二人は場所を変えて話し始めた。
過去問盗難事件の真犯人について、雪は持論を展開する。
「‥だからそういうわけで、どう考えても犯人は健太先輩なんですが、
残念ながら証拠が無くて‥」

「事を荒立ててしまってすいませんでした、直美さん」

そう謝罪を口にした雪に対して、それまで黙って話を聞いていた直美は食って掛かった。
「だからってずっと黙ってるつもり?!アンタにも責任が‥」
「はい」

雪は直美の怒りを受け止めながら、事の成り行きを正直に口にする。
「実はどうにか解決しようと健太先輩を問い詰めてみたんですが、
先輩が逆ギレしてもっと大事になってしまったんです。私を押し退けて‥青田先輩まで怪我をして」
「はぁ?!マジで?!青田先輩を?!」

雪が口にした真実に、直美の怒りはどんどん膨れ上がって行った。
「マジでおかしいんじゃないのあの男!
卒業するからって何してもいいっていうの?!それであたしを陥れて‥」


あまりの屈辱に、直美は口元をワナワナと歪ませた。
考えれば考える程、柳瀬健太という人間が憎くて堪らない。
「ああっ!もうむかつきすぎておかしくなりそう!!」

「あたし‥今まで生きてきてこんな屈辱初めてよ。
どうして健太みたいな奴に‥」

「どうして‥」

全身をブルブルと震わせながら、直美は思わず駆け出した。
「我慢出来ない!このままにしちゃおけないわ‥!」
「あっ!直美さんっ‥」

「落ち着いて下さい!」

雪はそんな直美を呼び止めると、強引に振りほどこうとするその腕を強い力で押し留める。
「ちょっと待って。冷静になって考えてみて下さい」
「何を考えろって?!どうして止めるのよ!」

「直美さん」

雪は落ち着いた口調で、残酷なまでの現状を冷静に伝える。
「証拠が無いんです。
また心証だけで問い詰めても、皆を疲れさせてイライラさせるだけです。
直美さんにもよく分かるでしょう?」

雪からそう言われ、直美は思わず言葉に詰まった。
二人の脳裏に、心証だけで騒ぎ立て、問題が肥大してしまったあの出来事が浮かぶ。
「それ本当?雪ちゃん‥ちょっとひどいんじゃない?同じ学科の同期同士で‥」
「女ってこえー」「あーうるせー。つまんねーことで喧嘩すんなよ」

清水香織を巡って起こったあの一連の事件。
確証も証拠もないままに、溝だけが深まって行ってしまったあの日々が思い出された。
「あんな晒し者みたいにして‥恨みでもあるの?同じ学科の仲間じゃない!」
「それは‥」「だって、直美さん!」

「清水のしでかしたことには賛成しかねるけど、衆人環視の中でフルボッコはなぁ‥」
「ちょ、レポートパクったのもアリだって?」
「パクったのは勿論ナシだけど、皆が見てる前で晒すのはちょっとさぁ‥」

「だから私が盗んだってワケ?随分容易く人のことを変人扱いするのね?
証拠も無いのに、私のことが嫌いだからって意地を張るのは止めてくれる?
皆試験期間中だっていうのに喧嘩売って‥。それってどうなの?」

「雪ちゃんも大概ね。今度は何につっかかってるの?」
「そうよ、試験期間中なんだから止めてよ」

あの事件において、巻き込まれる側の苛立ちと他人事の感情を、
誰よりも分かっていたのは直美だった。
「直美さんが一番よく分かってるはずです」

「‥‥‥‥」

雪から言われたあまりにも図星のそれに、直美は身体を細かく震わせたまま押し黙るしかなかった。
雪の言う事を理解出来る理性と、柳瀬健太を許すことの出来ない感情が、直美の中で真っ二つに割れる。
「ああっ!もうっ‥!」

「直美さん、気持ち分かります」
「あんな奴に騙されて‥!」「そんな風に考えないで」

雪は直美の気持ちを受け止めながら、震える彼女の身体を支えた。
「それじゃどうしたら‥。証拠がなきゃ何も出来ないんでしょ?」
「はい‥残念ながら」

「逆に証拠が無いから、あの人はあんなにも堂々としていられるんです」

雪は直美に顔を寄せると、意味深なその言葉を口にした。
直美はその言葉の中に含まれる真意を、深い所で受け止める。
「‥‥‥」

「そうよね‥」

要は一番重要なのは”証拠”が出るかどうかということだった。
それさえ気をつければ、後は相手を誘導するのみー‥。
「糸井からすげー情報を入手したんだが‥。そんな過去問よりも遥かに良いモンだ」

雪と直美がその会話をした数時間後、柳瀬健太は雪達にそう告げて来た。
皆相手にはしなかったが、健太が去ってからの柳の言葉が耳に残る。
「つーか糸井発のすごい情報ってなんだろな?」

まさか‥?

