ドラクエ9☆天使ツアーズ

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賢者の砦(攻)

2014年04月03日 | ツアーズ SS

甲板にでると、そこには気持ちいい風が吹いていた。

 

慣れないうちは不快でしかなかった潮の匂いも波の動きも、今では体になじみつつある。

快適というほどではないが、そういうものだと気にせずにいられるほどになった。

いやいや人は、成長するものである。

 

そんな会話を先日ヒロと交わしていたミカが、甲板に上がるよう促した。

逆らえないままミカに従って甲板に出たミオは、普段みんなが椅子代わりに使っている木箱を、

これまた言われるがままに配置した。

それで舞台が整ったのか、さて、と改まり、何が始まるのかと思いきや、

「敵に退治した時の陣形の基本は、こう」

と、目の前のマストを敵にみたて、ミオをかばうように立つミカが、振り返って口を開く。

では、そこから離れて二つ並んだ木箱は、ヒロとウイなのだろうと理解し、

確かにそれはいつも言われている通りの陣形であったので、ミオは素直に頷いた。

「はい」

「後衛の回復役に一番大切なことは何か解るか」

これまた唐突に聞かれ、何かの試験が始まったようだ、と頭が真っ白になる。

それを見て、ミカが少し考えるように目線をそらせ、再びミオを見る。

「お前がいつも戦闘中に心がけていることで良い」

「あ、えーと、みんなの補助、です」

「一番大事なことは」

大事なこと。何よりも、それをしなくてはいけないことは。

「みんなを、死なせないことです」

ミオにとってそれだけは絶対の覚悟、だったが、ミカは「それが違う」と言った。

違う?

「一番大事なことは、お前自身が死なないことだ」

その言葉は、なぜか他人事のように思えた。

確かに唯一の回復魔法をもつミオがいなければ戦闘は立ち行かないだろう。それはわかる。

理解していると思う。だが、皆を死なせない事と自分が死なない事の重要性は

同一線上にないような気がする。

なぜなら、自分はいつもミカを始め、皆に守ってもらう立場にあるから。

それをどう返せばいいか解らなくて言葉が出ない。ミカが何を言いたいのかも解らなかった。

が、構わずにミカが続けた。

「戦闘において、お前がいつまでも自信を持てないのはそのせいだと思う」

「え?」

俺もさっき気がついたんだが、とミカは手にした剣で、軽く床を突いた。

「賢者の砦。自分の手順が正しいかどうか分からないって言っただろ」

「あ、はい」

「これは、その定石の話だ」

 

 

 

「戦闘において自身が真っ先に倒れる回復役などありえない」

「はい、わかります」

「うん、だから回復役は前衛を盾にする」

回復役にミオを、前衛に自分を指さして、敵にみたてたマストを指さすミカが無言で確認してくる。

それも、いつもミカに念を押されている陣形だ、と思いただ頷くと、さらに続ける。

「強敵になると、盾役は俺一人の手に余る。当然、ヒロもお前の盾として動く」

遠く離れた場所にある木箱を指され、そこへ移動しろということか、と戸惑えば

動かなくていい、と制された。

「お前の第一の盾は俺だ。軸をずらすな。…そうじゃなくて」

盾役は自ら標的になるために動く。

回復役を狙われないために、前衛が突撃する。派手に動いて敵の目をそらす。

それが盾だ。当然、消耗するし疲労もする、怪我も負うだろう。倒れることもある。

「が、お前はそれを良しとしなければならない」

そう言われて、思わず言葉を失う。

「え…、あ…、あの」

ミオにとってそれは考えたこともない選択だ。

「いや、なにも回復せずにほっとけ、って言ってるわけじゃねえよ」

そういう盾の役割を理解しろ、っていう話だ。

そう言ったミカが、腕を組む。

「た、盾の、役割?」

盾役がやられるのは必然の戦略であり、囮であり、壁である。

その影に身を潜め、敵にそれと悟らせないように回復魔法を唱えることが回復役の使命だ。

時には犠牲を出してでも最小限の被害で食い止めるための術。そのために。

「お前は戦況に応じて、俺という固定の盾と、ヒロという自在の盾を」

すらり、と剣を抜いてマストに向かって構えるミカの、いつになく静かな声。

「使いこなさなくてはならない」

それがお前にかけているものだ、と言われているかのようにミオの心に突き刺さる。

 

 

 

