Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

嵐の後

2013-09-12 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


月の綺麗な夜だった。

レストランからの帰り、雪はとあることを思い出した。



成績のことや聡美とのことで頭がいっぱいで、すっかり先輩にお礼を言うのを忘れていたのだ。

先輩にはノートも貸してもらったし、バイトの紹介までしてもらった。

なのにまだ何のお礼もしていない‥。



雪は自分の無礼を責め、携帯電話を取り出した。

先輩はあと一つテストが残っていると言っていた。でも何時に終わるか聞いていない。

雪はメールを送ることにした。


先輩、残りのテストはどうでしたか?
ノートにバイトまで本当にありがとうございました。休みに入ってから時間のある日はありますか?
ご飯でもご馳走させて下さい‥


何度メールの文章を打ち直しても、なんだか上から目線になってしまう‥。

しかしもうわけが分からなくなって、そのまま送信ボタンを押してしまった。



もうメールの文章を今さら悔いたって手遅れだと、雪は暗い路地を下を向いて歩いた。

すると後ろから何者かが付けてくるような気配がした。



振り返ってみたが、誰もいない。

辺りを見回すと、明かりの点いた窓から犬の泣き声が聞こえる。

物音は、あれのせいかもしれなかった。



雪はビビって損した、と再び歩き出した。

こういった夜道での神経過敏は、去年横山からストーキングを受けたときのトラウマだ。

路地裏から見上げた空は、ビルが折り重なった小さな隙間からしか見ることが出来なくて、月の光も届かない。

雪は切り取られた暗い空を見上げながら、先輩が送ってくれた時には気付かない恐怖を感じた。



そして先輩に対する感謝を、改めて感じた。

先輩が‥今年色々と私の面倒を見てくれたのは事実だ‥。

去年はひねくれた見方をしちゃってたよなぁ‥




雪は横山の件だって、健太先輩が青田先輩のせいじゃないと言っていたのに信じなかったことを思い出した。

それまでの悪感情から、そして怒りのあまり意地を張って彼のせいだと決めつけていたのかもしれない。

でも‥だからって潔く認めるには、なんか煮え切らない気もするし‥



雪と先輩との間には、横山の件だけではなく色々なことがあった。

その数々の記憶を並べてみると、やはり雪の心には先輩の黒い影が映り込むのだった。



雪は、これ以上深く考えこむことを止めた。

なぜなら青田先輩は、只の学科の先輩の一人にすぎないからだ。

先輩がどんな人であれ、上手く付き合うに越したことはないからな。

4年生の卒業までもう残り少ないんだし‥




雪はそれよりも聡美とのことの方が気がかりだったので、下を向いて考えていた。

すると背後から男が近づいてきて、雪の耳元でそっと囁いた。

「ねぇ~~」



路地裏に、雪の悲鳴が大きく轟いた‥。








秀紀と雪は、そのまま家まで一緒に歩いた。

部屋までの階段を昇る途中も、雪は秀紀の怪しげな素振りをずっと非難していた。



秀紀は秀紀で、バカに大きな声で叫んだ雪に文句を言った。

そうでなくても変質者と勘違いされて、通報されたことが何度もあるのだ。

秀紀は雪に、暗い夜道は彼氏に送ってもらえと言ったが、雪はその存在を否定した。

続けてこの間焼き肉の時に会った、八・二分けの男の子(太一のことだ)は彼氏じゃないのかと聞いてきたので、また雪は否定した。

「ふぅん‥あんた結構やり手だと思ってたけど違うの?」



秀紀はこの間、雪が外車で家まで送ってもらったのを目撃していた。

あの外車の持ち主が彼氏なんじゃないのかと聞く秀紀に、雪はどもりながら必死に否定した。

「な、なに言って‥!彼氏じゃないですよ!違いますから!ただの先輩ですよ‥!先輩!」



そのうろたえぶりに、秀紀は若干興ざめしたように「そんなにムキにならなくてもいいじゃない」と言った。



雪は先輩との関係を聞かれた時、条件反射のように慌てて否定する自分の反応を呪った‥。


気まずい思いをした雪は、話題を変えた。

大家さんが旅行に行っているという話だ。それは部屋を退去する連絡をした時に聞いたものだった。



秀紀はその話を聞いて、どうして雪が大家に連絡をしたのかと訝しがった。

その流れから、部屋を引き払うつもりだということを、雪は秀紀に告げた。

「色々あって‥また実家に戻ることになったんです」



