小さな栗の木の下で

保護犬のミニチュア・ダックスを引き取り、
小型犬との暮らしは初めて!という生活の中で、感じたことを徒然に…。

「法隆寺-祈りとかたち」展で

2014-06-07 | つぶやき
 先日、東京藝大美術館で開催されている「法隆寺-祈りとかたち」展を見に行った。

 

 なぜ「祈りとかたち」かというと、この展覧会が東日本大震災から3年、新潟県中越地震から10年を迎える節目の年に、復興を祈念して開催されるということと、法隆寺が聖徳太子の偉業を後世に伝え続けている祈りの場である、ということによる命名のようだった。

 展示物には聖徳太子に関わりのないものはひとつもなく、何百年という時を経てもなお、聖徳太子への畏敬の念を持ち続ける人々の思いに触れて、圧倒された。まさに“祈りのかたち”がそこにあった。

 除災や国家安穏を祈って造られた精緻な仏像や、色鮮やかな織物などの工芸品には目を奪われたが、一番印象に残ったのは、鈴木空如という仏画師の話だった。

 鈴木空如が模写した法隆寺金堂の原寸大の壁画を眺めている時に、知った空如の生涯。

 明治、大正、昭和を生きた仏画師・空如は、画壇とは一切関わりを持たず、後世に伝えるためにひたすら古い仏画を模写し続けたのだそうだ。

 生涯に5,000尊に及ぶ仏画を模写し、法隆寺金堂の壁画12面は原寸大で3度も模写しているという。5歳の愛娘を亡くし、悲嘆と貧しい暮らしの中で法隆寺に通い詰めた、その熱意はどこからきているのだろう。

 何に、どんな思いに突き動かされて、空如は仏画を模写し続けたのだろう。

 帰ってから、空如の写真を見る機会があった。信仰と清貧の仏画師と呼ばれる空如の表情は、どの写真も穏やかだけど、瞳には哀しみを湛えているように見える。選ばれた者の使命が宿る眼差しに胸揺すぶられ、空如の生涯に思いを馳せた。

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