盾は己を守るもの。

その為に在る。

「今、敵と対峙しているのは俺だ。攻撃も俺一人で受ける。お前は回復魔法を唱えるな?」

「あ、はい」

「敵は回復役がいることに気づいて標的をお前に変える」

「えっと、軸、をずらさない、で」

「そう、下がる。その隙にヒロが出る。あるいはウイの方が早いかもしれない」

前後したとしても標的がミオから逸れるまで、この二人は全力でたたきに行く。

「この時点でお前が守るべき対象は、ウイだ」

なぜだか解るか、と背中越しに問われ、離れた場所にある二つの木箱を見る。

そこにいるのは、ヒロとウイ。ヒロはいつもウイを背にし、かばうようにして戦う。

魔法の詠唱を中断されないように、そして詠唱で完全に無防備になるのを守るように。

それは。

「ヒロくんが、盾、だから?」

「そうだ」

回復魔法はヒロにこそ必要に思えて、そうではないのだ、とミカが諭すように木箱を指す。

「ヒロは盾役として頑丈だが、ウイは一撃で沈む可能性が高い。そのくせ火力はでかい」

敵にとって攻撃面で手ごわく、防御面で隙だらけの存在は格好の餌食になる。

そのためにヒロはウイのそばにいるが、そのヒロを頼るのはウイではない。ミオだ。

ヒロの状態を見極め、盾として機能するかどうかを判断し、回復魔法はウイのために使う。

「ウイを守るためにヒロが盾になるなら俺が標的として囮になれる火力を出す」

ウイとヒロの状況が予断を許さないほど切羽詰まっているなら、敢えて回復役自らが犠牲となり、

敵の目を引き付ける方法も早い。

「私が標的になる場合は、ミカさんが盾になれるかどうか考えるんですね」

「そういうことだ」

二つの盾を、使いこなす。

ミカとヒロを盾にし自分が安全な位置にいることこそが、勝利のための最善の策。

「今までは、俺がその流れを読んで、後ろにいるお前に支持を出していたわけだが」

と、ミカが剣を鞘に納めて振り返る。

「それが、お前の知りたがってた定石、じゃないのか」

そういわれて初めて、ミオは、ミカが自分をここまで連れてきた意味を知った。

自信がなくて、となぜかこぼれた本音を、盤上ではなく、疑似の遊戯でもなく、実際の、

ミオの実際の問題として扱い、それに応えてくれたのだと解った。

「は、はい」

「が、あくまでもこれは俺が近衛として所属する前の兵団で叩き込まれた野外戦闘の基礎だ」

だからどこででも通用するものでもないらしい、といったミカが、軽くため息をつく。

「え?」

「事実、ヒロとウイには全く通用しなかったからな」

「え、ええ?」

「あいつらには教えたんだ、初めに、てんで戦闘がなってなかった頃に」

そう言ったミカは、苦々しい思い出でもあるのか、当時の二人の様子を話してくれた。

「うへー盾とかめんどくせー!状況判断でどっちでもこなせるほうが効率的じゃねえ?」

「あーもー!そんな小難しいこと戦闘中にいちいち考えてらんないよ!!」

そんな反発を散々聞かされて、もういい好きにしろ!と投げたのだという。

実際好きにさせると、めちゃくちゃなのだが、次第にミカの動きをみて学習するようになり、

ミオを入れた4人パーティになってからはミカに支持されているミオの動きも考慮して、

今では戦術もなにも組み立てる必要もないくらいだ、と付け足した。

「あ…」

「だから、今言った定石の話は兵士として訓練された奴にしか通用しないのかと思ってたからな」

お前には教えなかった、とミカはミオを見た。

「悪かったな、今まで」

その謝罪は、とても心が苦しかった。

 

 

 

「俺がもっと早く気づいていれば、お前の成長も熟練も違ったかもしれない」

自信がないと委縮させ、向上をさまたげていた原因を作ってしまった、とミカが詫びてくれる。

だがミオにはミカを、どうしてもそんな風には思えなかった。

「で、でも、あの、私、前衛とか後衛とか…役割を考えたこともなかったし」

そうだ、ただ皆の邪魔をしないように、控えているだけでよかった。

それ以上のことは、ミカが、時にはヒロが、的確な指示をくれたから窮地に陥ったこともない。

二人はすごいのだと思った。

そしてその二人と滞りなく通じ合っているように動くウイもまた、戦闘に優れていて…

自分がそこに並んでいることは想像できなかったから。

「だから、あの、私、私が勝手に思ってただけで、だからミカさんのせいじゃないと、…思います」

何を言いたいのか解らなくなってしまったが、とにかくミカが悪者になるのは違うと言いたい。

必死でミカは関係ないを主張しているのだが、ミカはますます険しい表情になっていく。

(あれ?どうしよう、なにか間違ってる?)

