風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ミルフイユ(mille-feuille)

2010年05月19日 | 詩集「風の記憶」
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曖昧な時間のなかへ
軽くフォークをたてる
さくっと乾いたあやうい手ごたえ
フィユタージュの薄いすきまから
あやしげに覗く
クレーム・パティシェールの甘い微笑み
私はもう逃げだせないのです


茫々とした記憶のそとへ
舞い散る千枚の葉っぱ(mille-feuille)
アントナン・カレームの
悪の囁き
くずれやすい乾いた手の
そのなかに深くおぼれてしまいそうです
葉脈の流れのさきまで


アルハンブラ宮殿の赤の
苺のように残酷につぶしてください
あまい蜜のしたたりの
壁を染めるイスラムの千の祈り
千人の唇の唇がしびれて
千本の指の指がくだけて
グラナダが燃えるグラナダが陥ちる


空しさへ満たされることの
冷たい喪失の予感のふちで
ミルフイユの層なす夢のあとは
フォークのように蒼ざめているのです
やがて首のない彷徨のとき
ルイ王朝の深い眠りに
ふたりは落ちる


(2004)


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