伊吹山には鬼が居る。
人はそれを高麗童子と呼んでいる。
高麗とは外つ国の事である。
うすく青い瞳を持ち、ちじれた髪は僅かに異種の血である茶色を呈していた。
其の容貌を垣間見た人は高麗童子と彼を呼んだ。
これが、大台ケ原から居を移した光来童子であるとは、知る人はいなかった。
「かなえ」
心に刻んだ思いのままを口に乗せると童子は空をあおいだ。
瞳は空の色を移したかと思うほどに青い。
双眸に浮かぶ一抹を孤独と呼ぶ。
葵い瞳が溶けおち、涙の雫も青いのではないかと思えさえする。
だが、童子は空に向かい手を差し延べた。
舞い落ちてくる伊勢の姫君の幻影をしっかりとつかみとるために。
「かなえ・・・」
何度、かなえを連れ去ろうと思った事であろう。
其のたび
(かなえを人として、いかせしめたい)
この楔が足をからめた。
父。如月童子は人と通じて自分をもうけた。
だが、其の裏側が思い当たるようになった。
如月とて人をして鬼の妻にしようとはかんがえだにしなかったはずである。
この地で生きる法が如月にすがるしかない、外つ国の女子を見つけたとき、
「この女をいかせしめるため」
と、己の言い訳がなりたった。
若き頃に外つ国の女子に出会った事も、如月の心に憧憬をつくらせ、
如月の目の前で行き倒れるしかない外つ国の女をすておくことができなかった。
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