ミオは弱り果てる。

どう頑張っても自分にはミカを説得できる気がしない。そもそもどうして説得したいのかも

解らなくなってきた。

「あのー、そのう…」

腕を組んだまま、しばらくミオの様子をみていたミカが、苛立ったようなため息を一つ。

これは怖い。

最近はあまり怖くないなと思っているミカのことだが、時々、こうして怖気づくほどの気配を見せる。

逃げ出したくなる。いや、逃げるともっと怖そうなので、なんとかその場に踏みとどまったものの。

「お前がわざわざ主張したいことの意義がわからない」

と、組んでいた腕を腰に置いたミカが無感動に言い放つ。

「お前の意識改革にある問題を提起した、その原因を突きつめて俺自身が間違いを認めた、で」

「は、はい?」

「あとはこれを是正するだけだが、なぜそこに異を唱える必要がある?」

「ぜ、ぜせい?」

「いつまでも俺にあーしろこーしろ言われてる方がいいのか」

「え?良い、っていうか」

ミオとしてはミカに全てを任せているほうが皆のためになるだろうと思っていたのだが、

これはそういう流れではない。

このままではダメだ、ということに気がついたミカからの提言なのだから。

「あ、良くない、んです、よね」

しかし良くないことになると、ミカの非を認めてしまうことになる。それはどうだろう。

自分が成長しない、自信が持てない、そういう短所を果たしてミカの責任にしていいものだろうか。

「あのあの、良くないっていうか、良くないのはミカさんが良くないっていうせいじゃなくって」

「だから!」

「はいいい!!」

「俺のことはこの際ほっとけ!お前自身が戦闘において自分の役割をどうしたいかだ!」

「ええ?!えっと、えっと」

「このままでいいのか!?」

その質問は質問の形をしてはいたが、たとえ良くても良いとは言わせないほどの圧力。

「よよよ良くないです!」

ほぼ恐怖でいいなりになってるとしか思えない返答ではあったが、ミカは満足したらしい。

「うん、じゃあ明日から理論の方を叩き込むからな」

「はい?」

勢いで答えてしまったものの状況がよく飲み込めない。

「あの、理論って…、勉強、ですか?」

「お前は多分、理論型だ」

と、ここまで無感動に突っ立っていただけのミカが、がくりと項垂れ、再びため息。

今度は先ほどとは違って恐ろしくはない方の。疲れたように、長々と吐いて、そばの木箱に腰を下ろす。

「なんでお前もヒロも自分が悪い自分が悪いで話まぜかえすんだよ、進まねえだろちっとも」

「ま、まま、まぜかえしてるつもりでは…」

「そんなに他人を悪者にするのが怖いのかよ」

「それは…」

怖いな、と思う。意見が食い違うことも、言い争うことも、そして相手の非を暴くことも怖いのだ。

「せめて相手が非を認めてる時くらいは受け入れろよ」

真実がゆがむ、と言われて、顔を上げる。

ミカは困ったようにミオ見る。

「俺だって、自分が一から百まで正しいことをできてるとは思ってない」

間違いはある、と言って、それが戦闘においてもだ、と付け加えた。

その言葉にミオは胸を突かれた気がした。

「俺の判断だけでお前に指示を飛ばしても、それが最善の策だとは限らない」

 

 

 

それは戦闘中の全ての責任をミカが肩代わりしていてくれたのだと思った。

陣形の要である回復役のミオが一人でこなせないことを、ミカに押しつけた。

ミカは一人で二人分の仕事をしていたわけだ。

「あの、私…、今まで本当に何も考えてなくて」

申し訳ないと思う。

それをどう詫びればいいだろう。と、身がすくむ。顔があげられない。それを。

「だから、話を交ぜ返すな、って言っただろう」

俺は詫びたがお前に詫びてもらいたいとは砂粒の先ほども思っちゃいねえ、と言い、

お前に対して悪かったと言っただけで、俺自身は何の問題もないね、と続けて

「だいたいお前に回復任せとくと苛々したからな」

と断言されては、言葉もない。

「精神衛生上、俺が俺のためにやったことであってお前に謝られても何のことやらだぜ」

とわざとらしい乱暴な投げやり口調で言ったあと、前を向け、とミカが言う。

前を?

勇気を出してミオが顔をあげれば、ミカは普段と変わらずそこにいる。

何を見ろと言われたのかが解らなくて呆けていると、ミカが立ちあがった。

「前だ、前。この先。間違いを認めて、それを正す。正した、その先のことだ」

そうして、剣の先で、前方にある木箱を指す。

「お前がこれから戦闘の理念を習得して、俺の手を離れたら、俺はお前の盾を降りる」

そうしてウイの盾になる、と、ウイがいるはずの場所まで歩いていく。

一人その場に取り残されたミオは、どうして良いかわからない。

それを。

「不安に思うか?俺がここにくることで、お前は3つの盾を手に入れたことになる」

それは、ウイも盾にするということだろうか?

