「‥‥‥‥!」
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偶然訪れたA大にて、亮は運命に導かれるようにその先生と邂逅した。
彼は高校時代の亮を知っていた‥。
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驚愕の表情を浮かべたままの亮に、先生はにこやかに尋ね始めた。
「ところで‥何故ここに居るんだい? 誰かに会いに来たの?」
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亮はギクッとして、「いや‥」と言葉を濁した。
彼と目を合わせることが出来なかった。
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そんな亮の様子を見て、先生は少し言いづらそうに口を開く。
「‥あれ以来、君の消息をまるで知ることが出来なくて‥気になっていたんだ」
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「あれからどうして居たんだい?」と先生は続けた。
亮の身体が、ビクリと硬くなる。
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脳裏に、ピアノを諦めてから送った日々が思い出された。
どのアルバイトも長くは続かず、ただ闇雲にその日その日を生きてきた。
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そして今もそれは変わらず、凡庸に毎日を続けている‥。
「金先生とも連絡を取り合っていないようだし‥」
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ドクンドクンと、亮の心臓は痛い程鼓動を打った。
先生の口元がスローモーションで動くような気がした。
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気がついたら、拳をグッと握り締めていた。紡ぐ言葉など、何も無かったのだ。
先生の視線は亮の手に落ち、青筋の浮かんだそれを暫し見つめた。
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噛みしめる唇、固く握られた拳、彷徨う視線‥。
先生は亮が今どんな状況なのかを、聞かずとも知る。
「手は‥それじゃあまだ‥」
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先生は言葉を続けようとしたが、それを許さなかったのは亮だった。
先生の口から全てを聞く前に、気がついたら駆け出していた。
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あ、と声を出した時にはもう遅かった。
先生は亮の後ろ姿に声を掛けたが、彼は立ち止まること無くそのまま走り去って行った‥。
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名も無き感情が、亮の心を掻き乱していた。
心の奥底に沈めたはずのあの熱が、絶望の淵で藻掻いていたあの日々が、追いかけてくるようだった。
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亮は全てを振り切るように、がむしゃらに走り続けた。
心臓は破裂しそうなほど早く打ち、耳には荒ぶる呼吸の音しか聞こえない。
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景色など目に入らなかった。
少しでもこの場から離れなければ、という思いだけが亮を駆り立てる‥。
「あ!河村氏!」
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雪は構内を走っている亮に気がつき、声を掛けた。
そのまま歩を緩めるが、亮は止まる気配が無い。
「一体何‥」
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こちらに駆けてくる亮はスピードを緩めぬまま、一瞬雪の方へ視線を送った。
傷ついた獣のような、哀しく孤独な二つの瞳。
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それは一秒にも満たない時間だったが、雪は亮のその視線を捕らえた。
しかし何か言葉を掛ける前に、何が起こったのか理解する前に、
ヒュッ、とそのまま亮は雪の横を走り抜けて行った。
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彼の勢いで舞い上がる風が、彼女の髪を乱した。
雪はポカンと口を開けたまま、ただその場に取り残される。
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亮に何があったかなど知る由もない雪は、いきなり無視されたことに憤慨した。
目を白黒させて彼の去って行った方向を振り返る。
「何なの‥?!あの人マジ‥」
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するとそんな雪の後ろから、彼女を呼び止める人物が居た。
「そこの学生さん、ちょっと」と雪に声を掛ける。
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雪は返事をしたものの、突然近づいてくる中年の男性に幾分警戒した。
しかし彼はにこやかに雪に話しかける。
「君は河村亮君と知り合いなの?」
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「はい、まぁ‥」と言葉尻を濁して雪は答えた。
すると男性はニッコリと微笑み、雪に質問する。
「あ、彼女なの?」「違いまっす!!」
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雪の叩き返すようなリアクションに、男性は驚いて冷や汗をかいた。
そして場を仕切り直すように、雪に尚も質問を投げかける。
「君の友達のあの彼‥まだピアノを弾いてるの?」と。
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「‥‥‥‥」
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しかし雪はその質問に答えることなく、そのまま口を噤んだ。
訝しげな視線を送りながら、決まり悪そうに頭を掻く。
‥何だろう? 河村氏の知り合い? なぜピアノの話を‥
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いかにも慎重な雪の配慮だった。見ず知らずの人間に、いきなり知人の話を語ることは出来ない‥。
彼はそんな雪の表情を見て、自分が疑われていることに気がついた。ニッコリと笑顔で弁解する。
「あぁ、僕は怪しい人間じゃない。ここの教授なんだ」
