獣脚類を中心とした恐竜イラストサイト
肉食の系譜
ブラジルのスピノサウルス類の再検討とスピノサウルス類の頭蓋の進化 (上)
スピノサウルス類の外鼻孔の位置の比較
Copyright 2017 Sales and Schultz
ブラジルのスピノサウルス類といえば、イリタトル、アンガトゥラマ、オクサライアで、これらはいずれも頭骨の一部である。その他に未命名の多数の歯や胴体の骨がある。これらは既に記載あるいは再記載されているが、特に頭骨については、まだ考察すべき点が残っていることがわかってきた。そこでSales and Schultz (2017) はイリタトル、アンガトゥラマ、オクサライアの標本を再検討し、新しい解釈を加えて頭蓋と歯の形質について新知見を得た。そしてそれに基づいて、スピノサウルス類全体の系統進化についても修正を加えている。
伝統的にはスピノサウルス科Spinosauridaeは、主に頭蓋や歯の形質に基づいて、バリオニクス亜科Baryonychinae(バリオニクス、スコミムス)とスピノサウルス亜科Spinosaurinae(スピノサウルス、イリタトル)に分けられてきた(→スコミムスの記事)。バリオニクス亜科では、まだ歯が微妙にカーブしていて鋸歯があるが、スピノサウルス亜科では真っすぐな円錐形で鋸歯がない。またバリオニクス亜科では外鼻孔の位置が比較的前方にあるが、スピノサウルス亜科ではもっと後方(眼窩の近く)に移動している、という話であった。
今回著者らは、イリタトルの外鼻孔の位置は従来考えられていたよりも前方であり、バリオニクスやスコミムスに近いことを見出した。またいくつかの頭蓋・歯の特徴に関しては、ブラジルのスピノサウルス類はバリオニクス亜科とスピノサウルス亜科の中間の状態であることがわかった。系統解析の結果、バリオニクス亜科は単系でなく多系群である可能性もあるという。
そんなことをいわれても、イリタトルの頭骨は1996年に記載され、2002年に再記載されている。新しい頭骨が見つかったわけではない。なぜ今頃になって外鼻孔の位置が変わったりするのだろうか。
イリタトルの標本は詳細に記載および再記載されてきたが、頭蓋と歯の特徴について、これまで注目されていなかったことがある。イリタトルはスピノサウルス類の頭骨の中でも、最も多くの歯が本来の位置に保存されている標本である。しかし、吻の前端(前上顎骨と上顎骨の前端部)が欠けているため、Martill et al.(1996) も Sues et al.(2002) も、保存された上顎骨歯の正確な位置を同定していなかった。つまりこれらが歯列の中で何番目と何番目の歯か、ということである。
歯の大きさをみると、左の上顎骨で1番目(保存された最も前方)の歯は2番目に大きく、次の2番目の歯が最も大きい。その後方の7本の歯は徐々に小さくなっている。
上顎歯列が保存されているスピノサウルス類の標本では、最も大きい歯は3番目(m3)と4番目(m4) である。そしてm1 からm4までは大きくなり、 m4が一番大きく、その後は徐々に小さくなる傾向がある。この傾向はバリオニクス亜科のバリオニクス、スコミムスにも、スピノサウルス亜科のMSNM V4047(いわゆるDal Sassoの“スピノサウルス”)にも当てはまる。今のところイリタトルだけが異なるという理由はない。イリタトルの左の上顎骨にみられる状態はこのパターンと一致するので、保存された1番目と2番目の歯はm3 とm4であると考えられる。そうするとイリタトルの上顎骨には全部で11本の歯があることになる。Sues et al.(2002) も「少なくとも11本」といっているが、根拠を示していない。また、この数は“スピノサウルス” MSNM V4047の12本とほとんど同じである。
イリタトルの上顎歯列が同定されたことにより、その外鼻孔の位置についての解釈が変わってくる。Dal Sasso et al. (2005) は、外鼻孔が上顎歯列の中央部分にあると考えていた。つまり欠けている吻がもう少し長いと思っていたわけである。しかしイリタトルでは、外鼻孔の前端がm3とm4の間あたりにある。これは、バリオニクス(m2 とm3の間)やスコミムス(m3 とm4の間)と似た位置である。一方、“スピノサウルス” MSNM V4047では外鼻孔の前端がずっと後方のm9あたりにある。
イリタトルと“スピノサウルス”のもう一つの違いは、外鼻孔を取り囲む骨の位置関係である。イリタトルでは、前上顎骨が外鼻孔の腹側縁の前方部分に少し面している。それ以外の部分は鼻骨と上顎骨に囲まれている。“スピノサウルス”では、前上顎骨は完全に外鼻孔から離れている。バリオニクスとスコミムスでは、前上顎骨が外鼻孔の前縁に大きく面しているが、この2種の間では上顎骨の寄与が異なっている。バリオニクスでは、上顎骨が保存された腹側縁の後半部分をなす。スコミムスでは、上顎骨は腹側縁に少ししか面しておらず、前上顎骨と鼻骨の上顎骨突起に挟まれている。Dal Sasso et al. (2005) は、前上顎骨が外鼻孔から排除されていることをスピノサウルスの固有形質と考えた。スピノサウルス類の中でも、“スピノサウルス”は前上顎骨、上顎骨、鼻骨が1点で交わる点でユニークである。
