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チョンミンは新婚の家を手に入れるために無理してローンを組んだ。会社から車で三十分ほど離れたところにある田園住宅を買った。同じタイプのタウンハウスが数十軒集まっている団地だった。「似すぎているじゃない。」妻の言葉にチョンミンは入口にユスラウメを植える計画だと言った。「料理を注文するたびに、こう言えるじゃない。庭にユスラウメがある家です。」その家にチョンミンは三年住んだ。離婚した時、家を売ろうと売りに出したけれど売れなかった。風が吹く日は近所の工場から変な臭いが漂った。家はチョンセ(借家人が家主に一時金を預けて家賃を払わないが、退去した時に一時金を家主が借家人に返す)にした。そしてチョンセでローンを返済した。チョンミンは再び会社の前にあるワンルームに引っ越した。息子が離婚をしたという事実を知った母親は家を売って伯母が住んでいる済州島に行った。済州島には引退後暮らそうと姉妹が買っておいた家があった。
チョンミンは課長になった。出張に行くことが頻繁になった。以前少し通っていた大学がある都市に行くこともあった。それでチョンミンは学校の前のベルリンという居酒屋がそのままあるか気になって行ってみた。居酒屋はなくなっていた。チョンミンは学校から自分と以前ミンジョンが下宿していた町の方に車を運転した。その一帯はアパート団地になっていた。交差点で信号を待っていてチョンミンはトッポッキの店を見た。お化け軽食屋。店の名前もそのままだった。チョンミンはトッポッキと天ぷらを一人前注文した。チョンミンと同じ年頃の男が働いていた。「主人が変わったようですね?」チョンミンが訊ねると、男が二十八年間同じ所で商売していると言った。そして台所の奥にある部屋に向かって叫んだ。「お母さん、出てきて。昔の常連さんが来たようだ。」中から小母さんが出てきた。寝ていたのか頭髪が片側に寄っていた。じゃ、友達ね、と言ってくれたその小母さんなのかよく思い出せなかった。小母さんがチョンミンの顔を見て首を傾げた。「以前車がここに突っ込んだことがあるでしょう?」チョンミンの言葉に小母さんは大きく手を叩いた。「もしかしたら?」「はい、その時車に轢かれたその男子学生です。」小母さんがチョンミンに近づいて両手で抱いた。「すっかり大きくなって、すっかり大きくなったね。よかった。」その日チョンミンだけが負傷したのではなかった。小母さんは肋骨を骨折し肺が傷ついた。小母さんは夫と離婚して息子を一人で育てていた。中学生の時は皿洗いや掃除をよくしてくれた善良な息子だったが、高校生になりぐれ始めた。そうして友達達とオートバイを盗んでつまずき少年院まで行った。「そんな時に私が怪我したので息子がしっかりしたんじゃないかしら。」その言葉にトッポッキの鉄板を杓子でかき回していた男が壁にかかった広告を指した。「僕です。今はトッポッキ達人になりました。」壁には、美味しい店を紹介するテレビ番組に出たという宣伝が貼ってあった。その言葉に店の外に立ってトッポッキを食べていた女子中高生がけなして叫んだ。「小父さん、少年院出身ですか?」「そうだ、だからトッポッキを残したらひどい目に遭うよ。」男の言葉に女子中高生が口をぶっと突き出した。「私がいつ残したことがありますか?」チョンミンは小母さんに、脊髄に傷を負ったので貧しい家から大学まで行くことができた父親の話を聞かせてあげた。「人生塞翁が馬だ。父親はいつもそう言いました。そうするとその言葉を立ち聞きした女子中高生がまた訊ねた。「塞翁が馬って何ですか?」チョンミンは鳥のように飛んで馬のように走れという意味なんだって、と嘘をついた。お化け軽食屋へ行ってきた後、チョンミンは偏頭痛が消えた。
