ドラクエ9☆天使ツアーズ

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春野の緑

2013年04月26日 | ツアーズ SS

モエギは、故郷を離れてから久方ぶりに再会した幼馴染に、こう言った。

 

「彼は、ヒロの手に負えるような人物じゃないと思うよ」

 

この言葉を聞いたときの、幼馴染の顔は、なぜかよく思い出せない。

それでも、自分は間違ったことは言っていない、と今でも確信している。

 

『彼』とは、名を、ミカヅキという。

モエギにとって、義理の従弟であり、寄宿学校時代の同級生であり、近衛師団所属の同僚だった。

だが、そんな形式上の肩書などは実はどうでもいい。

もっと適切に、彼を表現する故事がある。

 

目の上のたんこぶ

 

(…だよな)

と、昔の人の言いえて妙に感心する。

何かにつけて目障りで、しかし気にするわけにもいかず、その存在だけで己の視野が鈍る。

モエギがどの立ち位置に陣取ろうとも、必ず、その存在感を見せつけられる。

圧倒的に優位で、非の打ちどころがなく、こちらを一顧だにしない。

そんな彼が、近衛から姿を消したかと思えば、思いがけず舞い戻ってきた。

ありがたくないことに更に肩書を増やし、「幼馴染の友人」として。

 

(冗談じゃない)

 

まったく、冗談ではすまされない。

遠く離れた故郷、今では思慕の念を抱くしかない遠い記憶、その中にまで、彼の影が付きまとうのか。

こうなるともはや、呪われている、としか思えない。

何に?

彼に?

 

(ばかばかしい)

 

それは判っている。

判っているが、この嫌がらせのような運命の結びつきはどうだ。

 

(呪いたいのは、こっちのほうだ)

 

思えば、ここ最近ミカヅキのいない近衛での任務は平和そのものであり、モエギの平穏だった。

他の同僚がどうあれ、ミカヅキ一人がいないというだけで、心晴れやかに過ごしていた。

そう、モエギにとって、同僚からの嫌がらせや侮蔑、嘲りといったものは些細なことだ。

平民から貴族の養子になった自分には、もともと、「貴族とはそういうモノだ」、という諦観がある。

 

美しいもので着飾っている本性は醜く、傲慢で金の亡者、平民を見下し、虐げることに愉悦する。

 

それが、幼少よりモエギが接し、独自に学習してきた貴族や金持ち連中に対する、認識。

だから、当然予想していた通りの行動をされても、やっぱりね、という当然の思いしかないために、

同級生や同僚の態度は理解できるし、自衛も可能というものだ。

 

(だからこそ、彼は異質だった)

 

彼、ミカヅキは、モエギを軽視するでもなく、己の優越に阿るわけでもなく、…かといって、誠意や同情の欠片もない。

学生時代からずっと一貫したミカヅキの態度は、モエギにとって理解の範疇を超えている。

 

(いや、解釈だけなら、どんな風にもとれる、けど)

 

モエギが初めてミカヅキに紹介されたのは、寄宿学校へ入るひと月ほど前。

正式に養子になり、行儀作法や学力、社交術など、およそ貴族の子弟として必要な教育を一通り叩き込まれ、

伯爵家の人脈筋に、モエギ・ルガナとして、お披露目されている時期だった。

 

「同じ年ごろの子がいるから、仲良くしてもらいなさい」

 

そう言われて連れて行かれた屋敷は、今までとはるかに格が違っていた。

それまで、お披露目という名目で多くの屋敷を訪い、さまざまな人々に紹介された。

もちろん、そこには子供たちも多くいたが、義父が「仲良くしてもらいなさい」とわざわざ言い置いたのは、

この屋敷だけだった。

だからこそ緊張したし、他の子供たちの「貴族っぷり」に辟易していたものとは違うものを感じていた。

 

(あの時の自分は、甘かった)

 

そうだ、あれは、良く言えば、「期待して」いた。

義父の言葉にか、その屋敷の中にある言い知れない空気感にか、判らないけれど。

悪く言えば、「呑まれて」いたのかもしれない。

 

