「また正門側に新しいお店が出来たよーん!」
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味趣連代表、伊吹聡美は常に新しいお店を求めて活動中だ。
聡美がスマホで表示したお店を見て、雪はその情熱にいくらか呆れ顔である。
「私も大学通ってる身だけど、周りにどんなお店があるのかなんて全く知らないよ‥」
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小さく息を吐く雪だったが、聡美は気にせず「行こ行こ!」とお昼休みに向かう気満々だ。
「ほら口コミもこんなに多いよ!見て、美味しそう!」
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その店のHPかグルメのナビか何かを見せる聡美に、雪は冷静に「広告なんだから当然でしょ」と言う。
雪はその広告を見ながら、その口コミ欄の二行に一度は店名が出てくるよう仕組まれていると分析した。
それによって、店の名を上位にヒットするようにしているのだ。
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記事をスクロールして見てみると、なるほどわざとらしいほどに店名が強調されていた。
検索結果にも、似たような語り口の口コミや文章が見つかった。雪の鷹の目は鋭い。さすが一流大学経営学部の首席である。
しかし聡美は納得するわけではなく、雪と肩を組み甘えるように揺さぶった。
「ひぃーん!それでも行こうよぉ~!久しぶりにナイフとフォークでガッツリステーキが食べたいの!」
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「そうなの?まぁ美味しそうだけど‥」
雪がそう言って聡美の提案に頷いていると、不意に後方に彼女が立っているのに気がついた。
「何が美味しそうなの?」
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二人はいきなり現れた清水香織を見て、目玉が飛び出るほど仰天した。
そのまま雪の隣に座る香織に、この授業も一緒かい‥と呟く聡美の肩が震える。
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香織はカバンから教科書やノートやらを机の上に出しながら、
雪の方を向いてもう一度「何か美味しいものでも見つけたの?」と聞いた。
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雪は聡美が新しく見つけたお店の話題を出しかけるが、隣でそれを遮るように聡美が雪に声を掛ける。
「雪!あたし課題の範囲ド忘れしちゃったから、ちょっと本見せて!」
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雪は赤線が引いてある自分の教科書を聡美に見せるが、気にせず香織は質問を続けてくる。
「何?何が美味しそうなの?」
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雪は「ステーキを‥」と言いかけるが、次の瞬間強い力で髪の毛を引っ張られた。
「ゆきぃ!このページチェックが二箇所ついてるんだけどぉ?!」
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聡美は何とか雪を自分の方へ戻そうと必死である。
しかし香織は切れ切れに雪から引き出した情報を頼りに、二人が話していた内容を推測して言った。
「お昼に行くの?ステーキ美味しそうだなぁ‥」
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雪はそんな香織を見て、うぅんと生返事をしながら聡美の方を窺った。
彼女が一緒に行きたがっているのが見え見えだったからだ。
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しかし雪は聡美の方を見て絶句した。その答えは負のオーラと共に、強烈なメッセージを伴って雪に送られる‥。
ヤダゼッタイヤダマジでマジでヤダヤダヤダヤダァァァァ
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雪はそれ以上何も言えず黙り込んだ。
これ以上何を言えるというのだろう‥。
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そんな雪の横で香織は、自分のペンケースを出しながらわざと雪のペンケースを肘に当てた。
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円筒形の二つのペンケースは、コロリと机から転げて床に落ちた。
中に入っていたペンが何本も転がり出る。
「あ、ペンケースが‥」 「あ‥!」
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雪が床に落ちたそれを拾おうと背を屈めた時、香織は上ずった声で謝りながら椅子から下りた。
すぐ拾うから、と言ってペンに手を伸ばす香織だが、慌てているため上手く拾えない。
「ご、ごめん‥!ごめんね!ああ‥!」

香織は手だけではなく、声まで震えている。
雪は彼女の名前を呼び肩に手を掛けると、親しみのある笑顔を向けて言った。
「何でそんなに謝るの? 大したことじゃないし、そんなに謝らなくて大丈夫だよ。