外鼻孔の大きさにも重要な違いがある。イリタトルの外鼻孔は、絶対的にも相対的にも、バリオニクスやスコミムスよりも小さい。一方で、イリタトルの方が頭骨がはるかに小さいにもかかわらず、イリタトルの外鼻孔は“スピノサウルス”よりも絶対的に大きい。
確かに、m4の位置を合わせて並べた図を見ると、イリタトルはスピノサウルスとは全然違うことがわかる。むしろ、なぜこれまでスピノサウルスと同列に考えられていたのかが不思議である。鋸歯がないなどスピノサウルス亜科ということで、漠然と後方よりと思われていたのだろうか。
アンガトゥラマは吻の先端部しか見つかっていないので、イリタトルと比較できない。アンガトゥラマの前上顎骨は、最初の記載では1)吻が強く側扁していて、前上顎骨歯pm6の位置で最も細い、2)左右の幅がより広がっていない、3)背側正中にとさかが発達している、点で他のスピノサウルス類と区別されるとされていた。今回の改訂された特徴では3)だけが形を変えて残っている。バリオニクス、スコミムス、クリスタトゥサウルスの前上顎骨にも背側正中の縁があるので、このような構造自体はアンガトゥラマに限られたものではない。しかしアンガトゥラマでは、確かにとさかが顕著に発達しており、もっと重要なことは、とさかがバリオニクス亜科のものよりも前方に伸びていることである。
アンガトゥラマの吻部が左右に扁平であることについては、最初は死後の変形ではなく本来の形状と考えられた。Terminal rosetteと呼ばれる前上顎骨の拡がりが、他のスピノサウルス類ほど拡がっていないようにみえる。しかし、他のスピノサウルス類と比較して全体に幅が狭いとは考えられるものの、アンガトゥラマのホロタイプの側扁の程度は、元々の形状を反映していないかもしれないという。例えば前上顎骨の腹側縁は左右とも保存されておらず、いくつかの歯は側面が削れて断面がみえている。その分はrosetteの幅が狭くなっている。また、アンガトゥラマは他のスピノサウルス類と同様に二次口蓋を示すが、口蓋の左半分は右側よりも幅が狭いことから、ある程度の死後の圧縮はあったと考えられる。
参考文献
Sales MAF, Schultz CL (2017) Spinosaur taxonomy and evolution of craniodental features: Evidence from Brazil. PLoS ONE 12(11): e0187070.
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スコミムス2016
大きい画像のみ
毎日、暑くてかないませんね。暑中見舞いには、海生爬虫類なんかが良いと思うのですが、描いたことがないので、水辺のスピノサウルス類で。。
シギルマッササウルスを描こうとしても、頸椎と胴椎だけなので、基本的に無理がある。しかもシギルマッササウルスの胴椎の神経棘は見つかっておらず、「帆」の長さもわからない。イクチオヴェナトルの全身復元も、結局スコミムスなどを基にしているので、やはりスコミムスか。個人的にはやはり、スピノサウルス類の中でもバリオニクスかスコミムスが好きですね。
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シギルマッササウルスの反撃(8)
まとめの図
まとめ
つまり、どういうことだってばよ?比較する標本が多くて混乱しますよね。私もしばらくしたら忘れそうなので、まとめを作っておいた。
1) スピノサウルス(ホロタイプ)と“Spinosaurus B”は異なる。
2) シギルマッササウルスは、“Spinosaurus B”と似ている。
3) シギルマッササウルスは、スピノサウルス(ホロタイプ)とは異なる。
4) ネオタイプは、“Spinosaurus B”とは異なる。
5) ネオタイプは、シギルマッササウルスとも異なる。
6) ネオタイプは、スピノサウルス(ホロタイプ)と似ている。
じゃあやっぱりネオタイプは、スピノサウルスでいいんじゃん。と思う人もいるだろう。Evers et al. (2015) は、このネオタイプがスピノサウルス・エジプティアクスと同一種とする根拠は不十分であると考えているが、似た特徴をもつことは否定していない。ネオタイプとスピノサウルスの詳細な比較考察は、Ibrahim et al. (2014)が行うべきである、とも述べている。