社交界デビュー前の自分たちは、侯爵家のお茶会の席に招かれた。

その時点で、<義父の弟はこの家に婿入りした>という情報が、モエギの中にすでにあった。

だから、この目の前にいる子供は、つまり、自分の「従弟」なのだ。

 

(従弟、か)

 

まだこの頃のモエギは、貴族社会の知識はあっても実体験は皆無だ。

だから、従弟といえば、自分の生まれ育った村の感覚で受け止めてしまったのも、無理はない。

従弟どころか、近所の子供たちにも垣根はない。どこの家の子も村の子であり、家族は村の家族だった。

その感覚を持ちえない”侯爵家のご子息”は、モエギをどう認識したのか。

 

「貴族の仲間入りをして、浮ついた気分でいるのなら、帰れ」

 

いきなり、そう言い放った。

子供同士で庭でも散策してきなさい、と、茶会の席から外れ、二人きりになった時だ。

「大人の目があると親しくもできないだろう」との老侯爵の計らいだったが、それを逆手にとったかのような言動。

 

(いや、大人がいようといまいと)

 

ミカヅキは言っただろう。長く付き合ってきた今なら、そう思える。

…だが、それもモエギの認識違いか。

やはり、大人の目が失せることを待って、そう言ったのか。もう、どちらでも構わないことだが。

 

(好意的に解釈するなら)

 

モエギにだけ、聞かせたかったということなら、あの辛辣さも理解できる。

モエギの立場を、慮ってくれていたのではないか。

 

(…それは、好意的すぎるか)

 

モエギが民間から養子入りしたという話は、社交界のうわさ好きによって、すでに浸透している。

表向きはそれをおくびにも出さず、しかし裏ではまことしやかに憶測が飛び交う。

それをミカヅキは、子供らしくない聡明さで、子供独特の純粋さで、真っ向から切り込んできた。

「貴族社会は、お前たちが思ってるような綺麗な世界じゃない。華やかで輝かしいと思ってるなら大間違いだ」

と、その貴族社会の頂点にいるはずのミカヅキが、その世界を一蹴する。

 

好意的に解釈するなら、”一生をかけて贅沢をしても余りある大金を手にして浮かれている子供”、に

そうではないことを、ありがたくもわざわざ釘をさしてくれたのだろう。 

豪奢で絢爛、金銀財宝がうずたかく積まれれば積まれるほど、人間の醜さを覆い隠している。

社交界も美しい紗幕をめくれば、血みどろの争いでしかない事を。

そうして、見た目とは違う世界であることを言い聞かせるだけでは済まずに。

 

「お前は、ただの捨て駒にされるために、養子になったんだ」

 

と、一切こちらを顧みることのない残酷さで、それを言った。

念を入れて好意的に解釈すれば、ミカヅキもまだ子供で、心情を思いやる余裕はなかったのかもしれない。 

だが、こちらも子供だ。当然、ミカヅキの真意に思いを寄せる余裕などない。

 

歯に衣着せぬ物言い、とやらに完全に、頭に血が上った。

 

<そんなこと>も理解できずに、「民間出の嘘貴族~」、と後ろ指をさす本物の貴族の子弟たちに会見した時よりも

彼に、「そんなことも理解できない子供」と、思われていることのほうが、腹立たしかった。

それは、ミカヅキがただ一人、この養子劇の本質を見抜いている子供だったから。

 

(多分、俺は彼に、同等だと、認めてもらいたかったんだろう)

 

今なら、あの時の自分の憤りを理解することができる。

だが、あの頃の自分は、まだ貴族社会に飛び込んだばかりで、常に肩肘を張っていた。

自分を小馬鹿にする子供たちと同様に、ミカヅキも、自分を馬鹿にしているのだろうと、思ってしまった。

仲良くできるのかも、と薄い期待を抱いていたそれさえも、完全に拒絶されたと、思って、…傷ついた。

 

「そんなことくらい、判っている!」

 