友達じゃない」
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雪の言葉に、香織はハッとした表情を浮かべた後、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あたしたち‥友達?‥」と呟いて。
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ボーっとしている香織の横で雪はペンケースを拾おうと手を伸ばし、あることに気がついた。
「あれ?ペンケースがおんなじ‥」
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雪と香織のそれは、色が若干違っているだけで全く同じ物に見えた。
そして雪が次に目にしたのは、自分のと似たような型の、香織が履いているブーツだった。
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やはりそういうことなのだろうかと、雪は一人思った。
同じペンケース、似たようなブーツ、似通ったファッション‥。
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香織はペンケースを手に取りながら、どこか嬉しそうに口を開く。
「あたしたちって、好みが似てるみたい‥」
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そうでしょう?と言って微笑む香織の姿を、雪は全身眼に入るように眺めてみた。
髪型、服、靴、文房具、鞄‥。
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そこに居るのは、赤山雪のコピーであった。
雪をよく知らない者は見間違うんじゃないかと思われるような、それはそれはよく研究された模倣‥。
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雪の心の中に、小さな刺が刺さったようだった。
それは些細な気がかりだったが、やがて膿んで痛みを大きくするような‥。
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一方こちらは四年生ばかりが集められた教室である。
皆の表情はどこか憂鬱そうであり、そして皆ピリピリとどこか神経質な顔をしている。
「四年が集まると空気が淀むよな」 「お前就職した?」

佐藤広隆の耳に、同期たちのそんな会話が耳に入ってきた。
そこここで交わされる就職に関する会話は、聞きたくなくとも自然と耳に入ってきてしまうものだ。
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佐藤は今の状況に苛立っていた。
そんな会話は無駄に焦燥感を煽らせるだけだと、心の中で彼らを批判した。
俺はここで妥協しないつもり‥ そこボーナスいくら?‥
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将来が見えない漠然とした不安が、教室の空気の中に浮かんでは消える。
そんなモヤモヤとした雰囲気の中で、柳瀬健太が「何とかなるっしょ」と言って笑っている。
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佐藤は健太を見て、心の中で呟いた。俺はあの人よりも優れた道を行くと。
四年間ちょっかいを出されつづけ、最早因縁の関係とも言える柳瀬健太。ヘラヘラと笑う彼を、佐藤はじっと見据えた。
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そしてもう一人、佐藤の視界に入ってきた男が居た。
同じく四年間、ずっと意識していた男。青田淳だった。
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青田淳は皆が戦々恐々と就職に備える空気の中、一人携帯をいじっていた。
隣に座った男が、淳の手元を覗き込む。
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その会話の中に、”恋愛”というワードが聞き取れた。
どうやら青田淳は新しく出来た彼女、赤山雪とメールをしているようだった。
後で会いに行くのかという隣の男の言葉に、青田淳は微笑みながら頷いた。
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佐藤はその端正な横顔を後方から眺めながら、いけ好かない思いが胸を占拠するのを感じた。
おまけに恋愛までするときた‥。気楽な人生だろうな
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青田淳に対して、四年間抱き続けていたもの。
対抗心の底にある、彼に対する劣等感‥。
淳の横顔を見ていると、その疎ましい感情が胸の中で渦を巻く。
佐藤はその気持ちの断片を外に出すように、一人フンと息を吐いた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女のコピー>でした。
他人に対する羨望感、劣等感、対抗心‥。
そういった感情が彼女を、そして彼の心を、がんじがらめにしていく‥。そんな回でした。
香織も佐藤も三部を大きく動かす登場人物になります。(おそらく‥) 先が楽しみですね!