もしもIbrahim et al. (2014)が、「スピノサウルスと“Spinosaurus B”は異なり、“Spinosaurus B”はシギルマッササウルスかもしれない。それに対して、今回の部分骨格はスピノサウルスと似ているので、ネオタイプとしてふさわしい。」と論じていたら、ヨーロッパ勢も異論はなかったのかもしれない。ところが実際にはIbrahim et al. (2014)は、これら全部をひっくるめて同一種としている。このことに対して、Evers et al. (2015)は総力を挙げて反論しているのである。
それにしてもこれらの文献を読んでいると、いろいろなことを考えさせられる。一つは、非合法の盗掘ではないとしても、化石業者や化石マーケットの存在によって古生物学の研究がかなり歪められていることである。モロッコの採集者が信頼できる人物であったとしても、重要な情報を忘れたり記憶違いすることもあるだろう。化石の価値を高めるための虚偽の証言については言うまでもない。そのような人為的な要因に大きく左右されるようでは、自然科学の研究といえるのだろうか。
Evers et al. (2015) のロンドンやミュンヘンの標本も、化石業者から購入したバラバラの化石であり、多くの重要な情報が失われてしまっている。同じ種類と判断された複数の骨が、実は産地や生息年代が多少異なるものかもしれない。
Ibrahim et al. (2014) とEvers et al. (2015) のそれぞれの主張を読むと、セレノらとヨーロッパ勢では、研究に対する考え方のカラーというか、目指すところが違うような気がする。
学問的に厳密なのはヨーロッパ勢のようにみえる。分類学の基本を守り、別々の部分骨格がある場合は共通する骨がある場合のみ比較し、あくまで解剖学的特徴に基づいて判断する。苦労して脊椎骨の位置を決定し、比較できるもの同士を詳細に比較し、同種あるいは別種と評価する。また過去の研究者が何を観察し、どう考えてどう記載したかを非常に尊重している。そうした緻密な論理を一つ一つ積み重ねて、結論を導き出している。そのレベルの詳細なデータによってシギルマッササウルスを確立してきた研究者からみると、形態学的根拠もなしにそれを台無しにされるのは許せない、という感覚ではないだろうか。
一方でセレノ側も、当然シギルマッササウルスなどの複数のスピノサウルス類の可能性は意識しているだろう。しかし細かい分類学的問題よりも、新しい骨格の発見とともに、四足歩行の姿勢や後肢の骨が中空でないなど、水生適応という新しいコンセプトを提示することが、より重要でインパクトがあると考えたのではないか。サイエンスなどの雑誌は話題性を重視するので、後でひっくり返ることもある。もし間違っていたら後の研究によって訂正されるからそれでいい、というくらいかもしれない。また、このせっかくの機会に、謎の恐竜の全身復元骨格を作ることを重視したようにも見える。世界中の恐竜ファンや博物館からも歓迎されるのは言うまでもない。
イブラヒム博士はアラブ系の名前だがヨーロッパ出身のようなので、アメリカ青年の代表ではない。しかしこれらの論文のカラーは、「100年間謎だったスピノサウルスを全身復元したい。それが世界の恐竜ファンの夢なんだ。」というアメリカ青年に対して、ヨーロッパの老教授が「学問とはそういうものではない。スピノサウルスは、まだ復元などできぬ。それを受け入れよ。」と叱っているようにみえる。
このシギルマッサシリーズで、Hendrickxの方形骨の研究も扱うつもりだったが、あまりに長くなるのでいったん終了します。
参考文献
Evers et al. (2015) A reappraisal of the morphology and systematic position of the theropod dinosaur Sigilmassasaurus from the “middle” Cretaceous of Morocco. PeerJ 3:e1323; DOI 10.7717/peerj.1323
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シギルマッササウルスの反撃(7)
「ネオタイプ」の問題点
「細かい分類学的違いはともかく、復元姿勢はどうなのか?四足歩行で確定なの?」と思う人は、Evers et al. (2015) の論文の70ページあたりから読むと面白いことが書いてある。Evers et al. (2015) はシギルマッササウルスの研究なので、主に分類についての反論で、スピノサウルスの復元像について論じているわけではない。しかしIbrahim et al. (2014) の「ネオタイプ」について、これをスピノサウルスのネオタイプとは認められない理由を詳細に説明している。
Ibrahim et al. (2014) の「ネオタイプ」が同一個体なら、もちろん四足歩行となる。またStromer (1934) の“Spinosaurus B”も同一個体とすれば、シギルマッササウルスと“Spinosaurus B”が同じと考えると、シギルマッササウルスも四足歩行を免れない。しかし厳密にはどちらも、同一個体である確かな根拠は得られていないらしい。不確定なことが多く、わからないというところである。