感情に任せて、ただ叫んだ。

それまで貴族としての振る舞いを叩き込まれ、たまりにたまっていた鬱憤もすべてぶちまけた。

自分が、貴族になったのは、贅沢三昧の遊楽のためではない。

 

「お前らバカ貴族の大口にクソまみれの泥団子を詰め込んで、しょんべんひっかけてやるためだ!」

 

その他もろもろ、おそらくは聞くに堪えない暴言を勢い吐き続けて、覚悟しとけ!と、指を突き付けた。

それでも、ミカヅキは表情一つ変えず、じっとそれを聞いていた。

聞いて、もうモエギには吐きだす言葉がない、とふんで、そうか、と静かにいった。

 

「その覚悟があるなら、好きにしろ」

 

なんでてめえに偉そうにいわれなきゃならねーんだこの野郎!と、再び激昂しかけたとき。

いつの間にか背後にいた義父に、肩をひかれた。

 

「そのあたりでやめておきなさい」

 

その声だけで、肝が冷えた。

やった。やってしまった。自分は、最大の過ちを犯した。

仲良くしてもらいなさい、と敢えて言い含められていた相手に、罵詈雑言。何たる失態。

義父は、この自分をだしに、公爵家とさらなる縁を持とうと図っていたのではないのか?

 

そう思えば、この先どうあっても取り返しのつかない、愚行だ。

今まで、この義父から懲罰を受けたことはない。それはただ自分が過ちを犯してこなかったからだ。

そんな恐怖にとりつかれるだけの、物静かな声だった。

 

だが義父は、モエギの肩をやさしく抱き寄せた。そして、目の前の、もう一人の子供に笑顔を向ける。

「すまないね、子供は自分の誇りを傷つけられると、どうしても熱くなるものなんだよ」

その言葉は、明らかに、ミカヅキのほうを責めていた。

驚いて義父の様子をみあげたが、彼は目の前の子どもに集中している。それは、敵を認識している獣のように。

「まだ、君のように大人びた駆け引きは得意ではないんだ。ほどほどに手加減してくれないかい」

成り行きが、理解できなかった。

それは、まだ自分が子供だからか。

大人びた、と、義父がいうように、ミカヅキは自分よりずっと大人の考え方をするのか。

困惑するモエギを前に、不快な思いをさせたのなら謝るよ、と義父が代わりに頭を下げる。

それは違う、と判っていても動けなかった。

それほど、モエギの目の前での両者の対峙は、緊迫していた。

息が詰まるような沈黙があって。

 

「僕が不快なのは」

 

そうミカヅキが口を開いた。

まだ声変りもしていない幼さでありながら、感情を一切含まない声が、傲慢さを際立たせていた。

 

「あなたのいう<駆け引きのできない子供>に憎悪を植え付け、傀儡として送り込んでくる非道だ」

 

なるほど、ミカヅキの思考も言動も、子供のモエギには理解できない。それは認めよう。

だが、端から友好関係を築くつもりはなく、一切の交流を拒んでいるミカヅキの存在は、モエギの心に刃を突き立てた。

腹を探り合いながら手の内を見せず上辺だけは取り繕って交流を持つ人々の中にあって、

初めて遭遇したミカヅキの態度は、まだ社会経験の浅いモエギにとって、脅威として映った。

いや、なにより、義父をも蔑むかのようにあしらわれたことが、いっそう、衝撃だった。

 

だから、その一件で、一気にミカヅキが嫌いになった。

 

腹の立つ奴、から、死ぬほど嫌いな奴、へと塗り替えられた。

その記録は、年々塗り替えられているといってもいい。

今では、神の破滅と引き換えにしてもいいくらい嫌いな奴、である。

もっと臓腑をえぐるような表現はないものか、と一晩中辞書をめくっていたことすらある。

 

(確かに俺は子供だったな)

 

あの頃のことを思い返せば、もう冷静にそんなことを考えられるくらいにはなった。

ミカヅキの言葉は、正しい。

子供ながら、そこまで事象を正確に言い当てられていたことには脱帽だが、正しければ何を言ってもいい、と

いまだに信じて行動するところなどは、いつまで子供気分なんだよ、と呆れたりもするが。

 