次回は<立腹の理由>です。
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味趣連代表、伊吹聡美は常に新しいお店を求めて活動中だ。
聡美がスマホで表示したお店を見て、雪はその情熱にいくらか呆れ顔である。
「私も大学通ってる身だけど、周りにどんなお店があるのかなんて全く知らないよ‥」
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小さく息を吐く雪だったが、聡美は気にせず「行こ行こ!」とお昼休みに向かう気満々だ。
「ほら口コミもこんなに多いよ!見て、美味しそう!」
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その店のHPかグルメのナビか何かを見せる聡美に、雪は冷静に「広告なんだから当然でしょ」と言う。
雪はその広告を見ながら、その口コミ欄の二行に一度は店名が出てくるよう仕組まれていると分析した。
それによって、店の名を上位にヒットするようにしているのだ。
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記事をスクロールして見てみると、なるほどわざとらしいほどに店名が強調されていた。
検索結果にも、似たような語り口の口コミや文章が見つかった。雪の鷹の目は鋭い。さすが一流大学経営学部の首席である。
しかし聡美は納得するわけではなく、雪と肩を組み甘えるように揺さぶった。
「ひぃーん!それでも行こうよぉ~!久しぶりにナイフとフォークでガッツリステーキが食べたいの!」
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「そうなの?まぁ美味しそうだけど‥」
雪がそう言って聡美の提案に頷いていると、不意に後方に彼女が立っているのに気がついた。
「何が美味しそうなの?」
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二人はいきなり現れた清水香織を見て、目玉が飛び出るほど仰天した。
そのまま雪の隣に座る香織に、この授業も一緒かい‥と呟く聡美の肩が震える。
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香織はカバンから教科書やノートやらを机の上に出しながら、
雪の方を向いてもう一度「何か美味しいものでも見つけたの?」と聞いた。
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雪は赤線が引いてある自分の教科書を聡美に見せるが、気にせず香織は質問を続けてくる。
「何?何が美味しそうなの?」
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聡美は何とか雪を自分の方へ戻そうと必死である。
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雪はそんな香織を見て、うぅんと生返事をしながら聡美の方を窺った。
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ヤダゼッタイヤダマジでマジでヤダヤダヤダヤダァァァァ
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円筒形の二つのペンケースは、コロリと机から転げて床に落ちた。
中に入っていたペンが何本も転がり出る。
「あ、ペンケースが‥」 「あ‥!」
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雪が床に落ちたそれを拾おうと背を屈めた時、香織は上ずった声で謝りながら椅子から下りた。
すぐ拾うから、と言ってペンに手を伸ばす香織だが、慌てているため上手く拾えない。
「ご、ごめん‥!ごめんね!ああ‥!」
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香織は手だけではなく、声まで震えている。
雪は彼女の名前を呼び肩に手を掛けると、親しみのある笑顔を向けて言った。
「何でそんなに謝るの? 大したことじゃないし、そんなに謝らなくて大丈夫だよ。
友達じゃない」
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雪の言葉に、香織はハッとした表情を浮かべた後、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あたしたち‥友達?‥」と呟いて。
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ボーっとしている香織の横で雪はペンケースを拾おうと手を伸ばし、あることに気がついた。
「あれ?ペンケースがおんなじ‥」
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雪と香織のそれは、色が若干違っているだけで全く同じ物に見えた。
そして雪が次に目にしたのは、自分のと似たような型の、香織が履いているブーツだった。
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やはりそういうことなのだろうかと、雪は一人思った。
同じペンケース、似たようなブーツ、似通ったファッション‥。
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香織はペンケースを手に取りながら、どこか嬉しそうに口を開く。
「あたしたちって、好みが似てるみたい‥」
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そうでしょう?と言って微笑む香織の姿を、雪は全身眼に入るように眺めてみた。
髪型、服、靴、文房具、鞄‥。
