子どものころ夏にはバスに乗ってよく本牧のプールにいった。
20年以上も経っていることと気づきあらためて思い出そうとしたが、
古ぼけたフィルムをみるようで記憶もあいまいだ・・・。
市営バスに乗って国道を走っていく。
街を抜けて、真夏の原っぱの中をただただ揺られていく。
ビニールのバッグを持って乗りこんでくる子どもたちは皆同じところへ
向かっているのだ。
「あれアメリカ人の家だよ」と誰かが言う。
遠くにある家はゆっくりと車窓を過ぎていく。
「本当だ、日本の家と違う気がする」と思う。
あまりにも長くだらだらと道がつづくのでいつも飽きる。
他の子たちのおしゃべりも少し静かになったころ、
プールの停留所に着く。
そこは横浜では当時は大きく立派な施設でいつもにぎわっていた。
遊んでいると誰かの投げたボールが飛んで来たり、
投げ返して「ありがとう」といわれたりした。
決まった時刻になると全員プールから上がるようにと放送があって、
休憩の時間をとらされた。
わたしたちは皆膝をかかえてプールサイドでじっと水の表面をみつめる。
背中がじりじりと焼けても日陰には行かなかった。
休憩の終わりを告げる合図とともに飛び込みたかったからだ。
子どもたちに見守られた無人のプールは不規則に光をゆらし、
たった10分を、待ちきれないほど長い時間に感じさせる。
「休憩ガ、オワリマシタ」という声が終わるか終わらないかのうちに
あちこちで祝砲のように水音が響く。
あの本牧の夏の光は、ぼんやりとして、もったりと包み込むようだった。
強烈な日差しの中で「ママ!」と呼ばれてはっと目がさめる白昼夢。
20年以上も経っていることと気づきあらためて思い出そうとしたが、
古ぼけたフィルムをみるようで記憶もあいまいだ・・・。
市営バスに乗って国道を走っていく。
街を抜けて、真夏の原っぱの中をただただ揺られていく。
ビニールのバッグを持って乗りこんでくる子どもたちは皆同じところへ
向かっているのだ。
「あれアメリカ人の家だよ」と誰かが言う。
遠くにある家はゆっくりと車窓を過ぎていく。
「本当だ、日本の家と違う気がする」と思う。
あまりにも長くだらだらと道がつづくのでいつも飽きる。
他の子たちのおしゃべりも少し静かになったころ、
プールの停留所に着く。
そこは横浜では当時は大きく立派な施設でいつもにぎわっていた。
遊んでいると誰かの投げたボールが飛んで来たり、
投げ返して「ありがとう」といわれたりした。
決まった時刻になると全員プールから上がるようにと放送があって、
休憩の時間をとらされた。
わたしたちは皆膝をかかえてプールサイドでじっと水の表面をみつめる。
背中がじりじりと焼けても日陰には行かなかった。
休憩の終わりを告げる合図とともに飛び込みたかったからだ。
子どもたちに見守られた無人のプールは不規則に光をゆらし、
たった10分を、待ちきれないほど長い時間に感じさせる。
「休憩ガ、オワリマシタ」という声が終わるか終わらないかのうちに
あちこちで祝砲のように水音が響く。
あの本牧の夏の光は、ぼんやりとして、もったりと包み込むようだった。
強烈な日差しの中で「ママ!」と呼ばれてはっと目がさめる白昼夢。