秀紀は青天の霹靂に、少しだけ沈黙した。



しかしすぐに元のペースで、「そうなったらちょ~~っぴり寂しいかもね。うるさいのがいなくなるのはせいせいするけど」と皮肉った。



そして心に引っかかったワードを、思わず独りごちた。

「そっか‥実家か‥」



雪はその横顔に微かにいつもと違うものを感じたが、「シャワーは静かにね」という彼の言葉に、いつも通りムッとして別れを告げた‥。








シャワーから上がって携帯を見ると、先輩からメールが入っていた。

どうせ同じ科目なんだから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。

もうすぐ夏休みだな。楽しんでな^^




雪はメールを読んで、若干拍子抜けした。



いくらテストが同じ科目といったって、サブノートまで貸してくれてアルバイトの紹介までしてくれて‥。

おまけに相手は学科の先輩だ。気を遣うに決まってる‥。

私のこと面倒くさいと思ってる‥?夏休みが始まったら、会うこともないのに‥



一度くらいはちゃんとご馳走しようと思ってたのになぁ‥。

けどメールの文章的にいちいち返信するような感じでもなかったし‥。




このままだと休み明けには、また気まずい仲に戻ってるかもな‥。

どうせ急に仲良くなった仲だし、もしそうなったとしても仕方ないか‥。


「‥‥‥‥」



そこまで考えて、雪は微妙な気分になったのだが、再び深く考えることを止めた。

代わりに携帯電話を手に取ると、アドレス帳に載っている数々の友人のメアドをスクロールした。

布団に寝転び、仰向けになって携帯を見る。

皆にもメール送らないとな‥。休みにも入ることだし‥



これまで奨学金のことでいっぱいいっぱいで、雪には皆のことを考えるゆとりが無かった。

休みに入ることで、雪にも少し余裕ができる。

ちょっとは皆に対して、気を遣わないといけないと雪なりに思ってのことだった。

雪は時間をかけてメールを打った。萌菜に、恵に、学科のみんなに‥。

勿論聡美にも送った。それは自然を装った、よそよそしい文章だったけれど。






同じ頃小西恵は、自室で期末課題の制作に励んでいるところだった。

先ほど雪から送られて来たメールに、口元に笑みを浮かべながら返信する。

”は~い!雪ねぇも夏休み楽しんでね~。あたしもこの課題終わったら‥



恵は送信した後、疲れた身体を伸ばすように伸びをした。

この課題が終わったら、待ちに待った夏休み。今年はヨーロッパへ旅行し、数々の美術館を巡る計画を立てている‥。



ふいに恵は、机の上に置かれた一枚のデッサンに目を留めた。



スケッチブックに描かれたそれは、青田淳のデッサンだ。

恵は溜息を吐きながら、なんとなくそれに陰影を足していく。

漫画に出てくる完璧な王子様‥。そんな人だと思ってたのになぁ‥



結局あたし一人カン違いなんかしちゃって‥。やっぱり現実は違うよなぁ。

恵の脳裏に、氷の面のような先輩の横顔が思い浮かんだ。



理想と現実のギャップに耐え切れず、恵は彼から手を引いたのだが、なんにせよ顔はタイプだ。

カッコイイから描き甲斐がある。



恵はペンを持つ手を動かし続けながら、雪と先輩の仲はどうなったのだろうと思いを巡らせた。

ペン先が雪の横顔を描く。



雪ねぇは多分‥気付かなかっただろうけど、合コンの日の青田先輩のあの反応はどう見ても‥

先輩から雪へと、ペン先は矢印を描いた。










あの時、幼い少年が示すような嫉妬を表す彼を見て、恵は少し心配になった。

そのことを雪に伝えなかったことに、幾らかの不安も抱えている。

恵は白い霞がかかるような心持ちで、ぼんやりと二人のデッサンを見ていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<嵐の後>でした。

今回は少し落ち着いた話でしたね。そしてようやく雪3年の1学期が終わりました。

次回から夏休みですね~~!また新しい季節の始まりです。


ということで、次回<夏休みの始まり>です。

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怖い女

2013-09-11 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


雪達3人が食事をしている頃、同じレストランの片隅で河村静香はメールを打っていた。



周りの人々がチラチラと視線をよこすのは、静香の美貌に惹かれた視線も勿論あったが、

  