あの日、帰りの馬車で、義父は、やっぱり散々な目にあったな、と苦笑してみせた。

…モエギの心配は杞憂だった。

 

彼の苦笑の意味を聞けば、義父の溺愛していた弟が、公爵家の一人娘と恋仲になったその頃から、

義父と、公爵家の一人娘とは、個人的レベルで、仲が冷え込んでいたらしい。

複雑な階級間の駆け引きはあれど、モエギが子供ながらに下世話な見方をすれば、単に、

「弟を奪うにっくき女」である。

 

「せっかく同じ寄宿学校へ行くのだから、私たちのそういった因縁とは別にお前たちは親交を温めればいいと思ったのだが」

まあ相手があの女の息子でははなから無理な話だったね!と、冗談めかして、事を収めてくれた。

そして。

「あの子を倒すなら徹底的にやりなさい!私の全財産をつぎこんでも良い!全力でいきなさい!」

と、後押しもされている。

そのくせ、義父はミカヅキがかわいいのだとも思う。最愛の弟の息子、でもあるわけだし。

多分、血のつながらない義理の息子であるモエギのことよりもずっと、近親だと思っているのだ。

 

(そういう複雑な心理も判るようにはなったんだけどな)

 

相変わらず、ミカヅキの行動は読めない。

師団長に「市井に出て揉まれてこい」という嫌味をつきつけられ、本当に休職届を出して行方をくらませた。

いつまでも戻ってこないミカヅキに、不審を察知し(そして暗に身の上を心配し)、義父が密偵を放った。

各地の情報を集められるだけ集めて判断すれば、最小の旅団で世界をめぐっているらしい。

 

言葉通り、市井に揉まれてちゃってんのかよ!!

 

馬鹿なんじゃないの、と思っていた矢先に、まさかの再会である。

市井に揉まれた結果なのか何なのか、本人は鍛錬の一環だ、とかなんとか吹いていたが

べらんめえ口調で羽目を外しまくっていた。

黙っていれば優美な貴公子であり、社交界では羨望の的である彼が、ただのヤンキー状態である。

 

「そんなことって有り得る?」

と聞けば、平然と返された。

「お前だって、平民口調を貴族口調に改めろ、って教育されたんじゃねーのかよ」

「それはまあそうなんだけど」

逆輸入、…というか、下位変換、…というか、上品なものがわざわざ下品なものになりすます意義ってなんだ?

そんなことをして、ミカヅキに一体なんの益があるというのか。そこが引っ掛かって、しつこく追及していると

「浮くんだからしょうがねえだろ!」

とキレられた。

 

それはそうだ。

酒場や市井で貴族そのものの態度では、周囲から浮きまくるだろう。

そこに対する気遣いくらいはあったらしい。

だが、今こうして城に戻った以上、貴族然として振舞ってくれないと、モエギの中の人物と一致しないのだが、

…それはどうでもいいらしい。

初めはそれなりに貴公子らしく努めていたものの、途中から面倒になったのか、モエギにはヤンキー状態を全開放してしまった。

そうなるともはや、「誰なんだ、これは…」という好奇心が勝ってしまい、ついモエギもしつこく後をついて回っていたが。

 

(こんなに彼と話をしたのは初めてだな)

 

初めてどころか、今まで過ごした何年間の総話量と比べても、この数時間のほうが、圧倒的に会話が多い。

それは、彼がちゃんと対話に応じてくれるからか。

応じてくれるのが珍しくて。

 

(俺が、話をしたい、と思ってしまったからか)

 

そう思い返していて、気づく。

ミカヅキは、変わった。

口調とか、態度とか、そういうものではなく。

 

(感情が、目に見えて判る)

 

無表情で何にも動じず、淡々と、ただ人形の仮面のように感情を見せないでいたミカヅキが。

盛大に怒鳴り、盛大に呆れ、盛大に嫌がってみせる。

自分との対話だけでそうなんだから、きっとあの仲間たちの前では、泣いたり笑ったりもするのだろう。

 

・・・怖っ

 

(いやいやいや無理無理!さすがにそこまでは許容できない!!)