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そこに居るのは、赤山雪のコピーであった。
雪をよく知らない者は見間違うんじゃないかと思われるような、それはそれはよく研究された模倣‥。
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雪の心の中に、小さな刺が刺さったようだった。
それは些細な気がかりだったが、やがて膿んで痛みを大きくするような‥。
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一方こちらは四年生ばかりが集められた教室である。
皆の表情はどこか憂鬱そうであり、そして皆ピリピリとどこか神経質な顔をしている。
「四年が集まると空気が淀むよな」 「お前就職した?」
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佐藤広隆の耳に、同期たちのそんな会話が耳に入ってきた。
そこここで交わされる就職に関する会話は、聞きたくなくとも自然と耳に入ってきてしまうものだ。
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そんな会話は無駄に焦燥感を煽らせるだけだと、心の中で彼らを批判した。
俺はここで妥協しないつもり‥ そこボーナスいくら?‥
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将来が見えない漠然とした不安が、教室の空気の中に浮かんでは消える。
そんなモヤモヤとした雰囲気の中で、柳瀬健太が「何とかなるっしょ」と言って笑っている。
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佐藤は健太を見て、心の中で呟いた。俺はあの人よりも優れた道を行くと。
四年間ちょっかいを出されつづけ、最早因縁の関係とも言える柳瀬健太。ヘラヘラと笑う彼を、佐藤はじっと見据えた。
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そしてもう一人、佐藤の視界に入ってきた男が居た。
同じく四年間、ずっと意識していた男。青田淳だった。
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青田淳は皆が戦々恐々と就職に備える空気の中、一人携帯をいじっていた。
隣に座った男が、淳の手元を覗き込む。
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その会話の中に、”恋愛”というワードが聞き取れた。
どうやら青田淳は新しく出来た彼女、赤山雪とメールをしているようだった。
後で会いに行くのかという隣の男の言葉に、青田淳は微笑みながら頷いた。
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佐藤はその端正な横顔を後方から眺めながら、いけ好かない思いが胸を占拠するのを感じた。
おまけに恋愛までするときた‥。気楽な人生だろうな
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青田淳に対して、四年間抱き続けていたもの。
対抗心の底にある、彼に対する劣等感‥。
淳の横顔を見ていると、その疎ましい感情が胸の中で渦を巻く。
佐藤はその気持ちの断片を外に出すように、一人フンと息を吐いた‥。
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<彼女のコピー>でした。
他人に対する羨望感、劣等感、対抗心‥。
そういった感情が彼女を、そして彼の心を、がんじがらめにしていく‥。そんな回でした。
香織も佐藤も三部を大きく動かす登場人物になります。(おそらく‥) 先が楽しみですね!
次回は<立腹の理由>です。
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分かってましたけど、字で書かれてるのを読むと
またピンとくる点が色々あります。
佐藤が青田と静香の繋がり(悪縁?)を知った時どうなるでしょうか。
>佐藤が青田と静香の繋がり(悪縁?)を知った時どうなるでしょうか。
ここの伏線がどう先に繋がってくるのか、本当気になります。何なんでしょう、あの佐藤×静香ラインは?!
佐藤が静香に惹かれていったとして、その先で淳と静香の関係を知ったら対抗心+嫉妬心で淳に今以上の敵意を持つことになる‥。
しかしそれがストーリーにどんな影響を与えるのか‥?
分からない~!!(@@;)
大抵の場合は微笑ましいと思うのですが、香織がそれをすると嫌な感じがするのはなぜでしょう?
雪ちゃんに憧れているのでしょうけど、その友人を無視したり、“あたしたち”は好みが似ているなどとうそぶいたり・・・ グループワークの件もあるし。可愛くないし胡散臭い・・・。( ̄д ̄)
だいいち、人の話に割り込むのはマナーがなってない!
雪ちゃんが鬱陶しい香織に気を遣い過ぎな様子を非常にもどかしく思っていましたが、
雪ちゃんにとって聡美は香織と比較するまでもない親友ですものね。
次回「立腹の理由」での雪ちゃんの言葉:「同じ土俵に上げてどうする」って、そうですよね。そうでした。
雪と聡美、口論しているようでも、お互いを思いあっているからであることを、上の空でもしっかり理解している太一君。ホントにいいヤツですね。
散らかったコメなんてとんでもない!
いつもどんぐりさんのコメ、楽しく拝見させて頂いています
*^^*
香織ちゃんは問題ありですね‥。
自分のことしか考えてない、見えてないってのが全ての原因なんだと思います。
彼女も最終的には更生するのか、そのままいっちゃうのか興味深いですが、あまり尺を取ってほしくないというのが希望です(あらバッサリ)
しかし味趣連は筆舌に尽くしがたい良さがありますよねぇ。雪ちゃんにとって聡美と太一は別格なんでしょうね^^