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授業開始時刻より遅れて入って来た雪は、疲れ果てていた。
のみならず、葉っぱらしきものを頭に乗せ、洋服は薄汚れている。
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早く座るよう教授に促され謝りながら入って来る彼女を、淳は不思議な思いで見つめていた。
淳の隣に座る佐藤も同様に不可解な視線を送ったが、清水香織は居眠りをこいていた。
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席に付いた雪に、聡美がコッソリと身を寄せる。
「なんで遅れたの?」「うう‥人形失くしちゃって‥」
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雪がコソコソと聡美に事情を説明していると、携帯のメールフォルダが光っているのに気がついた。
送信主は”小西恵”。雪はメールを開けた。
姉ちゃん俺だけど、電池なくなっちったからキンカンの携帯から送るよ!
亮さんとも連絡取れないし、とりあえずキンカンと行くわ。おk?
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メールは恵と見せかけて蓮からであった。なんだか力が抜けていく。
雪は脱力感を感じて、一人ぼんやりと考えた。
私は‥何の為に外に出たの‥。あの二人に翻弄されて‥人形も失くして‥
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短い休憩時間だったが、随分長く外に居たような気がした。
蓮と亮、二人を探して電話を掛けまくり、挙句亮に無視され人形を失くし、結局蓮は自分で解決して去って行った‥。
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雪はぐったりと空を見つめたまま、授業時間が過ぎて行くのに身を任せた。
いつも自分は他人に振り回されて疲れていく‥。
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頭の中には失くなった人形のことばかりが浮かんだ。
失くしたとしたら先ほど歩いた道中だ。雪は授業が終わったら、音大の方向へ行こうと決めた。
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淳はキョトンとした顔をして、草木を掻き分ける雪を眺めていた。
授業が終わってから事情は聞いたが、なぜここまで彼女が必死になるのかが分からなかった。
「大丈夫だからもう止めよう。また買えばいい話なんだから」
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彼があげた人形を失くした彼女は、その償いのように必死になって人形を探していた。
淳が何度大丈夫だと言っても、彼女の手は止まらない。
「んもーマジで‥いきなり蓮と河‥」
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雪は手を動かしながら、無意識に愚痴をこぼしていた。
そして亮の名前を出しかけたところで気がつき、言葉を切った。
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しまった、と思った時にはもう遅かった。
振り返って窺った彼の顔は、全てお見通しと言わんばかりだった。
「わ‥私が呼んだんじゃないですよ!」
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幾分焦りながら弁解する雪に、分かってるよと言って頷く彼。
いつも亮の話が出る時はどこか緊張する‥。
「ここだけ探してみて、ダメだったら諦めよう」
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そう言って背を屈める彼に、雪は泣きながら(?)お礼を言った。
自分のミスに彼まで付き合わせることが申し訳なくも、どこか嬉しい気持ちもある。
「10分だけ探して終わりにしますね!」
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そうしよう、と言って淳は頷いた。
それから今までよりも必死になって、彼女は人形を探した。
うう‥ライオンちゃん‥TT
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その横顔から、失くした人形を心から惜しんでいるのが見て取れた。
淳は彼女がそこまで自分からのプレゼントを大切に思っていたことを知り、思わず笑みを零す‥。
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そして10分強が経過したところで、二人は作業の手を止めた。
雪は項垂れ、大きな溜息を吐く。
「あ~‥無かったー‥!」
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淳は雪の隣に座り、おつかれと言って彼女を労った。
もう止めようと言う淳だが、雪は最後のあがきで自分の鞄をひっくり返す。
「これで最後‥!」
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鞄の中身が、ドサッと地面に落ちた。淳がフッと笑いながら彼女に声を掛ける。
「終わりにするんじゃなかったの?」「ホントのホントにこれが最後!」
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すると文具や本に紛れて一枚の名刺が落ちていることに淳は気付き、手を伸ばした。
「これ何? 音楽学部ピアノ科‥」
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雪が制止するより早く、淳はその名刺を拾い読み上げていた。
”ピアノ科”‥。淳の中にあるアンテナが、鋭く警告を鳴らす。
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淳は普段と変わらぬ口調で、なぜ雪が音大教授の名刺を持っているのかと尋ねた。
雪は頭を掻きながら、幾分気まずい表情で事情を説明する。
「あ‥さっき河村氏が蓮とうちの大学に来て、音大でこの教授にお会いしたようなんですよ。
私も詳しくはよく分からないんですが‥。それでその教授から、名刺を河村氏に渡すよう頼まれまして‥」
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雪は何とも運のないタイミングで、気まずい状況に陥った己の運命を憂いた。
しかしその歯車は、抗いようもなく雪の運命を波乱へと導いて回り出す。
「なぜ、君が?」
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彼はそう言って、微笑んだ。
しかしその笑みは単なる微笑みとは、違う種類の笑みだった。
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<その探しもの>でした。
さて雪の話に戻ってまいりましたね。
頭に葉っぱを乗せて探しものをする雪ちゃん。可愛いですねぇ^^
そして、雪ちゃんは貰ったものや受けた愛情をすごく大事にする子だということが見て取れますね。
あの髪留めは、3部に入って一度もつけてないけどね‥^^;
次回は<奇妙な威圧感>です。
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イケメン2人が言い争う中に身を置く雪ちゃん。彼氏の前でもきちんと中立。
でへへへ~
夏じゃないからあんまりアップスタイルしないのかな~
まさかウチの姑もミンスみたいなマネを…いつのまにっ…!(白目)
ちょっち最近何かにつけて白目ムキスギですかねー。あんまり安易に白目むくと、ケンドーコバヤシや光浦さんに「正当な白目じゃない」と怒られそうです。
多分少女マンガ派の皆さんとは感想がちょっと違う時が多いので。
実はお金持ちのイケメンが「俺を殴った(or断ったor幼い頃亡くしたお母さんを感しさせたor本当の俺を見取って嘲笑った)女はお前が初めて!結婚しよう!」とか言う類の作品は好みではないんですが、何故かチートラだけは好きで・・・
書き忘れ:探す雪を見る先輩の笑顔と、
「Why you?」,「I'll take it」の笑顔は
また別の種類の笑顔ですね。