Ibrahim et al. (2014) の論文中に書かれているとおり、ネオタイプとされる部分骨格の大部分は、著者ら研究者の発掘チームによって発見されたのではなく、地元の採集者から購入したものである。化石の一部は2008年にカサブランカ大学によって購入され、また別の一部は2009年にミラノ自然史博物館によって購入された。共にどの部分であるかは書かれていない。その後著者らが地元の採集者を探し当て、発掘地に案内されて発掘調査を行った結果、多数の追加の骨が発見された。やはり、どの骨であるかは特定されていない。
このように化石の産出状態についての情報が全くなく、発掘地についての詳しい情報もないという。ケムケム層の脊椎動物化石は多くの場合、複数の種類を産するボーンベッドから見つかるので、このような情報はこれらの化石が確かに同一個体かどうか判断するうえで極めて重要であると、Evers et al. (2015)は述べている。間違いなく同じ発掘地から発見されたことが示されてもなお、確かに同一個体かどうか立証されるべきであるという。
ネオタイプのうち脊椎骨同士や、後肢の骨同士は大きさや形態が一致する。問題はもちろん、脊椎骨と後肢・腰帯が同一個体かどうかということである。さらに恐ろしいことがさりげなく書いてある。モロッコの採集者や化石業者は、異なる場所由来の化石を、大きさや形態が一致するように揃える傾向があるというのである。そこを疑うと、もはや何を信じてよいのかという感があるが、確かにありそうなことにも思える。
筆者(theropod)が思うに、当然この採集者に聞き取り調査をしたであろうから、もしも半径何m以内から見つかったとか、頭骨の破片、頸椎、胴椎、腰帯の順に並んでいたとかの情報があれば、有力な根拠として論文中に書きそうなものである。何も書かれていないということは、有用な証言は得られなかったということだろう。
Ibrahim et al. (2014) は、ネオタイプのプロポーション、つまり脊椎骨と比較して後肢が小さいことについて、このような異常なプロポーションは“Spinosaurus B” にもみられることから、同一個体であることが支持されるとしている。しかしEvers et al. (2015)によると、ネオタイプと“Spinosaurus B”では、後肢の解剖学的特徴がかなり異なっているという。同一種でなければ、「支持する」根拠にはならないわけである。
Ibrahim et al. (2014) のFig. S2は、ネオタイプと“Spinosaurus B”のそれぞれの骨を比較し、類似を示している図である。しかし両者に共通する具体的な特徴は記されていない。また、この中にはcervicodorsal vertebra (C10-D1) の写真(デジタル画像)があるが、この骨はネオタイプの復元骨格図にも標本リストにもない。標本番号も付されていないのでどの標本か不明であるが、この骨はネオタイプに含まれる標本ではないようだ、とEvers et al. (2015)はいっている。ミラノ自然史博物館の所蔵リストにcervicodorsal vertebraとあるので、それかもしれない。確かに、ネオタイプと“Spinosaurus B”が似ていることを示す図に、ネオタイプではない標本が載っているのは不自然である。
ネオタイプに含まれる頸椎は、軸椎(C2)と第7頸椎(C7)なので、“Spinosaurus B”と比較することはできない。また、Evers et al. (2015)はシカゴ大学にあるネオタイプのレプリカを観察した結果、第7頸椎の特徴はシギルマッササウルスとは一致しないといっている。例えば、三角形の台座やキールはみられない。
実はStromer (1934) は、スピノサウルスと“Spinosaurus B”が異なる点として、神経棘の形態をあげている。胴椎の神経棘の基部が、“Spinosaurus B”では平行であるが、スピノサウルスでは上方に向かって広がっている。ネオタイプの胴椎の神経棘の基部も、やはり広がっている。つまりネオタイプは、この点で“Spinosaurus B”とは異なり、スピノサウルスと似ているのである。それにもかかわらず、Ibrahim et al. (2014)はこれら3つがすべて同一種としている。
Evers et al. (2015)は、ネオタイプと“Spinosaurus B”の後肢の骨について詳細に比較している。特に脛骨の形状(骨幹中央の幅と奥行きの比率)については、ネオタイプと“Spinosaurus B”の違いは、“Spinosaurus B”と他のテタヌラ類との違いよりも大きい。そのためこの違いが個体変異の範囲内とは考えられず、ネオタイプと“Spinosaurus B”は別の種類だろうといっている。