新入社員の中で麺料理がとても好きでそれをウエブコミックで描いている友達がいた。正式な連載ではなくて挑戦漫画というコーナーに連載をしていた。その友達の漫画を見ようとサイトに入って、チョンミンは四角四角(ネモネモ)という名前の漫画家を見た。それをたどっていてチョンミンはその作家がミンジョンかもしれないと思った。主人公が歌うからだった。猿がお尻は赤い。赤ければスモモ、スモモは美味しい。そう歌った。チョンミンはその漫画にコメントをつけた。「お化け軽食屋はまだある。小母さんも相変わらず。」
ミンジョンは「私の食堂アルバイト記」という題名の漫画を描いた。誰かに見せたいという気持ちがあったのではなかった。はじめはノートに落書きするレベルだった。あたかも日記を書くように毎日毎日四角い枠を描いた。一日に四角い枠を四つだけ作ろう。そう思った。そうして何年か経ってミンジョンはウエブコミックを描くためにタブレットを買った。ノートに描いた絵をはじめの章からタブレットに描いた。そしてそれを挑戦漫画に載せた。誰が見るのか三つ四つのコメントが途切れずついた。そうしてある日四角い顔というIDを持った人が残したコメントを見た。ミンジョンは四角い顔にメモを送った。「チョンミンね。元気だった?二日後に返信が来た。「今週土曜日に会わない?」ミンジョンがチョンミンに会う場所を書いて送った。チョンミンとミンジョンが暮らす所の中間ぐらいにある食堂だったが、少し前にテレビに出て必ず一度行ってみなければとミンジョンがメモしておいた所だった。餃子鍋を売る店だった。料理を食べる前にミンジョンが写真を撮ると、チョンミンが変わったね、と言った。「何が?」ミンジョンが訊ねるとチョンミンが料理の写真のようなものを撮らなかったじゃないですか、と言った。「私がいつ?」「マグロの刺身を食べる時そうだった。」その言葉にミンジョンが頷いた。「そうだったね。ごめん。その時私、悪かった。」ミンジョンの言葉にチョンミンが頷いた。「ある程度は。」ミンジョンは母親が亡くなってしまった後、ノートに定規でまっすぐに四角い枠を描いたという話をした。ノート一ページに四角い枠を二つ描いた。ノートを広げると四つの四角い枠が見えるように。それを午前中ずっと眺めて昼食を食べた。そして午後になるとその四角い枠にそれぞれ別の自分の姿を描いてみた。「そうして分かった。私がどんなに間違って暮らしたのか。」それでミンジョンは四つの四角い枠の一つには必ず笑う顔を描こうと決心した。「そうして少しこうなった。」ミンジョンが笑った。
昼食を食べて出てくると、向かい側に総合運動場が見えた。そこに「第58回全国陸上大会」と記された旗がはためいていた。ミンジョンとチョンミンは車道を渡って運動場へ行った、観衆は何名もいなかった。ミンジョンとチョンミンは缶コーヒーを買って一番後ろの席に座った。ハードル競技が行われていた。選手達が出発線に立つたびにミンジョンとチョンミンは応援する選手を選んだ。そして一ゲームに千ウォンずつ賭けた。ミンジョンが五千ウォンを稼いだ。「もう一度生まれたらハードル選手になりたい。」チョンミンが言った。「怪我をした時ハードルを飛び越える夢を見たんだ。」ミンジョンはハードル選手が出てくる漫画を描いてあげると言った。主人公の名前はチョンミンだ。チョンミンが指きりで約束してくれと言って、ミンジョンが指切りした。ハードル競技が終わって二人は外へ出た。バス停の方へ歩きながらチョンミンが訊ねた。「僕達、葬儀場でまた会ったら付き合うことにしたのを忘れてなかった?」「忘れてなかった。」ミンジョンが答えた。バス停に来てもチョンミンは続けて歩いた。自分の家に行くバスはそこに止まらないと言って、ミンジョンも一緒に歩いた。交差点を過ぎて別の道に入った。そしてあるバス停に到着した。ミンジョンは路線図を調べてみた。幸い、家に行くバスが通る所だった。バス停に座ってバスが来るのを待った。「あなたは何番に乗らなければならないの?」ミンジョンは訊ねると、チョンミンが違うことを言った。「あそこを見て。」ミンジョンはチョンミンが指さす所を見た。向かい側が総合病院の後門だった。葬儀場が見えた。チョンミンが葬儀場のネオンサインを指しながら笑った。(終わり)