23日に亡くなったブナの姉妹犬ピッコイのことがブログに綴られていた。
ピッコイ母がブログに書くことができたのは5日後のことだったし、「悲しみは癒えませんが、書き留める事で前に進めるかと思って書きました」というピッコイ母のメールに、彼女の哀しみの深さを思い知らされ、遠く離れた場所で涙するしかありませんでした。
ピッコイはブナやクリと同じように階段が昇れなくなり、寝室を1階に移したと書いてあった。夏頃から粗相が増え、旺盛な食欲に衰えが見え始めたそうだ。夜、鳴くようにもなり、徘徊して椅子の下に入り込んで出られなくなって鳴くこともしばしばで、目が離せなかったようです。
「朝起きたとき、仕事から帰ったときは大概は家の中は大惨事となっていて、大量のシーツを捨て、ピッコイのお尻や足を洗って、洗濯をする日々でした。」
それはうちも同じ。
打ち合わせや取材から帰ると、ブナがウンチやオシッコを踏んづけて歩き回っていることが多くなり、私はお菓子の「きのこの山」「たけのこの里」をもじって「わああ、ウンチの山、オシッコの里じゃ~ん! これじゃあ糞尿の館だよ~」などと言いながらブナを遠ざけて、慌てて床掃除をし、踏ん付けて汚れた敷物などの洗濯に追われるのです。
でも、私がまだ「ウンチの山、オシッコの里じゃ~ん」などと軽口が叩けるのは、私がフルタイムの勤め仕事ではないからだと思う。
先日も夜、私が寝入ってから歩き回っていたブナがよろけて、水皿をひっくり返していた。ガチャーン、ビッシャーという音にガバッと起き上り、盛大に床にこぼれた水を拭いていたら、今度はあろうことか犬座布団にシャーっとオシッコをするブナ。「わあー、水難ダブルパーンチ!」と声を上げて、濡れた座布団も片付ける。夜中の2時半に水攻めに遭うとはねえ。
ブナは徘徊するけれど、まだ夜鳴きはせず、狭い場所に入りこむこともない。夜中の水攻めや糞尿の始末はトホホなのだけど、それでも私は、打ち合わせや取材がない限り、基本的に自宅作業であり、夜、眠れなくても昼寝だってできる。
でもピッコイ母は、夜中の徘徊や夜鳴きに付き合ったうえ朝の排泄による大惨事を片付け、ピッコイを残して急いで仕事場に向かわなくてはいけなかったわけです。仕事中もどんなにか心配だったことだろう。
帰宅したらしたで、またまた室内の汚れと格闘し、ピッコイの汚れた手足や身体を拭いてやり、洗濯物の山を片付けなくてはいけなかったのだ。
先の見えない、そんな大変なことと、ピッコイ母が独りで向き合ってきたのかと思うと、それだけで私は号泣する。やり場のない気持ちを抱え、どんなに切なかっただろう。肩を抱いて一緒に泣いてあげたかった。
こんなに大変な日々は耐えられないと思っても、この日々に終止符が打たれることが何を意味するか分かっているから、「終わってくれ」とはとても思えない。終止符が打たれたときのほうがもっと耐えられないもの。
「ピッコイを見送って初めて、家に自分一人しかいないことの痛みを感じました。
寂しいとか悲しいとかではなく息が苦しくなるくらいの痛みです。」
ああ、ピッコイ母……、大丈夫だろうか。「大丈夫ですか」だなんて、こんな子供じみたことしか言えない自分が情けない。