あれだけ柳瀬健太に憤慨していた直美が、有益になる情報を彼に流したとは考え難かった。
あれからずっと、直美のことが引っ掛かっている。

そんなことを思い出しながらキャンパス内を歩いていると、
視線の先に彼女の姿が映った。

糸井直美。
彼女は雪と目が合うと、視線を外さぬまま軽く会釈をする。

そして何も言わずに、直美は雪の前から去って行った。

「‥‥‥‥」

言葉を交わさなくとも、直美が健太に何を吹き込み、
それが彼の運命を変えることになったであろうことに、雪は気づかざるを得なかった。

証拠も何も出ない心証だけの誘導を、やってのけたと彼女の背中は語る。
予想通り反応する相手も居て

人は一体どのくらいの確率で、自分の思い通りに動くのか。
「卒験、上手くいきました?」
「うん、まぁ‥」

その頃、教養授業の教室では、
小西恵と佐藤広隆が、未だ現れぬ彼女のことを思って会話を交わしていた。
「今日、教養発表の最終日なのに、静香さん結局来ませんね」「うん‥」

恵の言葉に佐藤が頷いた矢先、教室のドアが大きな音を立てて開いた。
バンッ!

「!」

呆気にとられる二人の元に、サングラス姿の彼女はツカツカと近づき、
やがてどっかりと席に就く。

河村静香。
いつも予想外の行動を見せる彼女は、前を向いたまま佐藤に向かってこう話し掛ける。
「今日、この授業最終日なんでしょ?」「え?ああ‥」
「飲み連れて行って」「あ‥」

「あ‥」

佐藤は彼女の横顔をじっと見つめたまま、その真意を組むことが出来ずに困惑していた。
無表情で黙り込む彼女の横顔からは、何の感情も読み取れない。
そうじゃない相手も居る。

まるで予想が付かないその相手。
その最たる者が、河村静香だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<逆転(2)>でした。
直美、やってのけましたね。健太の行く末が恐ろしい‥
目には目を、の精神がこの作品の根っこのところにありますよね。
雪ちゃんがだんだんと黒淳に似てきたような‥。ブルブル
次回は珍しい落ち込む静香が見られます‥。
<凋落>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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過去問盗難事件の真犯人について、雪は持論を展開する。
「‥だからそういうわけで、どう考えても犯人は健太先輩なんですが、
残念ながら証拠が無くて‥」

「事を荒立ててしまってすいませんでした、直美さん」

そう謝罪を口にした雪に対して、それまで黙って話を聞いていた直美は食って掛かった。
「だからってずっと黙ってるつもり?!アンタにも責任が‥」
「はい」

雪は直美の怒りを受け止めながら、事の成り行きを正直に口にする。
「実はどうにか解決しようと健太先輩を問い詰めてみたんですが、
先輩が逆ギレしてもっと大事になってしまったんです。私を押し退けて‥青田先輩まで怪我をして」
「はぁ?!マジで?!青田先輩を?!」

雪が口にした真実に、直美の怒りはどんどん膨れ上がって行った。
「マジでおかしいんじゃないのあの男!
卒業するからって何してもいいっていうの?!それであたしを陥れて‥」


あまりの屈辱に、直美は口元をワナワナと歪ませた。
考えれば考える程、柳瀬健太という人間が憎くて堪らない。
「ああっ!もうむかつきすぎておかしくなりそう!!」

「あたし‥今まで生きてきてこんな屈辱初めてよ。
どうして健太みたいな奴に‥」

「どうして‥」

全身をブルブルと震わせながら、直美は思わず駆け出した。
「我慢出来ない!このままにしちゃおけないわ‥!」
「あっ!直美さんっ‥」

「落ち着いて下さい!」

雪はそんな直美を呼び止めると、強引に振りほどこうとするその腕を強い力で押し留める。
「ちょっと待って。冷静になって考えてみて下さい」
「何を考えろって?!どうして止めるのよ!」

「直美さん」

雪は落ち着いた口調で、残酷なまでの現状を冷静に伝える。
「証拠が無いんです。
また心証だけで問い詰めても、皆を疲れさせてイライラさせるだけです。
直美さんにもよく分かるでしょう?」

雪からそう言われ、直美は思わず言葉に詰まった。
二人の脳裏に、心証だけで騒ぎ立て、問題が肥大してしまったあの出来事が浮かぶ。
「それ本当?雪ちゃん‥ちょっとひどいんじゃない?同じ学科の同期同士で‥」
「女ってこえー」「あーうるせー。つまんねーことで喧嘩すんなよ」