それ以上に、彼女の前に座った男が尋常じゃない目つきをして、彼女の事を凝視しているからだった。



「おい静香、いい加減ケータイ置けよ」



いつまでも携帯と向き合っている静香に痺れを切らし、男は話を切り出した。

今まで散々可愛がってやったのに恩を仇で返す気かと、男は苛つきを抑えきれない口調で言った。



静香はそんな男の態度を受けて、一通のメールを弟に送った。

”送信しました”というメッセージを確認すると、携帯から顔を上げた。

「はぁ?今なんつった?」



静香は男の方へ身を乗り出した。

「あんたまだ気付かないワケ?あんたとはもうこれ以上話すことが無いからケータイ見てんでしょ?」



そのまま静香は男ににじり寄った。ぐだぐだうるさいんだよと凄む静香に、男の顔は引きつっていた‥。







その頃下宿では、河村亮が携帯電話と睨めっこをしている最中だった。

先ほど赤山雪にメシ催促メールを送ったのだが、なかなか来ない返信に苛立っていた頃だった。



ようやく新着メールを告げる受信音が鳴り、携帯を見ると予想外のメールが届いていた。

今すぐ家の前に来て 今すぐ!


それは姉からのメールだった。

ただならぬものを感じて、亮は眉をひそめた。









レストランを出てからも、修羅場は続いていた。

カツカツと高いヒールの靴音を響かせながら家へ向かう静香を、男は凄い剣幕で追いかけてくる。



「簡単に別れられると思ったら大間違いだからな!