ミオの無言の問いに、ミカがにやり、と笑った。

「俺と、ヒロとが自在に動く盾、そしてお前自身が固定の盾だ」

「私?」

「これで3つの盾が機能する。攻撃魔法が最大限の火力を発揮できる」

このパーティの戦闘力は爆発的に上がる、そう言ったミカが、どうだ?と問う。

どうだ?知りたくないか?この先にある、未来を。

それは、ミオの覚悟ひとつでつかめる力。

もう、太刀打ちできない悲劇に屈することのないように、残酷な世界を嘆かなくてもいいように。

前を見る。

 

 

 

「もーお話おわった?」

と、いつの間にか戻ってきていたウイが、背後から声をかけてきてミオは驚いた。

甲板の手すりにヒロと並んで腰かけている。

「え?え?」

全く気配を感じなかったのでミオは心底驚いたが、ミカは慣れている、とでも言うように

「おせえ!」

とだけ言った。

それに悪びれることもなく、ヒロが笑う。

「いや、ちょっと前に戻ってたんだけど、なんかミカが奮闘してたから」

「手助けしちゃ悪いかと思って」

と後を続けたウイが、ヒロと顔をあわせて、ねー♪、なんて返している。

「うるせえ、さっさと介入しろ、そういう時は!」

なんて勝手なことをいうミカに笑って、二人が身軽に駆けよってくる。

「何々、陣形の話?なんでこんな天気のいい日にそんな堅苦しい話してんの?」

「…天気は関係ないだろ」

「すがすがしさぶち壊しだよねえ」

ほらーミオちゃん固まっちゃってるし、とウイがやんわり非難めいたセリフをミカに聞かせながら、

ミオの両手をとると、はい背伸びの運動~、と上に引っ張り上げる。

それにつられながら体がほぐされていくのと同時に、知らず緊張も解けていく。

「堅苦しいのもほどほどにねっ」

とそのまま楽しそうに両手を揺らされ、ウイと二人じゃれあっているような形になり。

それを見てヒロが荷物を肩からおろし、ミカの隣の木箱に置く。

「ミオちゃん、ミカのお世話、お疲れ!」

おかげで収穫ばっちり!と、ヒロなりの感謝のしるしか、ミオに親指をたてて突きだす。

それを受け止めたのはミオとミカ。

「い、いえ、あの、はい」

「お世話?」

後半はともかく、前半の声変えには何と答えたものやら、とあわてたミオに構わず、

ミカはヒロを見る。

ヒロはその怪訝な視線にも悪びれず、さらり、とミカに説明する。

「ミカ起きてくるの待ってたんだけどさ、昨日遅かったじゃん?だからこりゃ起きねえな、と思って」

「ミカちゃん一人船に置いとくのも可哀想だったし、ミオちゃんにお世話頼んでたんだよね」

ねー♪、と今度はウイがミオに同調を求めてくるので、は、はいー、とどうにか答える。

「お世話って…」

「昼飯までには戻れるって思ったけど、ミカ一人じゃ茶も飲めんだろ」

「そーそー、おひる食べようよ!美味しそーな果物見つけたんだ」

ウイがミオを促し、ヒロがミカを手招いてから、船室へと足を向ける。

なんとなくそれに従い、4人で食堂へと向かう道すがら。

ミカがいきなり、きれた。

「お前そうならそうで先に言えよ!余計な気ぃまわしちまったじゃねーか!」

「はあ?!」

「なになにっ、どうしたのっ」

「えっ、ええ?」

三者三様の反応を見せたものの、ミカがいう‘お前’はどうやら、ミオを指しているらしい。

「す、すみませんすみませんっ」

何を怒られているのかわからなかったが、とりあえず謝っておいた。

やっと、日常に戻った気がした。

 

 

 

その後、昼食をとりながらミカとミオから事の顛末を聞いた二人は、大いにうけた。

「そりゃーミオちゃんに構って攻撃されたら全力でかまっちゃうよね」

「そのくせ縄張りから一歩も出ないで上から目線で構うのがミカだよな」

ミカは大いに不服そうだったが、まーまーそのおかげで成果があったんでしょ、と

ウイになだめられている。

「いいねえ、新しい陣形。俺もちょっと強力な武器できそうで試したかったんだよな」

棍と杖なんだけどさ、とヒロがミカに提案をする。

まだ制覇してない強力な地図があったよね、とウイも加わる。

それを見守るだけのミオは。

そうか、と気づく。

この3人の盾になれるのだ。

正しく、過たず、最善の手を尽くすことで切り開いていく道がある。

そのためにミオが果たさなくてはならない盾の役割は、攻めだ。

そう頭の中に閃いたと同時に、「攻めてこい」と言ったミカの声が重なる。

前を見る。

この先、それを超えたもっとずっと先。

理想を追う、その後に続く道を定石と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

いやーまだ後日談もあるよー

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