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シギルマッササウルスの反撃(6)
スピノサウルスとシギルマッササウルスの違い
Evers et al. (2015) はIbrahim et al. (2014) のネオタイプを認めていないので、シギルマッササウルスとStromer (1915) のスピノサウルスのホロタイプを比較している。
Stromer (1915) のスピノサウルスのホロタイプには、2個の頸椎、7個の胴椎、左上顎骨の断片、部分的な下顎、いくつかの歯、肋骨、3個の部分的な仙椎、1個の尾椎が含まれていた。2個の頸椎(Wirbel a とWirbel b)は図とともにかなり詳細に記載されている。また現存する唯一の写真にも写っている。
Stromer (1915) は暫定的に、Wirbel aは軸椎、Wirbel bは中央の頸椎と考えた。しかしEvers et al. (2015)によると、バリオニクスやイクチオヴェナトルとの比較から、Wirbel aは第3頸椎(C3)と考えられる。バリオニクスでは第3頸椎の神経棘が軸椎の神経棘とよく似ているという。Wirbel bは確かに中央の頸椎で、椎体の長さと高さの比率などから第5頸椎(C5)と考えられた。
これらの記述、図、写真をもとに比較すると、スピノサウルスとシギルマッササウルスの頸椎にはいくつかの重要な違いがあった。まずStromerは、スピノサウルスの頸椎には腹側のキールがないと記述している。一方シギルマッササウルスでは、中央の頸椎にすでにキールがあり、後方ではさらに発達している。同様に、シギルマッササウルスの中央の頸椎で顕著に発達している三角形の台座については、Stromerは言及しておらず、Wirbel bの図にも写真にもみられない。
またWirbel bでは、椎体の側面に余分の深い窪みdeep depressionsがあり、図と写真で観察できるが、これはシギルマッササウルスにはない。
さらにエピポフィシスの違いがある。Wirbel a とWirbel bの両方で、エピポフィシスは強く発達し後関節突起の上にオーバーハングしている。一方シギルマッササウルスでは、最も前方の頸椎(C4)でも、それはみられない。C3とC5でエピポフィシスが強く発達し、C4とC6では発達しないという状態は考えられないので、これは重要な違いであるという。
最後に神経棘の形態がある。スピノサウルスのC5では、「シギルマッササウルスでない方」の脊椎骨と同様に、神経棘が垂直で前後に広がり、丈も高い。シギルマッササウルスのC4の神経棘は、短く後方に傾いている。また後方の頸椎では神経棘が低くスパイク状である。
このように、比較できる限りにおいてシギルマッササウルスの頸椎はスピノサウルスの頸椎とはかなり異なっている。
そこでおもむろに、恐竜博2016のスピノサウルス復元骨格の頸椎を観察すると、確かにスピノサウルスらしい形をしているようだ。横突起と頸肋骨があるので椎体の腹側はさすがに見られない。しかしエピポフィシスや神経棘は観察することができる。(北九州の恐竜ファンの方は実物をご覧ください。)
C4, C5, C6あたりをみるとエピポフィシスが強く発達してオーバーハングしているのがわかる。また神経棘も前後の幅が広いようである。シカゴ大側もシギルマッササウルスのことは当然知っているので、スピノサウルスらしい頸椎だけを用いて復元したようにもみえる。
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シギルマッササウルスの反撃(5)
”Spinosaurus B” とシギルマッササウルス
1934年にStromerは、スピノサウルスと似ているが異なる特徴をもつ獣脚類の部分骨格を記載した。これらの標本には、いくつかの長骨、脊椎骨、歯が含まれていた。Stromerは、腸骨と後肢の骨は他の骨と比べて小さすぎることから、別の個体のものと考えた。一方、歯、脊椎骨、腹肋骨と、後肢の骨はそれぞれ同一個体(つまり2個体)と考えた。
脊椎骨としては5個の頸椎ないし胴椎(Wirbel a からWirbel e)と、7個の尾椎(Wirbel f からWirbel m)があった。Stromerはスピノサウルスの新種と考えたが、彼は当時すでに、非常に断片的な化石に基づいて新種を命名する慣習に嫌気がさしていた。そのため、あえて正式な命名をせずに”Spinosaurus B”とよんだ。
