「ごめん‥」


掠れた声で、淳がそう口にしたのを雪は聞いた。
淳は俯きながら、これまでの記憶をなぞり出す。
俺、もう何度もこう思ったよ

結局俺は、君に悪影響ばかり与えているんじゃないかって

荒れ果てた部屋の中で横たわりながら淳は、
以前ここで耳にした雪の言葉を思い出していた。
「今は前よりもっと、先輩のことが理解出来る気がします」

想定外の変数は、掌握していたはずの計算式を狂わせた。
そしてその答えは、今の目の前の彼女に繋がっている。

俺が望んでたのは、君のこんな姿じゃ無かった

だからずっと考えていたよ

そもそも計算式なんて、必要だったのだろうか。
最初から、俺が君に出会ってここまで来たことが

全ての間違いだったんじゃないかって

”これからは気を付けろよ”と囁いた、あの時の自分の声が鼓膜の裏で反響する。
計算式なんて、必要無かった。
そんな魂胆を持って近付いたことこそが、間違いだった。
その結論に至った淳は、思わず拳を握る。
何故かと言うと

それは俺が卑劣な人間だから
俺がおかしな人間だからー‥

仕掛けたトラップは、結果自分を苦しめる因果となった。
淳の脳裏に、悲しい記憶が次々と浮かび上がる。

心のままに伸ばした芽は、否応なく摘み取られた。
幼い頃から押されて来たその烙印が、剥き出しになって行く。
俺はおかしいんだ

いつか言われた”変な奴”というその言葉が、楔のように淳を縛る。
仮面が剥がれた彼の姿を、誰もがおかしなものを見る目付きで見ていた。

俺がおかしいから

本心を剥き出しにしたその姿に、あれだけ纏わりついていた取り巻きは、皆遠ざかって行った。
欺瞞が孤独を深めて行く。
あの時あの空間にあれだけの人が居たのに、誰も傍に居てくれなかった。

因果は巡る。
こんな”おかしい”自分が、彼女の傍に居る資格はあるのかー‥。
「何度もこんな目に合わせて、本当にごめん」

「俺は‥本当に‥」


俯き、そう言葉を紡いだ淳の目に映ったのは、彼女の手だった。

見えない傷のついたその手を、雪は淳に向かって差し出す。
「手を貸してくれませんか?先輩」


澄んだ雪のその瞳に、無言で佇む淳が映る。

何もかも映してしまうその鏡の様な瞳の前で、淳はただ立ち尽くすしか無かった。
決壊ぎりぎりで揺れている彼の心に、堅く絡まった蔦が覆う。
淳はその場から、身動きが取れないー‥。


まるで二人の間にある見えない扉に合う鍵を請うように、雪は手を差し出し続けていた。
けれど淳は動かない。

そしてそのまま、俯いてしまった。

二人の距離は縮まない。
間にある扉は、鍵がなくて開けられない。

まるで身体中に穴が開いて、そこから風が吹き抜けていくような、寂しさが蘇った。
言い様のない哀しさが、指先から零れ落ちて行く‥。

立ち尽くす淳の手が、ほんの僅か動くのを、

その時雪は見ていなかった。
差し出した手の行き場のなさに、押し潰されそうで。

鼻を啜りながら、込み上げてくるものを感じた。
二人の間にある見えない扉を開く鍵は、もう永遠に手に入らないのだとー‥。


ふと、何かの気配を感じた。

その微かな息遣いの中に、何かが零れる音を聞く。

「あ‥先輩‥」

「泣いてるの‥?」

立ち尽くす淳の瞳から、涙が零れ出していた。

その雫が音も無く、光りながら落下する。


想いが、涙に乗って零れ出る。
心の奥底から、堰を切ったように流れ出る。
「俺はただ‥」


涙の向こうで雪が、驚いた顔をしてこちらへ駆けて来るのが見えた。
心を覆っていた堅く絡まった蔦が、溢れる雫でゆっくりと溶かされて行く‥。
君に優しくしてあげたかったんだ。


指先だけで繋がれた、僅かな接点。
彼女の手が滑り落ちて行くその前に、
あの時淳は指先でその接点を繋ぎ止めた。

伸ばして来たその手を、振り払ってはいけない気がして‥。


あの時掴まれたのは、指先だけでは無かったらしい。
捕らえられた心の一部を、淳はその場に置いて来た。

もう一度彼女と、その接点を繋ぐためにー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雫>でした。
こ‥こんな日が来るなんて‥。淳の涙を見る日が来るなんて‥。
あかん‥胸がいっぱいです。万感の思い。

”自分はおかしい”ということを、今まで必死に否定して来た淳が、
初めてそこに向き合ったんですね。そしてそれは結果雪を苦しめているのだと。
打算も計算もなしに、ただ雪のことを慮った。
そしてそれこそが十数年前、裏目氏と河村教授が望んだ
”何の打算も目的もなく、ただ互いのために気を掛け合える”存在を見つけた、ということなんですよね‥。
最後の雪が聞いた「泣いてるの?」は、

今まで散々淳が雪に聞いてきたことでした。


「泣いてるの」特集‥。
淳の涙が、合わせ鏡となった雪の涙を引き出せることができますように。
横山の妄想の中で一回泣いてる雪がいましたが、それはもちろんノーカンで(笑)

