持ちの蒐集者が自分の気に入るように作っただけあって、なかなか豪華である。下記はらせん階段の天井。
以下に私の印象に残っている作品群、作品を示す。
1.庭園装飾品の展示
確か建物の内部にパティオがあって、周辺にヨーロッパの宮殿等、また古代の庭園装飾品がいくつか設置されていた。例を下記に示す。昔の余裕のある生活をイメージしていたのかもしれない。
下記写真はその例である。
2.キリスト教関係の展示
キリスト教教会に設置されている像や装飾品が充実していた。いろんな時代、いろんな宗派のものが揃っていた。東欧系のものが多いと思った。 キラキラしている持ち運び可能なものが多かった。下記に4例を示す。
3.騎士道における武具の展示
ヨーロッパの武具の展示が多かった。こんな感じで、ヨーロッパの宮殿でも展示いていたなと思った。
4.日本関連の展示
浮世絵や陶磁器などかなり充実していた。その中で私が興味を持ったのは、根付や印籠、それに刀のつばや小柄といった細工物のコレクションを作っていたこと。ずらっと細工物が並んでいるのを見た時は、外国人はこういった所に目が届くのかと恐れ入った。
たくさんの印籠がぶら下がっていたが、いい写真がなかった。ちゃんと撮れていたのは下記のたばこ入れの写真。
5.陶磁器への拘り
東洋、西洋、イスラム系の素晴らしい陶磁器の展示が多かった。ヨーロッパで宮殿に陶磁器の部屋があったが、それを意識しているようだった。
このウォルター美術館は、短期間で非常にたくさんの価値あるものを集めていて、アメリカの富豪はすごいと思った。
これを書くにあたって、およそ1880~1930年という蒐集の時期を考えてみると、世界の人々にとっては不幸だが新世界のアメリカで蒐集をしようとしていた人にとっては幸運な下記のような状況があった。
ヨーロッパ
・第一次世界大戦 1914-1918
・ロシア革命 1917
アジア
・日清戦争(1894-1895)とその後の清の崩壊
・インド 独立運動 1905
イスラム
・第一次大戦敗北からのオスマントルコ瓦解(1923)
こういった社会大混乱の時に、美術品は動く。特に難民は動かせる価値があるものを持って動く。その中にはアメリカへと動く人もいるし、戦後の収束時にその土地へ行って買いあさることもできる。
そんな形でこの膨大な作品は、集められたのではないかと思う。
今回調べると、この美術館は蒐集品のかなりのものをインターネットで公開している。ご興味のある方は参照してください。
https://art.thewalters.org/
ボルチモアは、デジタルカメラを持ってから初めての海外出張の場所である。ここでは、時間の合間にボルチモア美術館とウォルターズ美術館に出かけた。前者は以下のところに記載しているが後者については、SNS等で一度も記載していないので、今回書くことにした。
https://blog.goo.ne.jp/tenchan-ganbare/d/20170806
この美術館は、ウォーターフロントの私のホテルから犯罪多発で悪名高いダウンタウンを隔てて存在していた。距離的には歩いて20分程度。ウームと考えて少し迂回して安全そうな道を経由して歩いていくことにした。途中ほとんどゴーストタウンのような所を通った。
この町は1950年代にはほぼ100万都市になったが、その後産業の衰退によってその頃60万人の都市になった。その際ダウンタウンなど街の真ん中から人が流出した。その後人口を維持する努力がなされたが、街の周辺、およびウォーターフロントの再開発に人が集まるだけで、中心部は空っぽの状態のままになっていた。人口はあの時とそれほど変わっていないから、その状況は変わっていないのではないか。
ともかくは米国屈指の犯罪都市という評判に納得し、かなりビビりながら歩くと、ちょうどダウンタウンから外れた所に立派なウォルターズ美術館があった。
この美術館は、ボルチモア市内のウォルターズ家の2代の当主が集めたコレクションと、コレクションを展示する美術館がボルチモア市に寄贈されたことに由来する。寄贈は1934年だそうだから、多分その前の50年くらいで集めたものと思う。
最初に集めだしたウィリアムT.ウォルターズは、百科事典博物館を作ろうとして西洋から東洋、古代から近代の美術品を集めた。寄付段階では作品が22000点であったものが、ウォルターズの思想を引き継いで、36000点になっているとのこと。
当時のメモと写真からの概要を以下に示す。