Wirbel a とWirbel dは比較的よく図示されていた。Russell (1996) はWirbel aとシギルマッササウルスのホロタイプがよく似ていることに気づき、同じ種類と考えた。これらに共通の特徴としては、短く非常に幅広い椎体、前方の関節面によく発達した正中の結節があること、非常に強く発達し腹方に突出したキールなどがある。Stromerは、椎体のパラポフィシスが低い位置にあることからWirbel aを前方の頸椎と考えた。しかしEvers et al (2015) によると、獣脚類では頸椎の最後までパラポフィシスは低く保たれており、イクチオヴェナトルのようなスピノサウルス類では最前方の胴椎まで低い位置にある。このパラポフィシスや腹側のキールの形などから、Evers et al (2015)はWirbel aを最前方の胴椎としている。
Evers et al (2015)は、Wirbel aとシギルマッササウルスのホロタイプの類似から、”Spinosaurus B”とシギルマッササウルスは、現在のところ同種とまでは言い切れないとしても、少なくとも同属だろうとしている。また、今回シギルマッササウルスの前方の胴椎とされた標本と、Stromer (1934) の中央の胴椎はよく似ていることから、Stromer (1934)の標本は胴椎までは同一個体であることを支持するかもしれないという。一方、Stromer (1934)の尾椎は、頸椎や胴椎に比べて小さく、特殊な形態をしている。尾椎も同一個体かもしれないが、現在のところ断定はできないといっている。
”Spinosaurus B”もやはり産出状態の記録がなく、脊椎骨についても厳密には同一個体と断定できないので、このように慎重な言い方をしているわけである。
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シギルマッササウルスの反撃(4)
大きい画像
モロッコのケムケム層には2種類以上のスピノサウルス類が生息していた
分離した歯のエナメルのしわのパターンや、方形骨の解析からも、ケムケム層には2種類以上のスピノサウルス類が存在したことが示唆されているが、Evers et al. (2015) は脊椎骨の形態から、それを裏付ける証拠を示している。
ロンドンとミュンヘンの多数の標本の中には、ケムケム産のスピノサウルス類の頸椎で、シギルマッササウルスとは異なるものが含まれていた。それらはバリオニクスやイクチオヴェナトルなどとの比較から、前方の頸椎(C4)、中央の頸椎(C6, C6/C7)、中央の後方よりの頸椎(C8)と推定された。
同じ位置と考えられる頸椎、たとえば第6頸椎(C6)を比較してみると、これらとシギルマッササウルスの間には明らかな違いがみられた。椎体の腹側をみると、シギルマッササウルスでは後方に、盛り上がった粗面のある三角形の台座(台地)triangular ventral platform (plateau) がある。これは側面からみても、はっきりした段差step として観察できる。一方、シギルマッササウルスでない方は、椎体の後半部に1対の低い結節があるが、その間はなめらかな凹みdepression となっている。さらにシギルマッササウルスでは三角形の台座の前方に正中のキールがあるが、シギルマッササウルスでない方にはみられない。
神経弓にも大きな違いがある。最も顕著なのはエピポフィシスの発達である。シギルマッササウルスでない方は、エピポフィシスが大きくはっきりと発達し、後関節突起の上にオーバーハングしている。一方シギルマッササウルスでは、エピポフィシスが小さく低く、後関節突起の上にオーバーハングしていない。
多くの獣脚類では神経弓の前関節突起の前側の面に、はっきりした凹み(centroprezygapophyseal fossa)がある。シギルマッササウルスでない方にはこれがみられる。一方、シギルマッササウルスにはこの凹みがない。
神経棘の発達にも違いがある。シギルマッササウルスでない方は、神経棘の基部の前後の長さが大きく、椎体の長さに近いくらいである。一方シギルマッササウルスでは、神経棘の基部の長さは椎体の長さよりもずっと小さい。
さらに第8頸椎(C8)同士を比較しても、やはりキールの形状や台座の有無が異なっている。また、神経弓の側面の凹みや稜(centrodiapophyseal fossa, centrodiapophyseal laminae)に違いがある。
これらの比較から、ケムケム層には2種類のスピノサウルス類が存在したと考えられた。この「シギルマッササウルスでない方」の分類ははっきりしない。これらの標本は、Ibrahim et al. (2014) のネオタイプとも、Stromerのホロタイプとも、似たところがある。しかしその似ている特徴は、スピノサウルス類にはよくある形質で、スピノサウルスだけの固有の特徴ではないという。そのため、これがシギルマッササウルスではないことはわかるが、いまのところスピノサウルスとは言い切れないという。つまりスピノサウルスかもしれないが、第3の種類かもしれない。
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シギルマッササウルスの反撃(3)