次回は<淳>春の日>。
淳サイドからの、「雪ちゃん」と声を掛けてからのこれまでの流れです。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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掠れた声で、淳がそう口にしたのを雪は聞いた。
淳は俯きながら、これまでの記憶をなぞり出す。
俺、もう何度もこう思ったよ

結局俺は、君に悪影響ばかり与えているんじゃないかって

荒れ果てた部屋の中で横たわりながら淳は、
以前ここで耳にした雪の言葉を思い出していた。
「今は前よりもっと、先輩のことが理解出来る気がします」

想定外の変数は、掌握していたはずの計算式を狂わせた。
そしてその答えは、今の目の前の彼女に繋がっている。

俺が望んでたのは、君のこんな姿じゃ無かった

だからずっと考えていたよ

そもそも計算式なんて、必要だったのだろうか。
最初から、俺が君に出会ってここまで来たことが

全ての間違いだったんじゃないかって

”これからは気を付けろよ”と囁いた、あの時の自分の声が鼓膜の裏で反響する。
計算式なんて、必要無かった。
そんな魂胆を持って近付いたことこそが、間違いだった。
その結論に至った淳は、思わず拳を握る。
何故かと言うと

それは俺が卑劣な人間だから
俺がおかしな人間だからー‥

仕掛けたトラップは、結果自分を苦しめる因果となった。
淳の脳裏に、悲しい記憶が次々と浮かび上がる。

心のままに伸ばした芽は、否応なく摘み取られた。
幼い頃から押されて来たその烙印が、剥き出しになって行く。
俺はおかしいんだ

いつか言われた”変な奴”というその言葉が、楔のように淳を縛る。
仮面が剥がれた彼の姿を、誰もがおかしなものを見る目付きで見ていた。

俺がおかしいから

本心を剥き出しにしたその姿に、あれだけ纏わりついていた取り巻きは、皆遠ざかって行った。
欺瞞が孤独を深めて行く。
あの時あの空間にあれだけの人が居たのに、誰も傍に居てくれなかった。

因果は巡る。
こんな”おかしい”自分が、彼女の傍に居る資格はあるのかー‥。
「何度もこんな目に合わせて、本当にごめん」

「俺は‥本当に‥」


俯き、そう言葉を紡いだ淳の目に映ったのは、彼女の手だった。

見えない傷のついたその手を、雪は淳に向かって差し出す。
「手を貸してくれませんか?先輩」


澄んだ雪のその瞳に、無言で佇む淳が映る。

何もかも映してしまうその鏡の様な瞳の前で、淳はただ立ち尽くすしか無かった。
決壊ぎりぎりで揺れている彼の心に、堅く絡まった蔦が覆う。
淳はその場から、身動きが取れないー‥。


まるで二人の間にある見えない扉に合う鍵を請うように、雪は手を差し出し続けていた。
けれど淳は動かない。

そしてそのまま、俯いてしまった。

二人の距離は縮まない。
間にある扉は、鍵がなくて開けられない。

まるで身体中に穴が開いて、そこから風が吹き抜けていくような、寂しさが蘇った。
言い様のない哀しさが、指先から零れ落ちて行く‥。

立ち尽くす淳の手が、ほんの僅か動くのを、

その時雪は見ていなかった。
差し出した手の行き場のなさに、押し潰されそうで。

鼻を啜りながら、込み上げてくるものを感じた。
二人の間にある見えない扉を開く鍵は、もう永遠に手に入らないのだとー‥。


ふと、何かの気配を感じた。

その微かな息遣いの中に、何かが零れる音を聞く。

「あ‥先輩‥」

「泣いてるの‥?」

立ち尽くす淳の瞳から、涙が零れ出していた。

その雫が音も無く、光りながら落下する。


想いが、涙に乗って零れ出る。
心の奥底から、堰を切ったように流れ出る。
「俺はただ‥」


涙の向こうで雪が、驚いた顔をしてこちらへ駆けて来るのが見えた。
心を覆っていた堅く絡まった蔦が、溢れる雫でゆっくりと溶かされて行く‥。
君に優しくしてあげたかったんだ。


指先だけで繋がれた、僅かな接点。
彼女の手が滑り落ちて行くその前に、
あの時淳は指先でその接点を繋ぎ止めた。

伸ばして来たその手を、振り払ってはいけない気がして‥。


あの時掴まれたのは、指先だけでは無かったらしい。
捕らえられた心の一部を、淳はその場に置いて来た。

もう一度彼女と、その接点を繋ぐためにー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雫>でした。
こ‥こんな日が来るなんて‥。淳の涙を見る日が来るなんて‥。
あかん‥胸がいっぱいです。万感の思い。


”自分はおかしい”ということを、今まで必死に否定して来た淳が、
初めてそこに向き合ったんですね。そしてそれは結果雪を苦しめているのだと。
打算も計算もなしに、ただ雪のことを慮った。
そしてそれこそが十数年前、裏目氏と河村教授が望んだ
”何の打算も目的もなく、ただ互いのために気を掛け合える”存在を見つけた、ということなんですよね‥。
最後の雪が聞いた「泣いてるの?」は、

今まで散々淳が雪に聞いてきたことでした。




「泣いてるの」特集‥。
淳の涙が、合わせ鏡となった雪の涙を引き出せることができますように。
横山の妄想の中で一回泣いてる雪がいましたが、それはもちろんノーカンで(笑)

次回は<淳>春の日>。
淳サイドからの、「雪ちゃん」と声を掛けてからのこれまでの流れです。
☆ご注意☆
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半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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