青い鳥を常に求めて

人生の理想を追求する姿勢で何事にも当たりたい。

ビールで乾杯

2009-05-24 19:57:00 | Weblog
贔屓の日馬富士が優勝決定戦で白鵬を破って初優勝。

小兵が大きいのを投げる痛快さは大相撲の醍醐味である。

中学時代相撲部を創設、キャプテンとして、地区大会優勝を果した自分である。

今なら全くの小音男の160センチであった。

クラスで中くらいの大きさだったが、足腰の強さと、得意技の下手投げはクラス全員を投げ飛ばすので有名で、相撲部を作らされる羽目になった。

体力が無いから、相手の腰に密着してやぐら投げのような下手投げだった。

大男には「取ったり」なども得意とした。

決定戦の途中で、「今だ、足を取れ」の声と日馬富士が足取りから膝へてを払って、白鵬を投げ飛ばした。

「お父さんの声が届いたの」と瞬間、家内がびっくりする勝ち方だった。

彼があの瞬間するのはそれ以外手は無かった。彼と一緒に私が相撲をとっていた。

冷蔵庫に珍しく残っていたサッポロ350CCを食膳に、乾杯した。

何と、美味しいビールだったか。

苦節10年目にして手にした賜杯は観客席に応援に来ているというお母さんへの何よりの贈り物となったことだろう。



朝から曇天に時々雨がくる天気です

2009-05-24 11:12:00 | Weblog
どこかへ泊りがけで出かけたかと思った娘一家でした。

12時少し前の帰宅は子供連れには無謀なのですが、それが楽しい不良主婦。

買い物好きで、勝手は捨てる。雑貨から衣料までは良いが、使う積りで買うのか一杯の冷蔵庫の中身は、半分以上が期限切れ。

子供たちには冷蔵庫は空けさせない。それで居て、学校の上履きは小学生の孫たちにあらわせる。

自分は友だと携帯電話でメールである。

反面、このメールの時間が孫たちには拘束から解放される自由時間なのである。

ゲームはするなは夫にまでだが、買っておいて、DSは禁止。

宿題、宿題と子供を追い詰める。情けない主婦だが、これが今様かと首をひねる昨今なのである。

隣の駐車場から、我が家の庭が見えるのだが、それを嫌って、黒竹を植えて目隠しにしていた私である。

勢いの強い竹は、どんどん根を広げて暴れまくったのは事実だが、娘一家の同居で、今風に庭をコンクリートで固めてしまった。

その竹も、親戚、知人を動員して、掘り起こしてしまった。

先日、小1の孫のクラスメートがその駐車場からのぞいての第一声は「うわー汚い」である。

プールのビニール、砂場セット、丸テーブルに不用品がそれは驚く雑然である。

純粋な子供は、見たままの姿を口にした。というより、自然に出てしまったと言える。

お洒落な服装を子供にさせて、私立の学校志向で、綺麗な言葉でトーンを下げても、中味が見えてしまうと恥ずかしいかぎりである。

そんなことより、どっしり構えて、中味で勝負とは行かないものだろうか。

これを称して「女の浅知恵」と呼ぶが、ご立派なご婦人たちは憤慨するであろう。

その方たちは例外で、愚かな、この手の若い女性の増えたことは、お笑いテレビに出てくる。

そんな仲間にならないようにと、育て、躾けた積りである。

どうにもならないDNAの問題が我が家には現存するのである。

母親の無責任のお陰

2009-05-23 20:06:00 | Weblog
6時に終わった下の孫のスイミングスクール。行きは私が送り、近所の子も同乗させたから、帰りはそちらの親の車で帰宅する筈だった。

