![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/23/0dbe4c77690fc5e389f322c981cd4ecd.jpg)
雪は鋭い視線で目の前の柳瀬健太を見据えていた。
健太は思わず言葉に詰まる。
「いや‥その‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/e1/736aa0783c59cb007b29c0d528e5f7f1.jpg)
そんな三人の姿を、教室内に居る学科生全員が遠巻きに見つめていた。
しんとした空気が張り詰める室内。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/ec/a892e0db5223e6e4252e72377d31e459.jpg)
今教室に入って来たらしい柳楓、着席してずっと彼らを窺っている佐藤広隆も、
雪ら三人のことを見つめている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/4e/3330c61bc4845c674630ce4ab45276c5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/3e/826c281327ed907310b2ffdeadbf29b3.jpg)
その沈黙を破ったのは健太だった。
「おい!俺は‥」
「過去問でも何でもそういった個人的なものをー‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/4b/537d1d720684173faae8c3dc12617ced.jpg)
少し不機嫌に口を開いた健太の言葉を、雪の凛とした声が遮る。
「どうして強制的に皆で共有しないといけないのか、
その理由を教えて下さいますか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/1f/f2f114f8ae4f423e7ea8f9ff2639f42b.jpg)
雪の理路整然とした主張に、隣に居た聡美が「そうよ!」と言って頷く。
雪は健太に向かって淡々と言葉を続けた。
「私は”過去問担当”ってわけですか?」
「いや赤山、どうしてそうなるんだよ?
そうカリカリすんなって!」
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健太は手を横に振りながら、幾分前のめりになって以前のことを言及した。
「つーかそう考えたらこの前のアレもそうだよな。
財務なんちゃらの資料見せ渋って、ソッコー逃げて!何度も何度もよぉ。それじゃ使えねぇっつの」
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「同じ学科の先輩後輩じゃねーか。ちょっとは使えるヤツになろうぜ~?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/77/7f683f918f537057190acad54441aad9.jpg)
健太は若干雪のことを睨みながら、周りの人間のことについても言及する。
「つーかこう思ってんのは俺だけじゃねーよ。お前に不満持ってる奴らも沢山いる」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/88/1d698af604bb92dfd16764b53f1223e3.jpg)
”不満持ってる奴ら”こと糸井直美とその友人は、ギクッとして三人から目を逸らした。
しかし内心ビクついているのは、彼女達だけではないのだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/ec/59306a1e2fd182ba777688d38b96391f.jpg)
雪はチラ、と周りを窺ってみた。
以前親しくもないのに挨拶をして来た先輩達、
そして同期達が、皆どこか後ろめたそうな表情をしてこちらを見ている。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/94/66d6870f2a591db893d5980ef085f914.jpg)
こんな衆人環視の中で、皆が密かに様子を窺っている事柄について言及する柳瀬健太。
彼の判断は、明らかに皆の総意では無いだろう。
「‥‥‥‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/c3/a6aa5ba48346a91e8b3479bd2947cecd.jpg)
雪の頭は冴え渡っていた。
そして彼女は数々のファクターから判断して、彼に然るべき賢明な対処を施す。
「‥健太先輩。あの時一度断ったでしょう。
こんな風に教室で大声を上げて、再び言及しなきゃいけませんか?」
「雪!もういいよ!行こっ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/b1/e32134b215710c0a82ece01ab6b509ae.jpg)
聡美がそう叫ぶ中、雪は顔を曇らせて言葉を続ける。
「本当に酷いです」「ちょ、待った待った!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/b6/30667e86a7117e08392d57d13a38351b.jpg)
そんな雪の態度にピンチを感じたのか、健太は真っ青になって待ったを掛けた。
幾分声を荒げながら、どうにか気を取り直させようと言葉を続ける。
「いや本来こんな大事になる問題でもねーじゃん!
ただ先輩からのお願いだと思って、ちょちょっと見せてくれたらなって!
つーか赤山の過去問じゃねーんだから、んな恩着せがましくしなくたってよぉ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/3a/3f718affa017e14bb6a8a6d868924b98.jpg)
「俺、就職も出来ずに卒検もパス出来ねーかもしんねーんだぞ?