ミカヅキの変化を受け入れられず、かといって無視することもできず…、ただもてあます。

なんだ、これではちっとも変わりがないではないか。

彼が変わっても、自分にとっては、何も変わりがない。むしろ悪い。

 

ミカヅキは、「1週間ほど帰れねえから」と、あの旅の仲間に言っていた。

帰るってなんだよ、と思う。

 

(君のいるべき場所は、こっちではないの?)

 

モエギが、こっちの世界にきて、何食わぬ顔をして溶け込んでいるようなフリをしているように

ミカヅキもまた、あっちの世界へ行って、まぎれて、そのもののようなフリをするつもりなのか。

馬鹿にしている。

貴族社会を悪しざまに言い放ったその態で、平民社会に希望を見てそちらへ行くというなら

お前こそ平民社会をなめるな、と言ってやりたい。

あの日辛辣に言い放ったミカヅキこそ、実は何もわかっていなかったのではないのか。

 

現に、ミカヅキは自分の素姓を、詳しく仲間に明かしてはいないようだった。

醜い争いの渦中にある己を隠して、その場に溶け込もうとしているなら、それだって逃避なのではないか。

だから、言った。

ミカヅキを、おそらく最大に信頼しているであろうはずの、仲間に。

そのうちの一人、自分の幼馴染に。

 

忠告と、ミカヅキへとわずかな意趣返しを込めて。

 

「彼は、ヒロの手に負えるような人物じゃないと思うよ」

どうして付き合っているの?と、二人きりになった時に、幼馴染の気安さを借りて口にした言葉は、

わずかに震えただろうか。

彼のいない間に、仲間の信頼を壊す言葉を口にする、その罪にわずかな良心が痛むのか。

まだ自分は卑劣になりきれない。

 

昔の自分を知っている、この幼馴染を前にしては。

 

そんな後悔が頭をよぎったが、ヒロは、何事もないように返した。

「うん、手に負えないのは、もー諦めてる。人の言うこととか聞かねーんだもん」

仕方ないからな、とわがままな子供を許すかのように、おおらかに笑って見せる。

それに虚をつかれ、やや気が抜けた。多分、自分の中にあった毒みたいなものと一緒に。

「…違うよ、そういうことじゃなくて」

身分だよ、身分!と、物解りが悪い子に諭すように、詰め寄って言い聞かせる。

「階級社会の事、話しただろう?本当に、マジでそうやって気安くして良い人じゃないから」

なんてのんきなんだろう。

いやまあ自分もこんなことになってなければ、貴族社会なんて想像もつかない世界のことなんて

どうでもいいや、と思っていたとは思うけれど。

あまりにも暢気すぎて、腹黒い話をするのがためらわれるな、と二の足を踏んで、ふと思いいたる。

 

まさか、ミカヅキも、そう、なのか?

 

彼も、この仲間たちの保身を考え、 危機から遠ざけておくように、黙しているというのか?

そう考え、いやいや、あのミカヅキが、いちいち真実を話すのに躊躇するか?と、即座に否定する。

そんなモエギの葛藤を知る由もないヒロが、少し考える風を見せ、ややまじめな表情を見せた。

「ミカが俺たちの知らない所で何してるか、とか、どんな風に言われてるか、とかさ」

どうでもいいんだよな、といわれて、絶句する。

それを見て、あわてて言い添えるヒロ。

「いや、もちろん、城の皆と仲良くしろよ、とか、周りの誤解はちゃんと解けよ、とか言いたいけどさ」

余計なお世話だ、とか言うじゃん?だから諦めてる、と言われては反論する気も起きない。

論点が微妙に違うのだが、それは正しても仕方ない気がしてきた、と諦めていると。

 

「ただ、俺はミカのこと、好きなんだよ」

 

と、何でもないことのように、さらりと言われて、一瞬その意味を測りかねてあっけにとられる。

「はあ?」

「…だから、付き合ってる」

「子供かッ!!」

 

ミカヅキの、周りを顧みない直球型の言動も、子供かよ!と毎度あきれ果てるしかないものだったが、

ここにも子供がいた!

