ゆこちんのトランペット

トランペット奏者 藤井裕子のコンサート情報、トランペット談義のつもりが…こぼれ話や大きな声では言えない話も…毎日更新中♪

子どもにとって大事な勉強って?

2022年09月09日 23時15分08秒 | 雑感
こんばんはー!!

コンパクトな部屋を予約してたんですけど、思いがけずめっちゃ広い部屋になって、めっちゃテンション上がってまーす(^▽^)/
と言いながら、さっきまで2時間くらいモバイルsuicaの登録と、新幹線eチケット取るのに必死で、今どこにいるのかもわからんくらいでしたけどwww

お風呂も普通のお風呂なんですけど、なぜかめっちゃくちゃ気持ち良かった!
ここ、温泉地なんだけど、残念ながら大浴場壊れててwwwなもんだから風呂は部屋にある普通のお風呂なんですけど、ビックリするくらい気持ち良かったー!

シャワーするつもりで勇んで服脱いで、パッと見たらお風呂の栓が一応あったから、これでお湯貯められるぜ!とお湯バンバン出したんですよー。(たまにお風呂の栓がない部屋があるwww)

まだ全然たまってないけど、湯船にポチャッと入って、貯まるまで~と思って、のんびり。

かなりのドバドバで入れてるけど、結構時間かかるなー、、、でお湯を止めたら、「ゾワー」って音がするww

栓がピッタシじゃなくて、お湯がドンドン流れ出てたwww
手で塞いだら、ぴしゃっと止まった。めっちゃ面白いw

そんな感じだったけど、物凄く大満足の気持ち良さ。

さてさて!!今日、急にハタと気が付いたことがあったから、シェアしておこうと思ってね!

というのは、江戸時代には「四端教育」というのがあったんだそうで!

3歳から6歳までの間に、意味が分からなくても良いから、人間にとって大切なことを繰り返し繰り返し声に出して暗唱させる。

人が困ってたら、気の毒と思う心
自分のダメなところを恥じ、人の悪い行いを嫌う
間違ってることは、それをちゃんと指摘することができる


あら?あと何だったかしら・・・(;^ω^)こんなだから繰り返し繰り返しやらないとダメなんだよねwww

とにかく、人間であるにはまずどうあらねばならないか、という土台をしっかり作る、、、大事な芽を植え付ける、、、田植えをしておく、、、みたいな。

小さい時には自分が暗唱していることの意味はきっと分からないんだけど、学校に入って、そのことの意味を紐解いていくと、「なんと!!そんな立派なことを自分はすでにそらんじていたのか!!」と自己肯定感が上がるし、その大切な内容が分かって行くことで、学ぶことの面白さもどんどん分かって行く・・・

そういうことの「元」になる教育ってのが四端教育というモノらしい。

昔は、直前まで喧嘩をしていたとしても、妊婦さんが目に入ったら、喧嘩を一旦やめてその場の空気を良いモノした、というくらいに「胎教」から大切にしていたそうな。

だから、生まれてきたときには1歳、と数えていたらしい。大事な子どもはお腹の中にいても、もう大事に教育していたというわけ!

で、、、

今の時代は、みんな塾だテストだと言って、めっちゃ勉強しまくってる。

だけど、勉強の楽しさに目をキラキラさせてるとか、学びが深くなっていくとか、人間性がUpするとか、そういう感じって、ほとんどしない。。。

時間に追われて、手っ取り早く情報を取りたい、早く答えだけ聞きたい、面倒くさい、ゆっくりしたい、、、

いたずらとかハメを外した遊びとか、没頭するとか、そういうのも、めっちゃクールに「やりません」って感じ。

そこでハタと気が付いたわけ。

今、めっちゃ子どもにやらせてるような「勉強」って、本質からは程遠い、枝葉末節の小手先の勉強じゃないかい?って。

そういう一問一答みたいな、深みを求めない、「学び」というよりも「学習」ってヤツ、、

オトナはそういうモノを子どもにやらせて、それで「安心」してるんじゃないか?

学びってそんな手っ取り早いモノだっけ?

四角を穴埋めして、それで「勉強」って思ってるのって、それってめっちゃ浅はかじゃない??

でも、子どもにそれを「勉強」って言って(無理やり)やらせてるから、子どもはそれを「勉強」だと思ってる。



「試験対策」ってヤツであって、それは自分自身を生きるための「学び」ではないなと。

江戸時代に見られたような教育は、まずは人間としての土台をしっかりと作って、その上に積み上げるのは、それぞれの子どもの能力や得意なモノに応じて、展開していくという、、、それってめっちゃ素晴らしいよね。

今は、土台は作ってない。

人としてどうあるべきか、
人としてどうあることが幸せか、

そんなことはよく考えたら習ったことがない。
だから、どこか「根無し草」みたいな感覚があったな、、、と思った。

自分に土台がないから、確固たる自信が持てない。
日本の歴史(=自分の命に至るまでの歴史)を知らない。語れない。

物凄い数のご先祖様がいて、今の自分がいる・・・

日本人って、本当の意味でみんな親戚じゃないと計算が合わないってくらい、先祖の数って凄い。
そのことは私としては頭では分かっても、まだ実感としては分からないけど、とにかく自分に至るまでに想像できるだけでも、父母、父母の父母(4人)、その父母(8人)・・・これでひいおじいちゃんおばあちゃんところでしょ?まだ3代しか遡ってない、、、でも足したらもう14人もいるよ。

ひいおばあちゃんは記憶にあるから、大昔じゃない。それでもう14人。

そういう人たちが歩んできた道ってのが、結局日本の歴史でしょ?

