思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

佐渡旅行4

2007年04月12日 | Weblog
佐渡はかつて金山があってその跡が資料館として残っている。
薄暗い坑道を降りていくと、金を掘る現場の様子が再現されている。
人間大の人形が黙々と採掘に励んでいて時々顔をこちらに向ける。
恨みのこもった目つきでしばしの間こちらを見つめ続ける。

金山には多くの流人が労役に駆り出され、大抵の人は激しい労役のせいで4,5年で命を落としたと言う。
約2000人が僅かの間生きて赦免を期待しながら死んでいったそうだ。
そんな怨念がこもっている。

しかしガイドさんは「私たちは犯罪人の子孫ではありません」と声を大にしていた。
佐渡で暮らした流人の多くは当時の政治犯、文化人、宗教家であり、自分達はそのようなエリートの子孫だと言ってた。
(どうぞご自由に、別に何とも思ってないから)

金に関しては
砂金採り体験コーナーがある。
水を張った砂地を掬い皿で砂ごとすくって水中でゆすりながら皿の底に金が残るように砂をふるい落としてゆく。
掬い皿はアメリカ製のプラスチック製だという、変な取り合わせだがそのアメリカ製の皿が最も効率がいいという。
全員無言のまま必死で掬っては水中で皿をゆする。
蟹を無言で食べている姿に似ている。
大抵その夜は皆腰が痛くなるそうだ。
欲深い作業だ。
何個かの砂金が採れる、勿論あらかじめ撒かれた砂金だ。

出口には金箔入りのコーヒーを売っている。
一応飲んでみたのでまだ体内に金箔が残っているかもしれない。

佐渡の金山跡は蟻の巣のように地中に無数の穴が開いている。海抜以下の深さまで掘りぬかれているそうだ。
その坑道の総延長は400キロメートル以上に達すると言う。
佐渡から東京までの距離に相当するとか。

金山が最もにぎわったのは1600年代のうち約30年間だと言っていた。
初期の江戸幕府の財政を支えた。

佐渡旅行2

2007年04月11日 | Weblog

  賽の河原。
  佐渡の最北端に位置する海岸に「賽の河原」と名づけられた場所がある。
  海沿いの岩石の集合の中にくりぬかれた様な洞窟があり大小無数の石仏が並ぶ。
  一種独特の雰囲気に包まれている。
  お盆の季節には観光客に混じって多くの若い身内を失った人々が訪れると聞く。

佐渡旅行1

2007年04月11日 | Weblog


  佐渡の外海府と呼ばれる日本海側は、荒れた海と奇岩絶壁が続くこの次期荒涼とした風景が続く。
  旅行中に桜の開花宣言が放映されていたからやはりまだ寒い。
  旅行者も少ない。

  まだ観光シーズンではない様子で、観光地の店も一部閉じたままの状態が散見される。

口うるさい

2007年04月07日 | Weblog
明朝から3日間旅行します。
女房主導で旅の手配はお任せです。
手配といっても団体ツアー旅行ですから旅行社に申し込むだけのことです。

「準備はしたの?、どこへ行くか分ってるね」
「出発の集合場所は分ってるね、私とはぐれても大丈夫やね」
「カメラは私が持ったからね、あなたが持つの嫌がるから私が大きめのショルダーバックにして持ってるからね」
「旅行案内くらいは読んでおいてよ、私の行くとこどこでしょうなんて間の抜けたこと言わんようにしてよ」

と口うるさいこと夥しい。
と言いながらも女房は一人では旅行は出来ない。
私に偉そうに言いながら一緒に旅するのが一番お気に入りらしい。

自分が仕切っていて、私はただヒョコヒョコ付いていってると思ってるようだ。

記憶の回路

2007年04月07日 | Weblog
女の特に女房の記憶の回路は理解しがたい。

観光地の話になる。
「あすこも一度行ってみたいな」と私。
「なに言ってるの、あなたも行ってるはずよ、長い階段登ったでしょう覚えてないの、何しに行ってんのよ」

食事に盛り付けた皿が2つ並ぶ。
「あなたの好きなほうを取って」
「いちいちうるさいな、どっちでも同じだろが」
「いや、前にあなたは、俺の分は量が少ない、といって文句を言ったよ」
「なに、俺がいちいちそんなこと言う訳ねえだろ、子供みたいに言うな」
「いや、言った」