大丈夫か、この一団!!

「なんだよっ、なんで付き合ってんの、とか聞いただろ」

「聞いたけどさ…」

「俺だけじゃないぞ、ウイとミオちゃんも絶対そう言うぞ?」

「ああー、うん、もういいよ、判ったよ」

何なんだ。

ただの仲よしこよしでのお遊戯か。それに入り浸ってミカヅキも腑抜けになったか。

それが、失望にも似た感情を伴っていて、モエギはわずかに動揺する。

 

(俺は、ミカヅキという人物にどうあってほしいんだろう)

 

彼という存在をもてあますことへの、苛立ち。

それを、きっとヒロには理解してもらえないだろう。

 

好きだから、一緒にいる。

そんな単純なことで、付き合う相手を選んでいたのは、もうどのくらい昔のことだろう。

どうあっても、取り戻せないような、そんな純粋な動機。

それを、こともなげに言ってしまえるヒロ。

「ミカも、モエのこと、わりと気にいってるんだと思うけどな」

「はあ?!何言ってんの?馬鹿なの?あれのどこをどうみれば好意的に見えるんだよ!?」

「んー、ミカと結構長いこと一緒にいた、っていう、俺の勘、かな」

「勘?!」

「ミカって、慣れると、わりと好き嫌いが判りやすいぞ?」

「ないない、ないね。100万ゴールド賭けても良い、それだけはない」

「よし!100万ゴールドもらった!!」

「…馬鹿なの?」

まあ見てろって、絶対だって、と簡単に請け負う。

 

(人の気も知らないで)

 

ああ、そうだ。

今でもはっきりと、あの日の出会いを思い出せるのは、きっと自分に問い続けているからだ。

 

あの日、大っきらいだ、と思わなければ、自分たちは手をとりあっていけたのか?

 

あの出会いを、間違えてさえいなければ、義父の言ったように、親交を温めたのではないか。

階級と家柄に支配され、それに個々で立ち向かっていくのではなく、互いを強力な支えとできたのではないか。

そして、実は、義父もそれを望んでいたのではないか。

 

それを確かめる勇気がない。

 

だから、繰り返し繰り返し、あの場面を思い出しては、胸につかえるものを見て見ぬふりをする。

腑抜けているのは、自分の方だ。

ミカヅキを責める資格などない。

 

もっと利口に振舞っていれば、自分が子供でさえなければ、ミカヅキを理解していれば…、そう思うことは、何の糧にもならない。

ならいっそ、そうであったら、という可能性に気づくことさえもない、愚かさでありたかった。

誰にも告白することのできない、重石。

 

(それを、軽々とヒロは)

 

「ミカってさ、だいたい何にしても直球じゃん?」

「…そうだね」

「付き合い方も、直球なんだって」

「それは、そうだろうね」

現に、自分とミカヅキとの関係は徹底的に隔絶している。それを、今更指摘されるまでもないのだが。

「俺の太鼓持ちなとことか八方美人なとことか、うぜえ!消えろ!胡散くせえ!とかズバズバ言うわけ」

「あ、ああ…そう…」

目に見えるようだ。

「落ち込んでると鬱陶しいって言うし、はしゃいでるとうるせえ静かにしろって怒るしな」

「…それでよく付き合っていこうって思えるね」

虐げられて喜んでしまうあれか。あれなのか、この幼馴染は。

と、やや心の中で距離を置いていると、いたってまじめに続けられた。

「それがさ、ミカはさ、俺のそういうとこはウザいけど、俺自身のことは嫌いじゃない、っていうわけだよ」

「はあ?!」

理解しがたい。

敢えて言おう。理解しがたい。矛盾するミカヅキも、それを良しとらえるヒロも、どっちもだ!

