風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

なみだは小さな海だった

2016年05月07日 | 「新詩集2016」

  コップ

夜中にひとり
コップの水を飲むとき
背中で
くらい海がかたむく

すぎた夏は
濾過されて透きとおっている
貝殻をひろい
小魚をすくう
たくさんの手がおよぐ
あれから

太陽の影を追った
あの海を
まだ飲み干していない

*

  水の時間

洗面器の水に
指を浸す
わたし達の海はこんなに小さい
手と手が触れ合える
ささやかな暮らしでよかったね

ときどきは
窓のそとで水音がする
あれはイルカ
あれはシャチ
わたし達の赤ちゃんも
いま広い海を泳いでいる
青い水のなかを
水よりも青く泳いでいる

夜になると
わたし達も泳ぐまねをして
小さな赤ちゃんに
会いにゆく

*

  しおざい

魚を丸ごと
皮も内臓もぜんぶ食べた
それは
ゆうべのことだ

目覚めると
私の骨が泳いでいる
なんたるこった
私を食べてしまったのは私だろうか
どこをどうやって
いままで
生き延びてきたんだろう

外では騒がしい音がしている
もう誰かが
朝の骨をかき集めている

*

  ディープブルー

どおんと
山を越えてくるものがある
大きな黒い影の下で
ひとはそのとき
ディープブルーに染まる

それは空の鯨
なだらかに背から尾鰭へ
澄みきった真昼の夢をよぎる
その吐息のようなものに
ひとの手はとどかない

どおんと鯨が
ふたたび山を越えるとき
空はなだらかに傾いて
ひとは知る
山の向うにもきっと
ディープブルーの海があると

*

  ラ・メール

…海までは石畳の道で
昼からは潮風があがってきます…
細い指で文字をおくる

どうしても鉄棒ができなかった
空を引き寄せようと
じっと見上げていた午後
空は高すぎた

つかもうとしてもつかめない
手のひらの言葉たち
どの言葉にも
おもさがあるみたいだった

…もはや夏色の海です…
石畳の道をおりてゆく
大きく海原がせり上がってきて
手にもった貝がらが
青く染まる

*

  背中の海

遠くて暗い
背中の海で泳ぐひとがいる

しずかな潮がつぶやいている
わたしたち
泡ぶくだったのね
小さな水とたわむれて
ずっとむかし生まれたのね

あなたの手が水をつかむ
あなたの脚が水を突きはなす
その水のすべてを
わたしたち愛したのね

ふりむくと
ずっと向こうの
そのまた
ずっと向こうに
もうひとつの海がある







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2 コメント

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はじめまして (流生)
2016-05-12 07:50:03
はじめまして。

気がつくと
ブロ友さんから飛んできていました。
素敵な詩集に出会いました。

読者登録させて頂きました。
どうぞよろしくお願いします。 羽。
返信する
ありがとうございます (yo-yo)
2016-05-12 11:32:36
読者登録、ありがとうございました。
励みになります。

新しい交信が始まることを嬉しく思っております。
よろしくお願いいたします。

返信する

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