てめぇの我儘全部聞いてやったのに、今になって手のひら返しやがって!」




男は静香に、結局は金目当てで自分に近付いたんだろうと詰め寄った。

その表情には非難の中に少しの哀愁を含んだものであったのだが、

無下にも静香は「ふざけんじゃねーよ」と吐き捨てるように言った。



自分に非があるわけではなく、しつこく言い寄ってきたあんたが悪いと静香は言った。

彼女は彼女なりに義理立てだってしたし、愛嬌だって振りまいてやった、やることは全部やったつもりよと主張する。

静香の言葉は無慈悲なものだった。

「何を今さら被害者ヅラしちゃってんの?自分の都合の良いように振る舞っちゃって‥つまらない男ね」



男の顔が歪んでいくのに、静香は気づかなかった。



男は、彼に背を向けて去ろうとする静香の肩を強く掴むと、強引に自分の方を向かせた。

そして絶対に別れねぇからなと青筋を立ててにじり寄った。

「そんなに別れたいなら今までやったもんそっくりそのまま返すか、土下座して謝るかするんだな!」



静香は男の執念に辟易した。

すると男の背後から、見覚えのある顔がやってきた。

男の肩に手が置かれる。



「まぁまぁ落ち着けって。とりあえず俺と話そうぜ」



突然現れたその妙な男に、静香の元カレは逆上した。

しかしそんな彼のことはお構いなしに、河村姉弟は言葉を交わす。

「ったく遅いっつーの」  「うっせ。後でおぼえとけよ」



元カレは静香とその男のやりとりを見て、合点がいったという顔をした。



そして静香に詰め寄ると、裏で何人と付き合ってやがるんだと暴言を吐いた。

怖い女‥。そんな言葉が男の口から出た。



凄い剣幕で怒鳴りつける男の肩を、亮は再び強く掴んだ。

俺と話そうと言っただろうと凄みながら。



その強い握力に、男の顔が歪んでいく。

とうとう男は痛みに負け、離してくれと悲痛な面持ちで言った。

亮がその手を離してからも、男は肩を押さえてしばし動けなかった。



高いところから凄む亮に男は怯み、



そして「お前なんてこっちから願い下げだ」と、捨て台詞を吐いて去って行った。



その背中に静香も「二度と顔見せんな」と捨て台詞を吐いたのだが、男が振り返ることは無かった。

そして辺りに静けさが漂った頃、二人の間にも沈黙が落ちた。



無言で静香を睨む亮に、一応彼女はお礼を言った。

「あ、サンキュー。近頃てんで相手にしてやらなかったから、呼べそうなヤツがいなくてさぁ」



そして彼女が予想していた通りに、亮の小言は爆発した。

「いくつだと思ってんだてめぇは!いつまでこんなことやってるつもりだよ?!」



初め静香は、その小言の数々を流して聞いていただけだった。

何一つ自立していない、何の成長もない、脳みそ空っぽなんじゃないのか‥。

いつもの説教だ。



しかし「どうしてやるだけやってみようとも思わないんだよ」という亮の言葉に、静香は反応した。



そんな彼女の表情の変化に気付かない亮は、そのまま思っていたことをぶち撒け続けた。

「こんな生き方して淳の野郎に媚び売った挙句、

オレに恥かかせるつもりじゃねーだろうな?!ああ?!」




おい、と静香は亮に声を掛けた。

荒ぶった口調ではなく、冷静なそれは怖いほどの怒りを秘めていた。

「一体あんたは何様なワケ?今まで勝手に生きておきながら、今さらなんなの?」



静香は冷静に亮を責めた。

今まで一度でも自分のためにあんたが何かしてくれたことがあったのかと、彼女が思う弟の非を責めた。

「しかも、”やるだけやってみようとも思わない”って何よ?」




亮のその言葉は、沈めておいた苦い記憶を引き摺り出した。

”やるだけやってみよう”と思っていたあの時。まだ夢も希望も僅かだが持っていた幼い自分。



叔父に呼ばれて、ハッキリと自分の才能の無さを突きつけられたあの時が、フラッシュバックした。

指の先から血の気が引くようなあの落胆。

そして褒めそやされる”天才”な弟との比較。




静香はイヤミたっぷりに、”元天才”を前にして皮肉を言った。

「あんたこそ大層な才能生かせずにこのザマだなんて、人のことよくもまぁ言えたものよね」



亮はそう言われて逆上した。



自分がこうなったのは淳のせいだと言おうとして、「人のせいにするな」と静香に遮られた。

「いつまで自惚れてるワケ?人に説教する前に自分の体たらくを振り返った方がいいんじゃない?」



静香はそのまま、「二度とその顔見せんな」と言い捨てて歩き出した。



カツカツというそのヒールの音が聞こえなくなるまで、亮は状況が飲み込めなかったが、じきに沸々と怒りが沸いてきた。



そしていつも通り姉の暴挙に次ぐ暴言にキレながら、悔しさに咆哮した。

「くっそあのアマァァ!!」




月の綺麗な夜だった。

狼男の他には彼以外、叫ぶ者は居ないような、美しい夜だった‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<怖い女>でした。

静香‥怖い女です(^^;)

あの元カレ、さんざん貢がせて捨てられたんだろうな‥と想像しています。

亮を責める時だって、”一度だってあたしに何もしてくれたことないじゃない”という”何かしてくれる”のが前提な話っぷり‥。

この他人を頼るのが当たり前の精神を作っちゃったのは青田会長か、彼女を罵倒し続けた彼女の叔母か‥。
苦しいところですね。


次回は<嵐の後>です。


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友情の仲介

2013-09-10 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)
「一度にビッグ&ダイナミックに大枚をはたくスタイル。これぞ男ってもんでしょ」



高級レストランにてテーブルを囲むやいなや、太一がピースサインで話し始めた。

それを受けて聡美は「あんたが食べたかっただけでしょ」と返し、雪は乾いた笑いを立てた。



3人での雰囲気はいつも通りだった。

しかし隣り合った雪と聡美のそれはやはり、ぎこちないものだった。



雪はありふれた話題を振るも、なかなか会話は弾まない。

話題を変えて何度も会話を続けようとするも、その度に小さな沈黙が二人の間に落ちた。

私達‥前はどんな会話してたっけ?話題が全く見つからないぞ?



冷や汗をダラダラかきながら聡美の方を窺うと、彼女もまた雪と同じことを感じているようだった。



そのぎこちなさに雪が溜息を吐くと、ふいに携帯電話が鳴った。

開いてみるとメールが一通届いていた。

メシは? 河村亮



また河村亮からのメシ催促メールだ。

雪はしつこく送ってくる彼に青筋を立てながら返信を打った。



雪の表情に、聡美は幾分目を丸くしてそれを見ていた。

ふいに聡美がトイレに立つ。雪がいってらっしゃいと声を掛ける。

そんな普通のやりとりでさえ、ぎこちなさが漂っている。



雪は何も言えず、テーブルクロスに視線を落としていた。

すると太一が、神妙な面持ちで口を開いた。

「雪さん、俺がでしゃばる立場じゃないことはよく分かってるんすけど、ちょっと言わせて下さい」



そんな太一の真剣な表情に、雪は若干居住まいを正して言った。

「あ‥うん」



太一は語り始めた。

この3人でつるみはじめてから、初めてと言える雪と聡美との衝突。

間にはさまれた太一なりに、思うところがあった。

「二人は完全に同じタイプとは言い難いっすけど、

雪さんがもう少しだけ聡美さんに対して積極的になると良いと思うんです」




「‥‥‥‥」



雪は黙って太一の話を聞いていた。

いつもバカなことを言って笑い合っている彼が、こんなことを考えていたことを、雪は知らなかった。

「雪さんが思っている以上に、聡美さんは雪さんのことすごく好きっすよ」



「だからそれをもう少し分かってやって下さい」

太一の脳裏に、俯いたり怒ったりしている聡美の姿が思い浮かんだ。

彼女の言動からは雪に対しての寂しさがいつも、滲んでいた。

  