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そう言われ、雪は少し身体を固くした。そうとは知らず少し無礼な態度を取ってしまったかもしれない‥。
若干心苦しく思った雪は、その後の教授の質問には大人しく返答した。
「もしかして河村君は、うちの大学に通ってるの?」
「いえ‥」
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雪の答えを聞き、彼は「そうか」と言って頷いた。
一人呟くように、思うところを口にする。
「それでもここに来たということは‥ふぅむ‥」
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何かに思い巡らす教授を、雪は不思議そうな顔で見つめていた。
すると教授はポケットに手を入れ、「すまないがこれを、」と切り出しながらそれを取り出した。
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渡しといてくれるかな、と言って差し出したのは、一枚の名刺だった。
"音楽学部 ピアノ科 専任教授"の肩書の下に、「志村明秀」と名前が書いてある。
「もし未練があるならいつでも来なさいと、言っておいて欲しい」
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その言葉と共に受け取った名刺を、雪はまじまじと眺めた。
教授はそう言ったきり雪に背を向け、軽く会釈をして去って行った。
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「‥‥‥‥」
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小さくなる教授の後ろ姿と、先ほどすれ違った時に寄越された亮の視線が雪の中で交錯した。
名刺を持った手をそのままに雪は、何かがあったことを推し量る‥。
「ふぅ‥しかし何で逃げたんだろ‥電話‥」
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分からないことは、聞いてみないとしかたない。
この名刺のこともあり、雪は亮に電話を掛けようとポケットから携帯を取り出した。
しかし携帯を持ったその瞬間、とあることに気がついた。
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いつも携帯にぶら下がっていた、あのライオンの人形が無い‥。
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雪の頭の中は真っ白になった。
そして先ほど自分が歩いて来た方向を、即座に逆戻りし始めた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<傷ついた獣>でした。
雪とすれ違う時に見せる、あの亮の視線が切ないですね‥。
しかし気になるのはやはり走る時の足の角度‥。
ということで足の角度写真館です(笑)
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次回は蓮と恵の過去記事になります~。
<蓮と恵>その思い出(1)です。
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偶然訪れたA大にて、亮は運命に導かれるようにその先生と邂逅した。
彼は高校時代の亮を知っていた‥。
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驚愕の表情を浮かべたままの亮に、先生はにこやかに尋ね始めた。
「ところで‥何故ここに居るんだい? 誰かに会いに来たの?」
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亮はギクッとして、「いや‥」と言葉を濁した。
彼と目を合わせることが出来なかった。
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そんな亮の様子を見て、先生は少し言いづらそうに口を開く。
「‥あれ以来、君の消息をまるで知ることが出来なくて‥気になっていたんだ」
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「あれからどうして居たんだい?」と先生は続けた。
亮の身体が、ビクリと硬くなる。
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脳裏に、ピアノを諦めてから送った日々が思い出された。
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そして今もそれは変わらず、凡庸に毎日を続けている‥。
「金先生とも連絡を取り合っていないようだし‥」
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ドクンドクンと、亮の心臓は痛い程鼓動を打った。
先生の口元がスローモーションで動くような気がした。
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気がついたら、拳をグッと握り締めていた。紡ぐ言葉など、何も無かったのだ。
先生の視線は亮の手に落ち、青筋の浮かんだそれを暫し見つめた。
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噛みしめる唇、固く握られた拳、彷徨う視線‥。
先生は亮が今どんな状況なのかを、聞かずとも知る。
「手は‥それじゃあまだ‥」
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先生は言葉を続けようとしたが、それを許さなかったのは亮だった。
先生の口から全てを聞く前に、気がついたら駆け出していた。
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あ、と声を出した時にはもう遅かった。
先生は亮の後ろ姿に声を掛けたが、彼は立ち止まること無くそのまま走り去って行った‥。
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名も無き感情が、亮の心を掻き乱していた。
心の奥底に沈めたはずのあの熱が、絶望の淵で藻掻いていたあの日々が、追いかけてくるようだった。
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亮は全てを振り切るように、がむしゃらに走り続けた。
心臓は破裂しそうなほど早く打ち、耳には荒ぶる呼吸の音しか聞こえない。
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景色など目に入らなかった。
少しでもこの場から離れなければ、という思いだけが亮を駆り立てる‥。
「あ!河村氏!」
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雪は構内を走っている亮に気がつき、声を掛けた。
