風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

鳥啼き魚の目は泪

2018年01月18日 | 「新エッセイ集2018」

 

毎日ぼくは、琵琶湖の水を飲んでいる。
といっても、湖水を掬って飲んでいるわけではない。
琵琶湖の水は、瀬田川から宇治川へ、そして淀川となって大阪湾に流れ込んでいる。その途中で取水され浄化されたものが、水道管を通ってわが家まで来る。それをぼくは蛇口から頂戴する。
ただの水道水を飲んでいるのだ。けれども時には、「ああ、琵琶湖の水を飲んでるんだなあ」と思うことがある。

遠くにある、とてつもなくでっかい水がめを想像する。
日本で最大の淡水湖、琵琶湖を取り囲む山々の風景を思いながら、山頭火のように「へうへうとして水を味はふ」。そのとき水はただの水ではなくなる。へうへうとして気分がいい。
水によって生かされているのは、ひとも魚も変わらないのだと思う。
琵琶湖に棲息する百種もの魚や貝と、ぼくは水を分け合って生きていることになる。魚たちが口に含み、吐き出した水をぼくは飲んでいる。水を飲むとき、ぼくは魚になつている。

湖水の魚になったぼくは、以前に読んだ新聞記事が気になってしまう。
琵琶湖で「大変なことが起きている」という、センセーショナルな記事だった。
琵琶湖固有の魚でハゼによく似たイサザという魚が、水深90mの湖底で腹を上にして死んでいるのを、水中ロボットカメラがとらえたという。約2kmにわたって2千匹余りの死骸が映っていたらしい。
琵琶湖の環境を監視する研究員は、「死因は酸欠だ」と直感したという。

「琵琶湖の深呼吸」という言葉があるらしい。
「琵琶湖では、冬場の寒さで、酸素が豊富な表層水が冷やされる。冷えて比重を増した水は湖底に向かって下降し、反対に深層部の水が上昇する」。
この循環が、湖水に酸素を行き渡らせる。表層の水温が下がらないと、循環が弱まって湖は窒息する。
琵琶湖は20年間で平均水温が2℃も上昇したという。湖水が温められることによって、琵琶湖は魚とともに、目に見えない底の方から死んでいく。
そんなことを知ったあとで、今日の水は心なしか少ししょっぱい。魚たちの涙が混じっているのかもしれなかった。

   「行く春や鳥啼き魚の目は泪」(松尾芭蕉『奥の細道』より)

 


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