雪が知らない聡美の姿を、太一はいつも傍で見てきたのだ。

そして二人が仲良く笑い合っている姿を、誰よりも太一自身が一番望んでいた。

  

雪は何も言わないが、太一はきっと雪なら分かってくれると思っていた。

だからこそ自分の本心を、初めて雪に打ち明けた。



「俺は今後とも、二人に良い関係を続けてもらいたいと思ってるっす」


太一が聡美に告白した時、聡美は「3人でいたいから」とその申込を断った。

太一は勿論ショックを受けた。けれど彼も彼なりに、聡美の言い分を受け入れた。

それはやっぱり好きな人の大事なものは、自分にとっても大切であるからだ。

笑顔で笑い合っている時が、一番幸せであるからだ‥。











聡美がトイレから帰ってくるなり、あちらの席で目にしたというカップルについての話をし始めた。



聡美の話によるとカップルは超険悪で、特に女の方は顔が超怖いのだと言った。

「こ~んな殺人鬼みたいな目しててさ~」



‥聡美の語る超怖い女は、同じレストランの離れた席で修羅場を迎えようとしていたのだが‥



‥それはまた、次回へと持ち越すことにしよう。




カップルの話が終わると、聡美は雪に向き直って言った。

「てかさっきのメール誰から?なんか顔ひきつってたけど‥」 「え?」



雪はこのあいだ携帯を拾ってくれた人だと話すと、前に見たあのヤンキーねと聡美は合点がいった。

二人はいつもの雰囲気で会話を続ける。



「あー‥連絡続けてるんだ?」 「えーと‥ご飯おごれみたいな感じで‥」



だんだんと二人の表情が引きつっていく。

それもそのはずだ。二人の向かい側では太一が、すごい存在感でその様子を凝視していた‥。



いいぞ いいぞ その調子だ その調子だ‥



その得も言われぬオーラに、二人の会話はすぐに終わった。

その後太一なりに気を遣って振る舞ったが、二人の雰囲気はかえってぎこちなくなるばかりだった‥。




「?」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<友情の仲介>でした。

太一は二人を仲直りさせようと思って食事会の場を設けたんですね~。

やはり良い奴ですね。

そして今日は柳先輩の誕生日です~!
おめでとうー!


次回は<怖い女>です。

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水面下の人々

2013-09-09 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)
「あと二科目。そんな難しい科目じゃないし、良い点数取れると思う」  

「けどそれでもDもらったんなら、奨学金は厳しいんじゃないの?」

  