清水香織を巡って起こったあの一連の事件。
確証も証拠もないままに、溝だけが深まって行ってしまったあの日々が思い出された。
「あんな晒し者みたいにして‥恨みでもあるの?同じ学科の仲間じゃない!」
「それは‥」「だって、直美さん!」

「清水のしでかしたことには賛成しかねるけど、衆人環視の中でフルボッコはなぁ‥」
「ちょ、レポートパクったのもアリだって?」
「パクったのは勿論ナシだけど、皆が見てる前で晒すのはちょっとさぁ‥」

「だから私が盗んだってワケ?随分容易く人のことを変人扱いするのね?
証拠も無いのに、私のことが嫌いだからって意地を張るのは止めてくれる?
皆試験期間中だっていうのに喧嘩売って‥。それってどうなの?」

「雪ちゃんも大概ね。今度は何につっかかってるの?」
「そうよ、試験期間中なんだから止めてよ」

あの事件において、巻き込まれる側の苛立ちと他人事の感情を、
誰よりも分かっていたのは直美だった。
「直美さんが一番よく分かってるはずです」

「‥‥‥‥」

雪から言われたあまりにも図星のそれに、直美は身体を細かく震わせたまま押し黙るしかなかった。
雪の言う事を理解出来る理性と、柳瀬健太を許すことの出来ない感情が、直美の中で真っ二つに割れる。
「ああっ!もうっ‥!」

「直美さん、気持ち分かります」
「あんな奴に騙されて‥!」「そんな風に考えないで」

雪は直美の気持ちを受け止めながら、震える彼女の身体を支えた。
「それじゃどうしたら‥。証拠がなきゃ何も出来ないんでしょ?」
「はい‥残念ながら」

「逆に証拠が無いから、あの人はあんなにも堂々としていられるんです」

雪は直美に顔を寄せると、意味深なその言葉を口にした。
直美はその言葉の中に含まれる真意を、深い所で受け止める。
「‥‥‥」

「そうよね‥」

要は一番重要なのは”証拠”が出るかどうかということだった。
それさえ気をつければ、後は相手を誘導するのみー‥。
「糸井からすげー情報を入手したんだが‥。そんな過去問よりも遥かに良いモンだ」

雪と直美がその会話をした数時間後、柳瀬健太は雪達にそう告げて来た。
皆相手にはしなかったが、健太が去ってからの柳の言葉が耳に残る。
「つーか糸井発のすごい情報ってなんだろな?」

まさか‥?

あれだけ柳瀬健太に憤慨していた直美が、有益になる情報を彼に流したとは考え難かった。
あれからずっと、直美のことが引っ掛かっている。

そんなことを思い出しながらキャンパス内を歩いていると、
視線の先に彼女の姿が映った。

糸井直美。
彼女は雪と目が合うと、視線を外さぬまま軽く会釈をする。

そして何も言わずに、直美は雪の前から去って行った。

「‥‥‥‥」

言葉を交わさなくとも、直美が健太に何を吹き込み、
それが彼の運命を変えることになったであろうことに、雪は気づかざるを得なかった。

証拠も何も出ない心証だけの誘導を、やってのけたと彼女の背中は語る。
予想通り反応する相手も居て

人は一体どのくらいの確率で、自分の思い通りに動くのか。
「卒験、上手くいきました?」
「うん、まぁ‥」

その頃、教養授業の教室では、
小西恵と佐藤広隆が、未だ現れぬ彼女のことを思って会話を交わしていた。
「今日、教養発表の最終日なのに、静香さん結局来ませんね」「うん‥」

恵の言葉に佐藤が頷いた矢先、教室のドアが大きな音を立てて開いた。
バンッ!

「!」

呆気にとられる二人の元に、サングラス姿の彼女はツカツカと近づき、
やがてどっかりと席に就く。

河村静香。
いつも予想外の行動を見せる彼女は、前を向いたまま佐藤に向かってこう話し掛ける。
「今日、この授業最終日なんでしょ?」「え?ああ‥」
「飲み連れて行って」「あ‥」

「あ‥」

佐藤は彼女の横顔をじっと見つめたまま、その真意を組むことが出来ずに困惑していた。
無表情で黙り込む彼女の横顔からは、何の感情も読み取れない。
そうじゃない相手も居る。

まるで予想が付かないその相手。
その最たる者が、河村静香だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<逆転(2)>でした。
直美、やってのけましたね。健太の行く末が恐ろしい‥

目には目を、の精神がこの作品の根っこのところにありますよね。
雪ちゃんがだんだんと黒淳に似てきたような‥。ブルブル

次回は珍しい落ち込む静香が見られます‥。
<凋落>です。
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