金曜日は毎週こちらへお泊りしたい姉を二週間に一度と厳しくする親。

自分の都合で、昨夜は8時過ぎまで、買い物とゲームに時を過ごして、父親の帰りを待っているという。

姉一人、暗い部屋で勉強である。見かねて勉強を手伝って、こちらへ連れて来る。

われわれは風呂も夕食も済ませた時刻。
私は二度風呂へ入る始末。

孫は必ず私と風呂へ入るからだ。そして、急ぎ家内は孫娘の食事の準備。

思いがけずお泊りができるようになったから孫は寧ろ喜んでいる。

われわれが居るから、心配しないのかもしれないが、食事の時刻に、わが子を心配しない母親の神経にあきれてしまった。

安眠して、今朝は我が家のまともな朝食。塾の宿題の残り数ページも難なくこなす。

算数は応用問題が少し、弱いのも分かった。答え合わせも自分でする塾の教育方法に疑問を持った。

週に4日の塾通いさせる教育ママは行っていれば安心なだけである。

専門家の私に任せないのも、意地だけが彼らにあるからなのだが、一ヶ月の費用は日舞を入れると数万円を超える。

何と無駄なことか。金儲け主義の塾はそのこの長所、短所を見極めて、教えることなど程遠い教師たちと知った。


小1男子のちっちゃな家出

2009-05-22 13:22:00 | Weblog
昨日の夕方である。姉の塾は私が送り。両親は家に居た。

親がいるときは、孫たちは母屋へ来ない。禁止ではないが、こちらへばかり寄り付くのを親たちは面白くないのを子供は敏感に感じ取るのです。

姉の塾の迎えは自分で行きますと婿が言いに来た。

同時に四人で恒例の外の食事だと思っていた。塾でおなかが空くから、家内が果物と軽い食べ物をいつも用意するから、孫はがっかりするだろうと思っていた。

ところが小1の弟がいないと二人が探し始めた。最も近い、向かい側の知り合いの幼稚園仲間のところと私は推察した。

居ないというので、車で、婿が走る。私も参加して、友人宅の付近を見て回った。

友人を知らない婿はやたら走るだけで無意味としっているからである。

私が留守のときに、弟の行動を家内が見守っていて、母親に注意したことがあった。

「男の子だし、何かあれば親の私が責任持つからいいの」と返答したことを聞いた。

自転車で道路を走るようになったので、私が居ると、先ず、ヘルメットを強要する。

遠くへ一人で行かないことなど、うるさいぐらいに注意する。

それが親たちには迷惑に思えたのかもしれない。

昨日の二人の慌て振りは大変だった。付近を大声出して呼んで歩いていた。

そして、居ないと決め付けた。、私の予想した友達の家に居たのであった。

「何か叱ったのか」と聞くと、違うという親たち。多分、本人が何か不満で、プイッと飛び出したのだろうと思ったとおりだった。

登下校も、空腹に、親に内緒でこちらへ来るのは弟の方が多い。

今朝の登校時は二人とも私の手を話さないで、もっと先までと、校門近くまで行った理由が分かった。

親に何か不安を持っているからだ。理由も聞かず、黙って手をつなぐ。

「じいじの手温かい」と何時も言う二人である。

間違いは昨日のような寸時に起こるのである。親たちには良い勉強になったらしく、その子を然りはしなかった。

原因はDSが見当たらない、両親に聞いても、自分で探しなさいと相手にされず、姉が居ない。

多分、私が姉を塾へ送ったときに、彼は一人飛び出したということだった。

また高校生

2009-05-21 16:28:00 | Weblog
患者が高校生だからとマスコミは年齢がウィルスと関係するような表現をしている。

アメリカ、カナダの危険地域を無防備に動き回って、媒介したのが高校生と学校の無責任から来たのだと私はおもっている。

所用、目的はそれぞれあるが、このようなときに、新型ウィールスなどは無視しての行動が、アメリカ人でさえ感染しないウィルスを拾ってしまった。

そして、帰国して多くの人に感染させた。

その責任は彼らと学校や引率者に、感じているのだろうか。

飛行機で近くにいた17人とリムジンバスに乗り合わせた人たちに感染が無いことを祈るばかりである。