そのまま歩を緩めるが、亮は止まる気配が無い。
「一体何‥」
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こちらに駆けてくる亮はスピードを緩めぬまま、一瞬雪の方へ視線を送った。
傷ついた獣のような、哀しく孤独な二つの瞳。
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それは一秒にも満たない時間だったが、雪は亮のその視線を捕らえた。
しかし何か言葉を掛ける前に、何が起こったのか理解する前に、
ヒュッ、とそのまま亮は雪の横を走り抜けて行った。
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彼の勢いで舞い上がる風が、彼女の髪を乱した。
雪はポカンと口を開けたまま、ただその場に取り残される。
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亮に何があったかなど知る由もない雪は、いきなり無視されたことに憤慨した。
目を白黒させて彼の去って行った方向を振り返る。
「何なの‥?!あの人マジ‥」
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するとそんな雪の後ろから、彼女を呼び止める人物が居た。
「そこの学生さん、ちょっと」と雪に声を掛ける。
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雪は返事をしたものの、突然近づいてくる中年の男性に幾分警戒した。
しかし彼はにこやかに雪に話しかける。
「君は河村亮君と知り合いなの?」
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「はい、まぁ‥」と言葉尻を濁して雪は答えた。
すると男性はニッコリと微笑み、雪に質問する。
「あ、彼女なの?」「違いまっす!!」
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雪の叩き返すようなリアクションに、男性は驚いて冷や汗をかいた。
そして場を仕切り直すように、雪に尚も質問を投げかける。
「君の友達のあの彼‥まだピアノを弾いてるの?」と。
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「‥‥‥‥」
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しかし雪はその質問に答えることなく、そのまま口を噤んだ。
訝しげな視線を送りながら、決まり悪そうに頭を掻く。
‥何だろう? 河村氏の知り合い? なぜピアノの話を‥
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いかにも慎重な雪の配慮だった。見ず知らずの人間に、いきなり知人の話を語ることは出来ない‥。
彼はそんな雪の表情を見て、自分が疑われていることに気がついた。ニッコリと笑顔で弁解する。
「あぁ、僕は怪しい人間じゃない。ここの教授なんだ」
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そう言われ、雪は少し身体を固くした。そうとは知らず少し無礼な態度を取ってしまったかもしれない‥。
若干心苦しく思った雪は、その後の教授の質問には大人しく返答した。
「もしかして河村君は、うちの大学に通ってるの?」
「いえ‥」
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雪の答えを聞き、彼は「そうか」と言って頷いた。
一人呟くように、思うところを口にする。
「それでもここに来たということは‥ふぅむ‥」
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何かに思い巡らす教授を、雪は不思議そうな顔で見つめていた。
すると教授はポケットに手を入れ、「すまないがこれを、」と切り出しながらそれを取り出した。
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渡しといてくれるかな、と言って差し出したのは、一枚の名刺だった。
"音楽学部 ピアノ科 専任教授"の肩書の下に、「志村明秀」と名前が書いてある。
「もし未練があるならいつでも来なさいと、言っておいて欲しい」
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その言葉と共に受け取った名刺を、雪はまじまじと眺めた。
教授はそう言ったきり雪に背を向け、軽く会釈をして去って行った。
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「‥‥‥‥」
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小さくなる教授の後ろ姿と、先ほどすれ違った時に寄越された亮の視線が雪の中で交錯した。
名刺を持った手をそのままに雪は、何かがあったことを推し量る‥。
「ふぅ‥しかし何で逃げたんだろ‥電話‥」
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分からないことは、聞いてみないとしかたない。
この名刺のこともあり、雪は亮に電話を掛けようとポケットから携帯を取り出した。
しかし携帯を持ったその瞬間、とあることに気がついた。
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いつも携帯にぶら下がっていた、あのライオンの人形が無い‥。
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雪の頭の中は真っ白になった。
そして先ほど自分が歩いて来た方向を、即座に逆戻りし始めた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<傷ついた獣>でした。
雪とすれ違う時に見せる、あの亮の視線が切ないですね‥。
しかし気になるのはやはり走る時の足の角度‥。
ということで足の角度写真館です(笑)
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次回は蓮と恵の過去記事になります~。
<蓮と恵>その思い出(1)です。
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ここ最近は1時がくるのを毎日楽しみにしています(*^_^*)
描写がステキで、毎回ドキドキハラハラしています!
ドラマ、日本でも放送してほしいですね♪
これはもう姉様やらかにさんが騒ぎ出しますね~
私も太鼓太鼓、どこやったやら
ふー
しかし教授ったらフルネームしっかり覚えてらっしゃる
まあそれくらいお亮さんの才能に驚愕していたということで
それにしても最後師匠ったら脚の角度検証を持ってくるとは(笑)
やっぱりお亮さん三枚目の役割離れられなさそうです
こんばんは、はじめまして!