スピノサウルス・マロッカヌスとシギルマッササウルスは同一種
スピノサウルス・マロッカヌスのホロタイプとシギルマッササウルスのホロタイプは、当初は両方とも中央の頸椎と考えられていた。しかしEvers et al. (2015) の研究により位置を推定した結果、スピノサウルス・マロッカヌスの方は確かに中央の頸椎(C6)だが、シギルマッササウルスのホロタイプは実は最前方の胴椎(D1)であると考えられた。これは、多くの獣脚類で頸椎と胴椎を区別する特徴が、スピノサウルス類では少しずれていることによる。イクチオヴェナトルの完全な頸椎と比較してみると、シギルマッササウルスのホロタイプはイクチオヴェナトルのD1とよく似ていたのである。
これら2つのホロタイプはかなり形態が異なるが、潜在的に共通の特徴をもち、形態の違いは脊椎の中での位置の違いによると考えられた。特に決め手となったのは、これら2つのホロタイプの中間形の頸椎が見つかったことである。この頸椎はスピノサウルス・マロッカヌスのホロタイプとも、シギルマッササウルスのホロタイプとも、共通の特徴をもっている。また先に述べた腹側のキールの発達の程度や横突起の上昇など、頸椎の前後に沿って変化する特徴からみて、この頸椎は2つのホロタイプの中間の位置(C8)と考えられた。このようにして、Evers et al. (2015)はスピノサウルス・マロッカヌスとシギルマッササウルスは同一種として、シギルマッササウルスに統一した。
シギルマッササウルスの特徴は、後でまた述べるように、中央の頸椎の腹側に盛り上がった三角形の台座(台地状部分)があり、前方で弱いキールとつながっていること、神経弓の前関節突起の前面の凹みがないことなどである。Russel (1996) は椎体の関節面が非常に幅広いことを特徴としてあげていたが、この形質は他のスピノサウルス類にも広くみられることがわかった。例えばイクチオヴェナトルの後方の頸椎や最初の胴椎も、非常に幅広いことがわかった。また、前方の関節面に正中の結節median tuberosityがあることも特徴とされてきたが、これも他の獣脚類にもみられることがわかった。ただし正中の結節がよく発達していることは、確かにシギルマッササウルスで顕著な形質であるという。
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シギルマッササウルスの反撃(2)
シギルマッササウルスのホロタイプ・参照標本やその他の標本は、カナダ・オタワのカナダ自然博物館(CMN)に保管されており、McFeeters らが記載していた。その他に、モロッコのケムケム産のスピノサウルス類と思われる多くの脊椎骨の化石が、ドイツ・ミュンヘンのバイエルン州立古生物地質博物館(BSPG)とイギリス・ロンドンの自然史博物館(NHMUK)に収蔵されていた。Evers et al. (2015) は、主にミュンヘンとロンドンの未記載標本を記載し、シギルマッササウルスと考えられるものとそうでないものを識別している。
脊椎骨の位置の推定
Evers et al. (2015) の研究で重要なポイントと思われるのが、脊椎骨の位置を同定したことである。分離した1個の脊椎骨を、他の1個の脊椎骨と比較することは困難である。獣脚類では頸椎の位置、つまり頸椎全体の中で何番目の頸椎であるかによって、個々の頸椎の形状は大きく変化する。そのため同じ位置の椎骨でないと比較して論じることはできない。
シギルマッササウルスの場合も、スピノサウルス類の完全な脊椎の情報がないこと、モロッコ産の標本は同一個体でない分離した骨であるため、個体変異や成長段階による違いが考慮できないなどの点で限界はあり、困難であることは認めている。しかしそれでも、Evers et al. (2015)は今回の研究で、シギルマッササウルスの個々の頸椎の位置を同定することができた。
これには、最近発見されたイクチオヴェナトルの完全な頸椎の情報が大きく役立っている。イクチオヴェナトルや、スコミムス、バリオニクスなどの頸椎と比較研究することによって、スピノサウルス類の頸椎の形態が位置によってどのように変化するかという傾向がわかってきたのである。
多くの獣脚類では、頸椎の前後軸上の位置によって横突起の方向が変化する。前方の頸椎では横突起が腹側方ventrolateral を向いているが、後方にいくにつれて横突起は水平方向に近づいていく。この横突起の上昇は一つの判断基準になる。
椎体の腹側正中にあるキールやヒパポフィシスhypapophysis という突起は、多くの獣脚類で中央の頸椎にはほとんどないが、後方の頸椎から前方の胴椎にかけて発達している。頸椎の中ではキールが発達している方がより後方と考えられる。
獣脚類の頸椎は全体としてS字状をなすので、個々の頸椎の位置によって関節面の角度が変わってくる。前方の頸椎では前端の関節面が前腹方を向いているが、後方の頸椎では前背方に傾いている。このような関節面の角度も、位置を推定するための指標となる。