それも良く知らないって、そりゃー土台がないと言っても過言じゃないよね。。。

昔はそういうことも含めて、人の何たるかを徹底的に教えて、土台を作った・・・だから、あとはその上に大いなる自由な学びがあったわけだ。

剣術が得意な人は、その道のことを、
学問が得意ならそちらへ、

もちろん士農工商とかあったわけだから、簡単に商売を変えられたわけじゃないけど、それぞれに土台を生かしてやって行ったわけだ。

今は、土台を学ばずに、「設問と答え」という、誰かが決めた「セット」を頭に詰め込んでるだけ、、、そのことに大人も子供も躍起になって、大事な時間を使ってる。。。

子どもの頃って、本当は「土台」を作れば良くて、そういう枝葉末節の部分の暗記とかって、正直要らなくね???と。

だってさー、今の子どもが必死にやってる勉強って、「学歴」以外に将来役に立ったかい??

お父さんお母さんは、学校で必死に詰め込んだもののおかげで、今の生活に本当に役に立ってるよーって言えることってある???

あるとすれば、その理不尽に耐えて頑張った、、、という記憶ぐらいじゃないか??あんなに頑張れたんだから、今も頑張れる!みたいな。

ホントに「学歴」ってモノを手に入れるには役に立つだろうけど、そのためにどーでも良いゴミみたいなモノを頭にどんどん入れて、勉強(本当の意味の勉強じゃないけど)がキライになっちゃう・・・本当の学びって、めっちゃ面白いはずなのに、変な教科書に書かれてることを詰め込むことが勉強だって思い込まされてさ。

変な、、、ってつけたのは、教科書に書いてあることなんて、20年前の通説であって、もはや時代遅れなモノだったりするから。

「新発見」とか「新事実」ってのは、それが学問として定着するには結構な年数を要するそうで、それが浸透してから教科書なんかに載せるから、だから20年遅れちゃうってことだそうな。

いまだに日本より中国や朝鮮の方が進んでた、みたいな歴史が教えられてるしね。こんなのは「政治」的な忖度であって、事実ではない。

今も、現在進行形で、ちゃんとした学者が言ってることで、政府やグローバリストにとって都合の悪いことは、どんどんネットからも削除されて、教科書にも載せられないし、「無きモノ」にされてる。

人は自分の認識のフィルターにかからないモノは認識できない。だから、いろんな知識がないと、存在を知ることが出来ない(そこにあったとしても)。

感情に流されて、雰囲気にのまれてしまう。

でも実は大人の結構多くは気が付いてる。
なんかこりゃオカシイな?って。

でも、そこで声を上げたりすることは、「輪を乱す」とか「面倒に巻き込まれる」とか、そういう風に思って、事を荒立てない方を選ぶ。
今の流れに乗ってても、全体としては損失だとしても、たちまち自分は別に損しない。そこで余計なことを言って、睨まれる方が損だ・・的な。

人としての「土台」が無いってのは、そういうことでもあるのかなーと思った。

私も、世の中の人が「この流れに乗って、みんなと同じくしていれば平和なんだ!」「決まりに従え!」「出る杭は打たれる(から出るな)」って言ってれば、それが正しいのか・・・自分は世の中の迷惑なのか・・・とかさ、平和を乱してるのか・・・とか思ったりもするじゃん?

実際は、乱してると思うけどwww

でも、そうやって「事なかれ主義」でいると、「茹でガエル」になっちゃうよ。世の中や子どもが茹でガエルになって、すっかりゆだっちゃって、そのままダメになっちゃったとしたら、それって無関心ゆえの悪じゃね?つか、一番悪いヤツじゃね???

人として一番悪いのは「無関心」って何かで聞いたな、そう言えば。

見て見ぬふりとか、助けもしないしいじめもしない、傍観してるだけ、、、みたいなのが一番酷いみたいな。

道で盛大にこけたときに、みんなめっちゃ視線はよこすけど、だれも助けたり声かけたりしなかったら、結構悲しいよね。
恥ずかしくて、走り出せるくらい元気ならいいけど、めっちゃ血が出たりしてても、誰も助けてくれないで遠巻きに見てるとしたら、ホント切ないじゃん。

そういうのは、いけないことだよ!そういうときにはどうしたら良いのか?

そういう心の在り方は、小さいウチに「基準」を教え込んでもらえれば、絶対生きていきやすいよ。「人として」どうすべきかを知ってるんだもの!!

そんなとき、英語の文法なんか丸暗記しててもクソの役にもたちゃしない。


人として生きるのに役に立たないものを、18年くらいの時間をかけて丸暗記させたとして、それって何??

それより、虫でもずーっと眺めてなッ!!
空の雲の動きでも見てなよ。

そこにめっちゃたくさんのなぜ?何?があって、そっちの方がずーっと勉強になる。

勉強てそういうヤツじゃん?
参考書見て、覚えるなんて、勉強のウチの極々一部のはず。それなのにそれしかやらない。その上、膨大な時間を費やしてる。

茹でガエル!!

考え直しても良いんじゃね?って思った、今日の朝でした。
それではまたねー!
コメント
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