詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

野に還りゆく

2023-07-05 12:08:22 | 短歌情報

7/5(水)曇

 

一昨日、布々岐敬子歌集『野に還りゆく』が届く。

おお、懐かしい人が第二歌集を出されたのだ。

昔、在籍していた「開放区」の同期入会組。

年齢は少し先輩だったけれども屈託のない

会えばいつもニコニコしている女性である。

「開放区」の休刊後に私が立ち上げた「蓮」という

同人誌にも参加してくれてありがたかった。

その「蓮」が11号で突然、潰えたときには

ずいぶんご迷惑をおかけしたので、心苦しく

少し疎遠になっていた。

 

そんな私に第二歌集をお送りくださったわけだ。

これはこれはと楽しみに歌集を取り出すと

帯はお姉さまが書いておられる。

「入院の初日に、もはや私を認識出来ず、…」と書かれている。

ん?いったいどういうことだ?と「あとがき」を読むと、

2022年の夏に玄関で転倒したらしく、そこで頭を強く打ち付けた

らしいことが書いてあった。以来、いろいろの病気を併発し…

「この歌集は本人の知らないところで、人生の締め括りをつける

ように、出されることとなりました。」と綴られている。

 

なんということだろう。

 

彼女は定年後、東京板橋区の赤塚から、故郷である長野県上田市に

引っ越されお姉さまと二人で暮らしていらした。

「意外に近いのよ」と言って、毎月のように上京されていたし、

お姉さまにも、八丁堀の「パンドラ」で一度お目にかかったことがある。

 

私はご馳走になってばかりいて、二人で飲み食いをして

語りあったこともあった。毎回「こんど奢るよー」と

手を振りながらも約束は果たせずじまい。

 

7~8年前になるけれど上田市に旅に出たとき

ダメもとでお電話したことがあった。

結局お目にかかれなかったけれど

こんど出かけるときには事前に連絡してみようと思っていた。

いつでも会えると思える不思議な魅力のある方であった。

 

お姉さまのご心労も察するに余りある。

どうか布々岐さんのご安静を願うばかりだ。

 

 

 

 


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