・確かに百科事典博物館を目指したといわれるように、古代文明から近代までの1900年前後で認識された文化の作品が並んでいる。 美術館全体で歴史のパノラマを見るようだった。それとともに大人のおもちゃ箱に入ったかのような感じがした。
その頃あまり認識されていなかったアフリカ、オセアニアの文化の展示は印象がない。
・エジプト、ギリシャ等の古代の展示から、東京国立博物館のものよりも充実していると思った。たぶん一家族だけれども日本の国よりもお金をかけて収集したのだと思われる。
・ヨーロッパ絵画や東洋の絵画もあったが、置物、陶磁器や装飾品といったものが多く、宝物館といった感じだった。
・中世ヨーロッパのキリスト教関連のものや、騎士の武具といったものがあり、ヨーロッパの歴史への憧れが強くあるなと思った。
・建物の内部は、大金持ちの蒐集者が自分の気に入るように作っただけあって、なかなか豪華である。下記はらせん階段の天井。
以下に私の印象に残っている作品群、作品を示す。
1.庭園装飾品の展示
確か建物の内部にパティオがあって、周辺にヨーロッパの宮殿等、また古代の庭園装飾品がいくつか設置されていた。例を下記に示す。昔の余裕のある生活をイメージしていたのかもしれない。
下記写真はその例である。
2.キリスト教関係の展示
キリスト教教会に設置されている像や装飾品が充実していた。いろんな時代、いろんな宗派のものが揃っていた。東欧系のものが多いと思った。 キラキラしている持ち運び可能なものが多かった。下記に4例を示す。
3.騎士道における武具の展示
ヨーロッパの武具の展示が多かった。こんな感じで、ヨーロッパの宮殿でも展示いていたなと思った。
4.日本関連の展示
浮世絵や陶磁器などかなり充実していた。その中で私が興味を持ったのは、根付や印籠、それに刀のつばや小柄といった細工物のコレクションを作っていたこと。ずらっと細工物が並んでいるのを見た時は、外国人はこういった所に目が届くのかと恐れ入った。
たくさんの印籠がぶら下がっていたが、いい写真がなかった。ちゃんと撮れていたのは下記のたばこ入れの写真。
5.陶磁器への拘り
東洋、西洋、イスラム系の素晴らしい陶磁器の展示が多かった。ヨーロッパで宮殿に陶磁器の部屋があったが、それを意識しているようだった。
このウォルター美術館は、短期間で非常にたくさんの価値あるものを集めていて、アメリカの富豪はすごいと思った。
これを書くにあたって、およそ1880~1930年という蒐集の時期を考えてみると、世界の人々にとっては不幸だが新世界のアメリカで蒐集をしようとしていた人にとっては幸運な下記のような状況があった。
ヨーロッパ
・第一次世界大戦 1914-1918
・ロシア革命 1917
アジア
・日清戦争(1894-1895)とその後の清の崩壊
・インド 独立運動 1905
イスラム
・第一次大戦敗北からのオスマントルコ瓦解(1923)
こういった社会大混乱の時に、美術品は動く。特に難民は動かせる価値があるものを持って動く。その中にはアメリカへと動く人もいるし、戦後の収束時にその土地へ行って買いあさることもできる。
そんな形でこの膨大な作品は、集められたのではないかと思う。
今回調べると、この美術館は蒐集品のかなりのものをインターネットで公開している。ご興味のある方は参照してください。
https://art.thewalters.org/
私の拙ブログにコメント有難うございましたm(__)m
ボルチモア、懐かしいです!
と言っても2001年、NYからレンタカーを借り、スタッフと一緒にワシントンD.C.までドライブしたおり、
途中通過した街です。
アメリカの知人からも少々物騒な街なので怪しい所へは立ち寄るなと言われておりましたが、
日中にも関わらず銃声の様な音が聞こえ、パトカーが走り廻り、スタッフの中にも女性もおり、
見物もせず、早々にD.C.に向け引き上げました(^_^;)
特にNYやNJには身内も住んでおり東海岸には何度も訪れているのですが、
身内の付き合いや仕事で時間を取られまともに美術館等も巡っておりません。
中々見られない美術館をご紹介頂き、重ねてお礼申し上げます_(._.)_
ボルチモアは、最近では2015年に暴動が発生したようです。 私の宿泊したウォーターフロントは現代的な街だし、白人が住むボルチモア市の周辺のボルチモア郡は、本当にきれいな街でしたが、ど真ん中のダウンタウンは古ぼけ寂れていてジャングルに近いと思いました。
そのすぐ横に、古き良きアメリカを象徴するこの美術館があるのは、とても面白いです。
ここに展示されている、印籠や小柄などの細工物は、ぜひ日本で展示会をやるべきだと思いました。