「欠点を欠点として認めつつ、受け入れてくれるっていう感じ」

「いや、そんな美化した話にされてもね…」

「心はせまいけど、懐は深いっつーか」

なんなんだ、それは。

「いいよ、もう。ますます、わけがわからないから」

「だからモエにも、ズケズケ言ってるけど、モエ自体の事はそんなに嫌ってないと思うけどな、っつー話」

「いや、無理があるだろ」

 

(軽々と)

 

「信じろって」

 

(信じられるわけがない)

 

「何しろミカには天使がついてる」

「あーはいはい」

「おかげで、海のような広い心と空のように果てしない忍耐力を手に入れたらしいし」

「誰が」

「ミカが」

「どんだけ矮小な海とどんだけ卑小な空だよ!!」

空と海に謝れ。

「そうやって、ミカにも話したらいいのに」

「ええ?」

「モエが思ってること、全部そのまんま、言ったら良いのに」

「…罵詈雑言の応酬にしかならないと思うけどね」

「いーんじゃね?それで。悪口の程度は最低だけど口が悪いとこは嫌いじゃない、とかいうぞ絶対」

「悪かったな、程度が低くて」

「だってそれがモエだし」

 

変わってなくて安心したんだ、とヒロが笑う。

 

「貴族社会がどんなところか判らないし、モエがどんな覚悟でそこに飛び込んだのかもわからないけど」

そこでどんな風に変わっていったとしても。

「弱い自分をがんばって強くしてるとことか、昔から変わってない」

「…それは、ほめてるようには聞こえないけど?」

「別にほめてないし」

ただ俺はモエのそういうとこが好きだからって事。と、こともなげに告げるけれど。

「ミカもそうだけど、モエともずっと付き合っていくよ俺」

そんな一言が、自分にとってどれだけ軽く、ヒロにとってどれだけ重いのか、互いに判りあえるはずもない。

「…そんな簡単に言われてもね」

それでも。

 

(信じられる言葉はある)

 

絆が、そう思わせる。

遠い昔、そうして手を取り合って走り、転げまわって遊んでいた。

好きな子どもたちで輪を作って、嫌いな子供達に立ち向かっていったりして、つながっていた自分たち。

あの頃の善と悪は、好きか、嫌いか、だった。

 

「簡単なことなんだけどなあ」

「俺は、君の大好きなミカヅキ殿と対立してますけど?いいんですか、それは」

「あ、大丈夫、和解してる未来しか見えない」

 

だから今からこつこつ100万ゴールド貯めておけよな、と念を押されて笑うしかない。

100万ゴールドなんて、もう、一瞬で右から左に動かせる世界にいるんだけどね。

言っても仕方のないことだ。

世界が違う。

 

それでも、ヒロは手を伸ばしてくれるのだろう。

世界は違っても、ためらいもなく、手を伸ばす。

理解し合えないからこそ、手を伸ばし繋がっていようとしなければ、何も始まらずに終わってしまう。

 

それは、ミカヅキと付き合うこととどう違うのか。

 

ヒロの手に負える人物じゃない。それは絶対、間違っていない。

事実、この世界にいるモエギにだって、たやすく思える相手ではない。気楽で暢気なヒロになら、なおさらだ。

それでも良い、とヒロは言う。

それでも、友達だ、と言うから。

 

自分には、それを否定できるものは、なにもない。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

あの日、できなかったことがある。

大嫌いだ、と思って、伸ばさなかった手は、まだ自分の中にある。

今更、この手を差し伸べたからといって、あの日のミカヅキがそれを受け入れるとは思わない。

ましてや、今のミカヅキにしたって、何をいわんや、であろう。

 

それでも、過去の過ちは、繰り返し繰り返し、思い出して自分を虐げるためにあるのではない。

 

だから、苦い思い出に、厚く土をかける。

その土が、ある時は不本意な涙に流され、ある時は渇きにひび割れても、絶やさず土をかける。

その根底にあるものが何だったか、判らなくなるくらい。

 

そうして時間をかけて積っていくそこから芽吹くそれを、未来と呼ぶ。

 

 

 

未来の自分のために取れる手段は、まだ、いくつもある。

 

 

 

 

 

 

 

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