いつだったかの年末に、明石の魚の棚商店街という所に立ち寄ったことがある。地元では「うおんたな」と呼ばれていて、アーケードがたくさんの大漁旗で賑わっていた。近くの漁港から水揚げされたタコやシャコ、タチウオをはじめ、魚介類が生きたまま売られていた。
本州と淡路島がいちばん接近している明石海峡は、潮の流れが速く魚の身がよくしまっていて美味しいという。とくに明石のタコは、関西ではブランドものになっている。
せっかく明石にまで来たのだから、タコ焼き、いや明石焼きのタコぐらいは味わって帰りたかった。明石では、明石焼きとかタマゴ焼きとか言われて、大阪のタコ焼きとはすこしちがう。
私も本場の明石焼きは初めて食べる。明石焼き専門の店が70店ほどもあるそうで、いたるところタコの看板があがっている。焼き方や食べ方も店によって多少ちがうらしいが、どうせ初体験なので適当な店に飛び込んだ。
まな板に似たあげ板という木の台に、15個きちんと並んだ熱々の明石焼きが運ばれてきた。すこしひしゃげた形がいかにも柔らかそうだ。メニューの脇に書かれた「美味しい食べ方」の説明に従って食べてみることにした。
最初の1個は、何もつけずに素のままで食べる、とある。噛まなくてもとろけていくほどに柔らかいが、とにかく熱いので猫舌では無理かもしれない。砕けたあとに舌の上に小さなタコが残る。タコはサイコロぐらいの大きさが、歯ごたえと味が楽しめて最適だと、店の説明にある。すこし物足りないタコを味わう。大阪のタコ焼きのようなソースやマヨネーズ味のどぎつさはない。タマゴが勝ったマイルドな味がやさしい。
次の3個は出汁に浸して食べる、とある。汁鉢の中で箸にかからないほど軟らかくなってしまうので、鉢の端から流し込む感じで口に入れる。出汁とタコ焼きのなじみ具合がいい。
次は6個。いよいよ本番といったところか。出汁に三つ葉を加え浸して食べる、とある。三つ葉の風味に助けられて、和食のような上品な味わいになる。
大阪のタコ焼きは、祭りや屋台の立ち食いが似合っているが、明石焼きは格好つけた雰囲気にも合いそうだ。元はもっと上品に食べられていたものかもしれない。地元の話を信じると、明石焼きがタコ焼きの元祖だという。それが大阪に入ると、賑やかなお祭り風になってしまうようだ。
残りは5個。まず2個は、ひとまず出汁を脇にやって抹茶塩をふりかけて食べる。素のままの明石焼きに戻って、抹茶の渋味でひといき入れる感じ。すこし口柄が変わったところで出汁に抹茶塩を入れ、さっぱりとした抹茶の味わいとともに、最後の3個を汁ごと口に流し込んでお終い。
15個をいろいろな食べ方をしたので、満腹ではないが、ほどよい程度に食い気は満たされた。明石焼きは、とくに印象に残るような味わいではなかったけれども、その控えめな味は、もういちど食べて確かめてみたくなるような、極めがたいものがいまも口の中に残っている。
柔らかい衣に包まれた、サイコロのようだった明石のタコ、さて新しい年にはどんな賽(サイ)の目が出ることやらと、明石海峡に沈んでいった素晴らしい夕日のことも心に残しながら終えた年だった。
ゆく年くる年、海に落ちていった太陽は、ふたたび山から上る。そうやって、昨日は今日になり、今日は明日になる。
「2024 風のファミリー」