シギルマッササウルスの場合も、横突起の上昇、キールやヒパポフィシスの発達の程度、関節面の角度、関節面の幅と高さの比率などの形質から、多くの頸椎の位置を同定することができた。このようにして、著者らは多数のシギルマッササウルスとされる分離した椎骨を、中央の頸椎、後方の頸椎、最前方の胴椎に分類した。
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シギルマッササウルスの反撃(1)
歴史的経緯
「スピノサウルスの全身復元」を脅かすシギルマッササウルス。その研究史は紆余曲折している。まず、時系列と登場する恐竜化石だけを抜き出してみる。
Stromer (1915) は、エジプトのバハリア・オアシスからスピノサウルス・エジプティアクスを記載した。その後、Stromer (1934) は、スピノサウルスと似ているが、異なる特徴をもつ獣脚類の部分骨格を発見し、スピノサウルスB “Spinosaurus B” と呼んだ。これは脊椎骨に比べて異様に後肢が小さく、脊椎骨と後肢は別個体と考えられたものである。もちろんスピノサウルスも“Spinosaurus B”も、第二次世界大戦の空爆で失われた。
時代は下って1996年に、Russel (1996) はモロッコ産の分離した脊椎骨に基づいて、2種の獣脚類を記載した。1つはスピノサウルスの新種、スピノサウルス・マロッカヌスで、もう1つは新属新種シギルマッササウルス・ブレヴィコリスである。いずれも1個の頸椎をホロタイプとして命名された。Russel (1996) は、シギルマッササウルスの頸椎はStromer (1934) の“Spinosaurus B”とよく似ていることを見いだし、同じ種類と考えた。
ところが、Sereno et al. (1996) はカルカロドントサウルスのほぼ完全な頭骨の論文で、“Spinosaurus B”の頸椎をカルカロドントサウルス・サハリクスのものと考えた。またBrusatte and Sereno (2007) はカルカロドントサウルス・イグイデンシスの論文で、シギルマッササウルスとよく似た頸椎を記載している。つまりSerenoらはシギルマッササウルスを認めておらず、カルカロドントサウルスの頸椎と考えた。
Canale, Novas & Haluza (2008) は、カルカロドントサウルスの頭骨の化石とシギルマッササウルスと似た頸椎は、関節状態でも交連状態でも発見されていないことを指摘し、またシギルマッササウルスの頸椎は、南アメリカ産の確かなカルカロドントサウルス類の頸椎とは大きく異なることを指摘した。彼らはイグアノドンの頸椎との類似性から、鳥盤類の可能性を提唱した。
Evers and Rauhut (2012), Evers, Rauhut and Milner (2012) は、シギルマッササウルスがスピノサウルス類であるという解剖学的根拠を示した。
McFeeters et al. (2013) は、シギルマッササウルスのホロタイプや参照標本を再検討し、Russel (1996) の記載したすべての頸椎をシギルマッササウルス・ブレヴィコリスとした。ただし胴椎や尾椎は除外した。McFeeters et al. (2013) はシギルマッササウルスを固有の特徴をもつ有効な獣脚類と認め、鳥盤類の可能性は否定した。彼らの系統解析ではテタヌラ類の根元でポリトミーをなし、スピノサウルス類とまでは特定できなかった。
Ibrahim et al. (2014) は、ケムケム産のスピノサウルス類の部分骨格を記載し、シギルマッササウルス・ブレヴィコリスもスピノサウルス・マロッカヌスもスピノサウルス・エジプティアクスのシノニムとした。ただし詳細な根拠は示していない。
さらにAllain (2014) はイクチオヴェナトルの完全な頸椎の発見を報告し、系統解析ではシギルマッササウルスをスピノサウルス類とした。
そしてEvers et al. (2015) は、スピノサウルス・マロッカヌスとシギルマッササウルス・ブレヴィコリスは同一の種類であるとし、シギルマッササウルス・ブレヴィコリスに統一した。しかしシギルマッササウルス・ブレヴィコリスはスピノサウルス・エジプティアクスとは異なり、またIbrahim et al. (2014)のネオタイプとも一致しないと結論している。
こうして研究史をみると、シギルマッササウルスはセレノと因縁?があることがわかる。そしてセレノらは認めていないが、ヨーロッパ・カナダでは過去20年もの間、シギルマッササウルスが有効な種であるという認識の研究が、脈々と受け継がれてきたようである。ただし、それがやはりスピノサウルス類であると認識されてきたのは、わりと最近のことらしい。
つづく
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