雪は家に帰ってから、実家の母親と今回の期末考査について電話で話していた。

グループワークD評価の話は避ける事が出来ず、雪は正直に話した。全額奨学金は、来季は無理かもしれないと。



電話の後ろで、父親の気配がする。新聞でも読んでいるのだろうか。

母親は、様子を見て一人暮らしもやめてもらわないと、と言った。

しかし思っていたよりもその口調は柔らかく、家賃や生活費の一部を、その分学費に足してくれるとまで言ってくれた。

そして学費の残りは、雪が夏休みにアルバイトをして工面するということで話は落ち着いた。



電話の向こう側で、父親が立ち上がる気配がした。

「ったく、上手くやれってんだ!」



雪の脳裏に、顔を顰めた父親の姿が浮かんだ。

音を立てて歩く父の足音が、だんだんと小さくなっていくのが分かった。



結局、部屋を引き払うのは夏休み終了前までという約束で話は落ち着いた。

まだ3ヶ月も先の話だ。雪は電話を切った後、安堵の溜息を漏らした。

言ってみるもんだな‥。とにかくどうにかなりそうだ‥。



雪は部屋を見回してみた。



いつもは何となしに暮らしている部屋であるが、あと数カ月後に引き払うと思うと、なんとなく寂しい感じがした‥。






その頃赤山家では、雪の両親が先ほどのことで言い争っていた。

一番辛い思いをしているのは雪なのに、なぜあんなことを言うのかと母親が詰め寄る。

「状況が苦しいのは事実だろう!ったく使えないヤツだ!」



その言葉を受けて、妻は夫の甲斐性を責め始めた。

自ら事業を興した夫だが、近年の仕事は上手く行っておらず、事務所を借りたりなんだりと借金が積み重なって行く。

認めたくはないが、的を得た妻からの小言に彼は顔を顰めた。



「やっぱり私の言った通りにしましょうよ。一緒に店でも一軒‥」  「またその話か!」



妻から何度となく打診されたその話は、飲食店で長年働いた妻が自分の店を持ちたいというものだった。

雪の父親は店一軒建てたところでどうにかなるわけがない、と取り合わなかった。

ふてぶてしくテレビの前に座ると、そのままニュースを見始めた。



雪の母親はその背中を黙って見つめていた。目にはありありと不満の色が、色濃く映し出されていた。












同じ頃、河村亮の下宿では彼が持って帰ってきた食料を、皆に配っているところだった。

また女に買わせたのかと訝しがる小太り君に、亮は「いや今日は社長からの餞別なんだよ」とまた職を変えたことを明らかにした。



恩に着ろよと偉そうな亮に、下宿の男たちは皆苦い顔をしたが、思い思いに食料を取った。

亮はそんな彼らを見ながら、当分こういった差し入れをすることは無いと言った。



今まで就いてきたスーパーやレストランの仕事とは、一風変わった職を見つけたのだ。

それを受けて、下宿の皆は亮にダメ出しをし始めた。

「ちょっとフラフラしすぎじゃね?」 「そろそろどっか落ち着いたら?」 「年も年なんだしさぁ」



グサグサと刺さる真っ当なアドバイスに、亮はタジタジしながら「うっせ!」と言った。

そんな中、小太り君が「そもそもなんで上京して来たんだん?」と聞いてきた。



亮はあっけらかんと、その眉をひそめながら答える。

「同じ所にどうしたら1年以上居られるってんだよ!ここだって飽きたら出てくつもりだっつーの」



亮は元々どこにも定着しない気なんだと言った。ここへだって、淳と静香の消息を確かめるために寄っただけなのだ。

「オレがここを離れる前に、お前らも魔の生活から抜け出せよな~」



上から目線の亮の言葉に、小太り君は青筋を立てた。

その後下宿では亮を交えて、皆で食料を囲みながら賑やかに夜は更けていった。














全体の試験日程も後半戦に突入し、雪は最後のテストが終わったところだった。

終了のチャイムが鳴り、試験用紙が後ろから集められる。



出来栄えは上々だった。これで厳しかった期末考査も終わり‥。

雪は安堵の溜息を吐いた。




やっと終わった‥と独りごちる雪の横を、学生達がウワサ話をしながら通り過ぎていく。



少し聞こえたのは、最近遠藤助手のヒステリーが酷いというものだった。学生の一人は先ほど目をつけられたと言って顔を顰めていた。

雪は特に気に留めず廊下を歩いていると、隣の教室からも人が大勢出て来た。テストが終わったらしい。



青田先輩が昨日、雪の隣の教室でテストを受けるという話をしていたので、なんとなく足を止めて人の流れを見ていた。

すると人々の中から青田先輩と目が合ったので、雪は会釈を返した。

「テストどうだった?」



教室から出て来た先輩がそう聞いて来たので、雪は「お陰様で良い点数が取れそうです」とお礼を言った。

ひょっとして間違ったことを教えたんじゃないかと心配していたと言う先輩に、雪は何度もかぶりを振った。

「テストは全部終わりました?」 「いや、一つだけ残ってる」 「あ、そうなんですね」



二人は並んで歩いた。小さく笑う雪に、先輩は優しく微笑んだ。

  




ふいに先輩が、雪に夏休みは忙しいのかと聞いて来た。



予想外の質問に雪は最初目を丸くしたが、学費やアルバイトのことを思い出して下を向いた。

すると先輩は、雪にある話を持ちかけた。

「雪ちゃん、アルバイトする気ない?」 「はい?!」



頭の中を読まれたかのようなタイミングに、雪は目を見開いた。

先輩の話とはこうである。



経営学科の事務所で、今年の夏休みに事務補助員のアルバイトの募集をかけるらしく、

先輩は知り合いで出来そうな人がいたら紹介してくれと言われていると言う。

そう言われてまず雪の顔が浮かんだという先輩は、この話を一番初めに雪にしたんだと言った。

「遠藤さんもいるし仕事量的にはそんな苦じゃないと思うよ。暇々に勉強も出来るだろうし、

5時には終わるから塾にも支障が無いだろうし」




先輩は「やってみる?」と雪に聞いた。

雪は即答した。



意欲に燃える雪に先輩は微笑むと、

「事前に俺が話しておくから、明日でも事務所に行ってみるといいよ」と言った。



そしてそのまま、テストがあるからと言って行ってしまった。

雪は慌ててお礼を言おうとしたが、



その後姿は既に数人の学生達に囲まれていた。






雪は改めて、先輩から持ちかけられた話の条件の良さに感動していた。

い、いい話をもらったぞ? バイト探しに時間ロスしなくて済んで良かったぁ!