記憶に残る残り方の回路が違うのだと思う。
特に恨み事は絶対に忘れないようだ。
「あの時こんなひどいことをした、こんなひどいことを言った」
何度も聞かされるぞ。

その如月の

2007年04月06日 | Weblog
今日は月に一度の古典講座の日。
桜の季節なので話題は桜に及ぶ。

「西行法師」の有名な桜の歌に
  願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月の頃
があるが、如月は旧暦2月、太陽暦で3月、ほんとに桜が咲いてたの、と思っていた。

しかし旧暦と現太陽暦では最大で2ヶ月ズレル年があることが分かった。
旧暦では去年「閏(うるう)11月」といって11月が年に2回あったそうだ。
そういう場合は今年は如月は太陽暦の4月頃にあたる事になる。

多分西行もそういう年にこの歌を詠んだのであろうということだった。
なるほど納得。

一酸化炭素中毒

2007年04月05日 | Weblog
昨日ダンスのレッスンに行ったら女先生の方が休み、どうしたんですか、と聞いたら「一酸化炭素中毒」だと男先生が言うではないか。
「え、何で!」
と聞いてしまう。

彼女、昨日美容院に行ったそうです。
何か嫌な匂いがするなあと思いながら座っていたそうですが、実はその美容院は暖房に石油ストーブを使っていて不完全燃焼したままになってたらしい。
立ってる美容師さんの方は平気だったらしいが、椅子に座っていた彼女は低い位置だったので結構な量の一酸化炭素を吸い込んだ様子です。

女房に言ったら
「石油ストーブなんて、その美容院は町のちいちゃな美容院やわ、今どきはエアコンしかないよ」
というが、我が家も暖房は石油ストーブだ。

そして彼女美容院を出た後フラフラして、おまけに嘔吐したそうです。
家で休んでいても気分がよくならないので病院へ行ったら「一酸化炭素中毒」といわれ酸素吸入を暫く受けたと言います。
幸い症状は軽いようだということで一安心。

聞いていた某女性が「その美容院、損害賠償してもらわんとあかんやん」と言いますが、近所の馴染みの美容院でしょうからそんなことも出来んだろと思う。

うん、私も注意せんといかんな、と思い当たる節もある。

骨粗しょう症

2007年04月04日 | Weblog
珍しく何年ぶりかでかつての会社の同僚から電話がかかってきた。
60歳で他界した共通の後輩に驚いたと言う内容だった。

同僚は66歳だが一度も結婚せず多分一生独身で終わるだろう男だ。

数年前に転んで手首を複雑骨折、更に転倒して胸の骨を2本骨折したそうだ。
数ヶ月入院したときに検査を受けて
「あなたの骨は100歳の人の骨と同じ状況です」
と立派な「骨粗しょう症」と宣告されたとか。

ここ数年で身長が10センチ弱も縮んだといっている。
「えっ、まさか」
と聞きなおしたが事実だそうだ。

背中の骨が崩れて数センチ縮み、姿勢が前かがみになってしまって胸も縮んでしまったと言う。
運動を、ただひたすら歩きなさいと指導されているそうだ。

65歳の峠を越えたから暫くは大丈夫、とのんきなことを言っている。
会社にいた頃良く話題になっていた。
「うちの会社を退職したら65歳まで生きる人は少ない」
と言われていた。

彼は白いポロシャツが好きで、時々まとめ買いをするのだそうだ。
先日も5枚買うとき、
「待てよ、5枚も買っても無駄になるかもしれない」
と一瞬考えたそうだ。
1枚1万円のポロシャツだそうだ。
「そうだろ、そうだろ、勝手にしろよ」
と思う。