なぁ赤山。お前はそれでもこんなに冷たく当たるのか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/d8/0c5e25c26115847a9e57764e9fe50368.jpg)
そう言って情に訴えかけようとする健太。
雪は真っ直ぐに彼を見据えながら、鋭い指摘を口にする。
「ほらそれ。それが問題なんです、それが。
見せなければ悪者扱いするその態度が、問題なんです」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/2a/3e0cf371dcdc467db59f65bf8dd8475f.jpg)
「先輩なら先輩らしく、わがまま言わないで下さい」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/ba/31a8a54ea90235bad5ab5bb66f2bfee8.jpg)
一瞬、時が止まった。
健太は白目になって、今後輩から言われた言葉を反芻している。
「‥は?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/a1/cac0c56fc503cec09757995154b36a09.jpg)
「わがまま?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/4a/51a33d39a562ea31cecd44a6324b30dd.jpg)
そして彼はぐにゃりと顔を歪めながら、恐ろしいほどの剣幕を纏う。
「てめぇ今俺にわがままって言ったか?あぁ?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/49/70aa455ddf955f48c204e870ac124182.jpg)
皮膚に何本も浮かぶ青筋。
雪は思わずビクッと身を竦める。
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低い声で口撃する健太。
しかし雪は彼から目を逸らさずに、自分の恐怖心を客観視して物事を捉えていた。
「赤山よ、ちょいと言葉が過ぎるんじゃねーか?朝何か悪いもんでも食ったんじゃねー?」
この人はいつも、情けないながらも恐ろしい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/6f/30c66547413add82815265ecd0819f3c.jpg)
そして
恐ろしいながらも、滑稽だ。
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それが雪が柳瀬健太に下した、結論だった。
一旦そう思ってしまえば、先程覚えた恐怖も引いていった。
「だから先輩なら先輩らしく‥うぐぐ」
「何か間違ってます?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/de/70788e8066570b1997449650d71c829e.jpg)
吠える聡美の口を抑えつつ、雪は至極冷静にこう彼に問う。
「入学してから今まで、私は健太先輩を助けて来ましたよ?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/46/ad5ac6d258414c7598ec2109b01568e5.jpg)
「チーム課題の時もDがついたにも関わらず、先輩のノルマまで全部私がやりましたし、
この前の財務学会の資料だって、先輩の分コピーして渡したじゃないですか」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/ba/ffcc9dbdd820ffccabf9aebf7c9bfc08.jpg)
一つ一つ、健太に対して売った恩を口に出していった。
その上で、雪は改めて彼にこう聞いたのだった。
「健太先輩は私に、一度でも心からありがとうとか申し訳ないとか、
示してくれたことありましたか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/63/1f463adbe6e35358093b90ac9cae46b3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/e8/a731e6a7d9517ab3bbe58c2541bc63e4.jpg)
雪の発した言葉に、ギャラリーが「それはその通り」と相槌を打ったり、頷いたりしていた。
しかし健太は何を言われているのか分からないといった体で、あっけらかんとこう答える。
「いや、俺その度にありがとうとかごめんなとか言っただろ?何が問題なんだ?」
「口先だけですよね」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/09/36844caae09e6f24496bdebfdfa3c567.jpg)
そして雪は、彼の改善すべき点をハッキリと口にしたのだった。
「これからは頼み事をするならするなりに、それなりの態度を見せて頂きたいです」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/6c/e3a2dd6587491b064af151377589e338.jpg)
しかしそれが再び健太の癪に障った。
健太は大きな音を出して机に両手を付くと、大声で雪の言葉を反復する。
「は?どういうことだよ!態度だと?!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/a6/e158f9f72f8a62c6b9432b584d2a5d14.jpg)
「この‥ぬけぬけと‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/c9/04678d3fae20a8cc060ec94c0bf9c0a9.jpg)
怒りのあまり震える健太。
そんな最年長学科生の姿を見て、佐藤広隆は眉をひそめ、柳楓は溜息を吐く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/61/bd4e962910606f66914c3c0c4d180f13.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/92/26cd94ab18ae8ced9441c0cc15541742.jpg)
雪は冷静だった。
今の状況を踏まえながら、冷静に周りを観察する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/0a/26e9d8f76e11a0c25b3c69e8586f1e66.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/01/68c6a297f646c57f18e36035cd4558e6.jpg)
糸井直美とその友人は幾分焦った表情で何やら会話をしていた。
その他、ヒソヒソと話している先輩達や、不満そうな顔をしてこちらを見ている学科生も居る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/6d/96a20c9d4163973e059a6d2ecda49de0.jpg)
これ以上事を大きくしない方が良い。
雪はそう判断し、健太を見据えながら聡美に声を掛ける。
「行こ」「そうよ!行こ行こ!相手にしちゃダメ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/90/8d37cb8e1df0528c8f1101b4fe4d34ea.jpg)
そんな雪に対して、健太は「逃げんのか?!」と噛み付いたが、雪は返答しなかった。
健太は雪の方を指差しながら、皆に聞こえるようにこう叫ぶ。
「おいおいおい!赤山マジで変になっちまったよなぁ?!
人ってあんなにも変われるもんなのかぁ?!」
「マジでこの人は~~!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/3f/6352c0716a9acb16f00492da178ec030.jpg)
そんな健太に対して聡美はカンカンだったが、
雪は冷静に「行こう」と言って教室を出て行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/46/55d9f9107fa612b80169a6ce3bc66292.jpg)
後輩から好きなように言われ、結局過去問は手に入らない‥。
健太は雪が去って行った方向を睨みながら、ギリギリと歯噛みした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/f7/8c56d51769373702716a270fd2764b46.jpg)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<鋭い指摘>でした。
雪ちゃん、言ってやった!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_en2.gif)
しかし毎度のことながら真っ向勝負ですね~~。
でも雪ちゃんが心から納得して健太に過去問渡せる日なんて、来ない気がします
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face2_lose_s.gif)
雪ちゃんが望んでいるのは「心から感謝する」等の意識の問題ですから、
これはもう健太に期待しても‥と。。
先輩はその辺割り切っていた気がしますがね。
次回は<彼らの援護>です。
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