肉体労働よりは断然マシだろうし、塾もすぐそこだし!




雪のイメージでは、青田先輩の撒くおこぼれをちょうだいするイメージだった。

それでも、こんな条件の良いバイトはなかなか無い。雪は素直に喜んだ。


すると携帯が鳴り、開いてみると太一からメールが届いていた。

テスト終了記念パーティーをします。僕のおごりで高いとこ行くんで、来なくちゃ損損


雪はそのメールを見て正直驚いた。太一がおごってくれるなんて、雪でも降るんじゃないかという珍しさだ。



しかし直後に、聡美のことが頭を掠めて雪は微妙な気分になった。

気まずいままの関係も、このままにしておくわけにはいかない‥。



雪はどうなるのか予測もつかないまま、指定されたレストランへと足を運んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<水面下の人々>でした。

先輩の情報通っぷりにビックリですね。アルバイトなんてしたことないだろうに‥。

個人的にはおこぼれを撒く先輩のカットがすごく好きです‥。

ほ~れ ほ~れ



次回は<友情の仲介>です。


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助け舟

2013-09-08 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


期末試験期間真っ只中の一日は、試験の後も試験勉強が続く。

空を見上げると、黄色い太陽が強烈な日差しで地面を照りつけている。



雪は先程、聡美が小さく「頑張って」と言ってくれたことに、僅かな救いを感じていた。



けれどやはり、基本的なところは穴が空いている。

今は安堵という水をその中に入れたって、たちまちその穴から僅かな水は、流れ出して無くなってしまう。

いくらか気は楽になったものの、

依然として気分は沈みテストどころではない。

暑さのせいだろうか? やる気が足りないのか? 図書館が満席だから?




さっき覗いた図書館は、試験勉強に明け暮れる学生で溢れていた。

雪はカフェテリアに移動すると、机の上にアイスコーヒーと共にノートを広げる。



勉強を始めたいのは山々だが、まずは心を重くしている原因に向き合わなければならなかった。

ノートの中身は経営論ではなく、今の自分の状況を書き出したものだ。



雪は頬杖を付きながら、聡美とのことについて思いを巡らせていた。

何にせよ怒鳴ったのは私が悪かった‥。

けど悪者にしただなんて‥それはちょっと‥




雪は自戒の中でも、聡美のその部分は未だに受け入れられずにいた。

解決の糸口は見えないままだが、聡美との問題よりももっと心につかえた現実があった。

グループ5の三人の顔が浮かぶ。



聡美も聡美だけど、あの三人がムカついてしょうがない‥



雪の頭の中が、不安要素で充満して行く。

グループ発表がDだなんてどうしよう‥。こんな成績で全額奨学金は絶対無理。

せめて部分奨学金だけでも貰わないと‥。でも奨学金の一部を貰えたとしても、残りの学費はどうなるの?