更新の1時台に来てくださってるんですか~!ありがとうございます^^!嬉しいです。
ドラマ、楽しみですよね!私も日本でも放映してほしいです~!しかしキャストが要ですねぇ。いつ発表になるんでしょうね!楽しみに待ちましょう~^^
むくげさん
おっと、ここで祭り開催ですか!
えーっとハンテンハンテン‥どこいったかいな
でも明日の記事から3日連続で蓮と恵の話なんですよね‥。前夜祭も後夜祭もできず‥^^;すいません(汗)
亮さんは三枚目も担えるところが魅力デスヨ~。
ふと見せる影のギャップと三枚目と‥振り幅大きいですよね。
ずいぶん前から画面左側のカテゴリー欄に「蓮と恵」が3話分あるので何だろうと思ってたら、それが明日からの3話分てわけですね!なるほどー
ってことは師匠もう3部を50話も用意してるのか…!
movieも増えてますね?ふふふー
師匠の仕事部屋をこっそり覗き見た気分。
でも最近お疲れのようですよね?
うっかり忘れがちですが、師匠も副業を…いや違った本職をお持ちなんですもの。平日は普通に電車のってオフィス行ったりしてるんですよね。
あまりご無理のないように。。
舞台裏を覗かれてしまった‥!
そうなんですよね~予約投稿するとまだアップされてない記事も、カテゴリ欄に上がっちゃうんですよ。
さすがさかなさんだ、目ざといな(淳)
先週はなんだかんだバタバタで記事もあまり書けませんでしたが、今週は時間が取れそうなのでガリガリ記事執筆中です!
もう日々こっちが本業のような‥。
といっても主婦なんですけどね!あまり聞かれることもないので初めて言いました‥^^
ありがと~さかなさん!
Yukkanenさん小ネタがいつもシャレてらっしゃる(^ー^)楽しいですこのブログ。
その角度でのダッシュな彼を追いかけ(教授もさぞフルダッシュされたんでしょうね、息ひとつ乱れてないけど。)わざわざ知り合いらしき女生徒に名刺まで言付けてしまう亮さんの魅力に脱帽です。さすが。
そしてYukkanen師匠(私も是非師匠と呼ばせてください)主婦だったのですねーさぞ素敵主婦と予想です。
ところで韓国に行く友人に、何か買ってきたろか?と言われたもので(免税店的な意味で)、つい「マンガ買ってきて!」(免税無関係)と言ってしまったのですが、既刊3巻で合ってますか??ま、読めないんですけどね!!!うきうき。
確かに!あの角度で走り、雪ちゃんの髪を乱す程のスピードに、あそこまで追いつけた、そして息乱れてない教授すげー。
あのオバサンおじさんだったら発作起こすどー。
逃げ出した過去と向き合うのってとても辛くて過酷なことですよね。
輝いていた時の姿を知る人の前なら尚更。そして、その人たちがどうしているのかと気にかけてくれていたならば、その逃げ出したことへの後悔も芽生えるのでしょうか…。
A大教授の亮の手を眺めながら状況を悟るところもまた切ないですね。
でも、いい先生に出会えましたね!亮さんを何卒導いてやって下さいよ、先生!
教授のフルダッシュ(笑)
相当な体力の持ち主ですね。ピアノ弾きは体力勝負ですから、きっと彼も鍛えているのでしょう‥。
単行本は3冊1セットで、今4セット出てると思います。ドラマ化で売れ行きが伸びているのか、確か青さんが購入された際は本屋に在庫が少なかったとか‥?
手に入るといいですね~♪
姉様
姉様も漫画を頼むのでしょうか^^
それとも淳がしょってる四角いリュックでしょうか、亮の着てる色の薄いシャツでしょうか‥。
かにさん
亮はきまり悪いでしょうね‥この展開。
自身ですら言い訳しながらここを見に来たわけで、そのうえ逃げ出した過去を知ってる人に会ってしまったときたら‥私でもあの足の角度で逃げ出したくなると思います。
単行本、3冊1セットの4セットなのですね!あぶい!適当に3巻位やからって言ってました!教えて頂けて良かったです。一気に全部は無理ですかねー。なんしか大量に増版されてる事を切に願います。
そしてちょびこさんが何を欲してるか気になります(笑)ライン入りスリッパも捨てがたいのでは…!