毒出し リンパストレッチ goo.gl/7rgjfM
— 藤井裕子 (@YukoTrumpeter) 2018年6月18日 - 02:11
こんばんはー!
今日は、アルプス音楽団恒例の音楽ビヤプラザライブでした。
雨の月曜日ということもあって、お客様はいつもより少し少な目でしたが、いやいや、そんな日にも来てくださるお客様!!なんとも素晴らしい一体感。物凄くいい感じで盛り上がってくださって、なんだかみんな仲間(≧∀≦)って感じでした。
7月は4日ですよん!
ところで、
いやはや、何気なく今はバックを使ってるんですけど(いつの間に?!)、物凄く思った感じで吹ける時と、もうウンともスンとも、、、って時がありまして。。。
もう吹き方分かんねー!!なんでも思ったりもしたんですけど、
ふと。。。
ん??もしかしてら、物凄く「思った通りに」吹いてるのでは??と。
「思った通り」っていったら、物凄くいい感じの時に使う言葉ですけど、ふと分かったんですよ、
良いことも悪いことも「思った通りに」なってるんじゃね?って。
「ああ、こうなったらヤダな」「ここは、こうなってヤバイ」「これは気をつけなきゃ」「あーダメだ」
これ、「ヤバイ」とか「ダメ」とかはまあ私の主観で、私の「判断」ですけど、それ以外の部分は、「こうなったら」とか言うところは、「良い感じの本来こうしたいはず」に比べて、圧倒的リアリティが!!
そのリアリティに引きずられる。そのリアリティを再現しようと無意識にしてしまう。
本当は、「こうしたい」「こんな感じで」「こういう気持ち」「こんな音で」「こんなアタックで」などなど、本当に「やりたいこと」を思い浮かべるべきところを、単に「ピンチ」のシーンを思い浮かべて、「そうならないように」と何とか身体を操作しようとするのは、インプットとアウトプットに激しいギャップがあるわけで、、、
そうなると、やっぱりリアリティのある方へ近づいちゃう。
やりたいことじゃないことを思い浮かべて、そうならないようにって頑張るだけじゃ、本来望んでるはずのことになるとは全然限らない。
消去法じゃダメなのだ。
もっと「こう!!」という感じをイメージしてナリきらないと。
それに、カラダの動かし方の方をコントロールしようとしても、自分的な音や音楽の正解を示してないわけだから、それがバチっと噛み合う可能性って、低いよね。
そんなカラダの動かし方を制御するよりは、
「こう吹きたいな!」
をできる限りリアルに想像して、「この感じでヨロシク!」と体や脳に頼んでおく方が絶対いい感じに近づくはず。
と、気づいたところで、今までを思い返すと、完全に「やりたいこと」の方のリアリティが負けてる。なんなら思い浮かんでないかもしれない。「かくあるべき」はあるんだけど、そこに「自分が演奏する」というリアリティがない。「自分」で考えると、「こうなっちゃいかん」の方がリアリティがある。
そりゃー、それじゃいかんわなー。
なので、「やりたいこと」の方にフォーカスすることにした。
とにかく、そっちのリアリティを上げるんじゃー!!
もうすでに「悪い方」のイメージに激しくリアリティがある曲なんかは、もう一度「やりたいこと」をイメージし直して、そこにリアリティがあるようにしていこう。刷り直しね。
それだな!!
よし、明日はバカっ早いから、もう寝ます。それではお休みなさーい!!
今日は、アルプス音楽団恒例の音楽ビヤプラザライブでした。
雨の月曜日ということもあって、お客様はいつもより少し少な目でしたが、いやいや、そんな日にも来てくださるお客様!!なんとも素晴らしい一体感。物凄くいい感じで盛り上がってくださって、なんだかみんな仲間(≧∀≦)って感じでした。
7月は4日ですよん!
ところで、
いやはや、何気なく今はバックを使ってるんですけど(いつの間に?!)、物凄く思った感じで吹ける時と、もうウンともスンとも、、、って時がありまして。。。
もう吹き方分かんねー!!なんでも思ったりもしたんですけど、
ふと。。。
ん??もしかしてら、物凄く「思った通りに」吹いてるのでは??と。
「思った通り」っていったら、物凄くいい感じの時に使う言葉ですけど、ふと分かったんですよ、
良いことも悪いことも「思った通りに」なってるんじゃね?って。
「ああ、こうなったらヤダな」「ここは、こうなってヤバイ」「これは気をつけなきゃ」「あーダメだ」
これ、「ヤバイ」とか「ダメ」とかはまあ私の主観で、私の「判断」ですけど、それ以外の部分は、「こうなったら」とか言うところは、「良い感じの本来こうしたいはず」に比べて、圧倒的リアリティが!!
そのリアリティに引きずられる。そのリアリティを再現しようと無意識にしてしまう。
本当は、「こうしたい」「こんな感じで」「こういう気持ち」「こんな音で」「こんなアタックで」などなど、本当に「やりたいこと」を思い浮かべるべきところを、単に「ピンチ」のシーンを思い浮かべて、「そうならないように」と何とか身体を操作しようとするのは、インプットとアウトプットに激しいギャップがあるわけで、、、
そうなると、やっぱりリアリティのある方へ近づいちゃう。
やりたいことじゃないことを思い浮かべて、そうならないようにって頑張るだけじゃ、本来望んでるはずのことになるとは全然限らない。
消去法じゃダメなのだ。
もっと「こう!!」という感じをイメージしてナリきらないと。
それに、カラダの動かし方の方をコントロールしようとしても、自分的な音や音楽の正解を示してないわけだから、それがバチっと噛み合う可能性って、低いよね。
そんなカラダの動かし方を制御するよりは、
「こう吹きたいな!」
をできる限りリアルに想像して、「この感じでヨロシク!」と体や脳に頼んでおく方が絶対いい感じに近づくはず。
と、気づいたところで、今までを思い返すと、完全に「やりたいこと」の方のリアリティが負けてる。なんなら思い浮かんでないかもしれない。「かくあるべき」はあるんだけど、そこに「自分が演奏する」というリアリティがない。「自分」で考えると、「こうなっちゃいかん」の方がリアリティがある。
そりゃー、それじゃいかんわなー。
なので、「やりたいこと」の方にフォーカスすることにした。
とにかく、そっちのリアリティを上げるんじゃー!!
もうすでに「悪い方」のイメージに激しくリアリティがある曲なんかは、もう一度「やりたいこと」をイメージし直して、そこにリアリティがあるようにしていこう。刷り直しね。
それだな!!
よし、明日はバカっ早いから、もう寝ます。それではお休みなさーい!!