やはり今一番なんとかしなければならないのは、学費のことだった。

去年休学した時に幾らか貯蓄したが、そんな額では焼け石に水だ。

このままでは学生ローンに手を出すことになるかもしれない。

けれど赤山家は、まだ住宅ローンも終わっていない‥。



雪は頭を抱えて俯いた。

今年の夏休みは週末にアルバイトをしながら英語の塾に専念するつもりだったが、

このままでは平日もバイトをしなければやっていけない。でもそんなに働いて、果たして勉強に集中出来るのだろうか。

これで成績が落ちたら、また全額奨学金を狙うことは出来なくなる‥。

負のループが頭を掠める。

あ、英語の塾‥。



雪は青田先輩に塾の話を詳しく聞かなければ、と思いついて顔を上げた。

すると次の瞬間、脳裏に浮かんでいた彼の声が聞こえた。

「雪ちゃんここで勉強してたんだね」



何が起こったのか理解できない内に、前の椅子は引かれテーブルにはもう一つトレイが置かれた。

「座るね」と言って、彼が席に着く。



「ああ、外暑かったー」



彼の視線が、雪の瞳に流される。

「生き返るー」






雪は目を丸くした。

「図書館行ったら席が無くてさ。一緒に勉強しよ」



いきなりの彼の登場に、雪は思わず動揺した。

「どうぞ」と言いながらテーブルの上に置いてあったノート類をどかしつつも、手で口を覆って下を向く。

なんなのいきなり‥



そんな雪を見て、先輩が口を開いた。

「雪ちゃん」



彼の手が、彼女に向かって伸ばされる。

雪は目を見開いた。



「泣いたの?」



彼が雪の顔を覗き込む。

その手は雪の髪の毛を、優しく梳いた。



「鼻が赤いけど」と言う先輩の手が、今度は雪の顔の方へ伸ばされた。



目もちょっと赤いよ、と再び先輩が瞳を覗き込むと、雪はそのまま下を向き、早口で弁解をし始めた。

「違いますよ!泣いてなんか‥。どうして私が泣かなくちゃ‥ちょっと風邪気味なだけです!」



捲し立てるように否定する雪から、先輩は手を引いた。

以前道に立ち尽くして泣いていた時のように、また一人で泣いていたんじゃないかと思ったと彼は言ったが、

雪はそれも否定した。



一応納得したような先輩が「そろそろ勉強しようか」と言って、カバンからノート類を出し始めた。

雪の心の中に、モヤモヤとした感情が湧き上がる。

あー わっかんないなぁ。本当にこの人って掴めない‥。



雪はそのモヤモヤの正体を探っていた。

何事も無かったかのように、勉強の準備をする彼を見ながら。



彼は至極”いつも通り”だ。

品行方正、眉目秀麗でエリートなパブリックイメージ。

けれど、と雪は思う。

‥優しい顔を見せられても、どこかチグハグな印象を受けるんだよね。

先輩はいつもこんな感じだけど‥どこか欠けているような‥




上手くは言い表せないが、雪は先輩が仮面を被っているように感じられた。

どこかリアルや本心に欠けた、見せかけの仮面を。







「テストあと何個残ってるの?」「あ」



雪は先輩の声でハッと我に返った。

専攻が二つ残っているという雪のプリントを見て、先輩が「一つ俺と被ってる」と言う。



そして彼は差し出したのだ。

彼なりにまとめたという、そのサブノートを。



雪にはそのノートが輝いて見えた。

全体首席がまとめたノートなんて、普段お目にかかれるものではない。

「こ‥こんな貴重な物を‥私なんぞが見て良いものなんでしょうか‥」



そんな雪の言葉にも、先輩は快く了承した。

もう自分は勉強済みなので、持って帰っても良いとさえ。

「お?先物取引の授業も聴いてたんだね」



開かれた雪のノートを見て、去年この授業を受けたという先輩がテストの傾向を教えてくれた。

出題パターンや暗記の範囲まで詳しく教えてくれ、雪のテンションが上がりだす。



そんな雪を見て、先輩は優しく微笑んだ。



「少しはやる気が出たみたいだね」



「良かった」



先輩は、これで自分も勉強に集中出来そうだと言った。

最後まで頑張ろうな、とのエールも。

雪はそんな彼からの励ましを受けて、いつのまにか顔が上を向いていたが、少し照れくさくて頭を掻いた。





それから二人は勉強に集中した。

オーダーしたサンドイッチもそのままに、二人してノートにかぶりつきながら。

  

途中雪がウトウトしかけると、先輩は手を叩いて彼女を起こした。



夜行性気味な雪に、早寝早起きの習慣をつけるべきだという説教も交えながら。


そして英語の塾への行き方も教えてくれた。

もう話は通してあるらしく、先輩は塾の受付方法を指示して雪に地図を渡した。




時計を見ると、そろそろ帰宅すべき時刻だ。

先輩は、トレイを雪の分まで返却口へと持って行った。



恐縮した雪が頭を掻く‥。







戻って来た淳が見たのは、憂鬱そうな顔をして何かを凝視する雪の姿だった。



何事かと声を掛けると、そそくさと店外へ出ることを促す雪。



そこに貼ってあった紙には、こう書いてあった。

バイト募集中



ふぅん、と呟く淳。



彼女が何を望んでいるかを、彼は理解したのだった。

そして淳はこれから自分がどうすべきか、そして彼女をどう誘導すべきかに思いを巡らせた。

そのシナリオを進めるために必要な一人の男の顔が、頭に浮かぶ。



遠藤修‥。





淳はその後雪を送って彼女の家の前まで行った。

街灯の少ない家の近所は、とても暗かった。

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<助け舟>でした。

救世主、青田淳の回でしたね。

前回、彼が転びかけた雪を受け止めた時に怖がった彼女を見て、淳は出来得る限りの助け舟を出すことに決めました。

就活相談の時はたまたまでしたが、今回は作為的な匂いがプンプンしますね~。

だからこそ雪が彼の”見せかけ”を感じとったたんだと思います。


次回は<水面下の人々>です。

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