こんばんはー!!
いや~、今日はいつにも増して家から新潟までの道中が眠くて(笑)
生きて新潟に到着できて良かったですw
さてさて、今日のテーマに行こう!
親って大事って、そりゃーそうだってところですけど、その大事の意味ってのか「大切にしよう」というのは当然だけど、今日はそうではなくて「どんな親であるかは子どもにとって重大」という意味。
親でなくとも「オトナ」と置き換えてもいい。
子どもにとっての親って、他の人に替えてみたことないからさー、どうあっても「それが当然」「それがデフォルト」ってなりますよねー。ほかのウチと比べようにもそれが分からないわけだから。
だからこそ、めっちゃ大切だなーと。
子ども自身の思考回路じゃなくて、大人のちょっとしたひと言で「そんなものか」と考えて、自分の考えだと思ってしまうことが多い。
「ちゃんとやってるのーぉ?!」
「やりなさいって言ったでしょ?」
「全然できてない」
「勉強しなさい」
「どうしてやらないの?!」
「どうしてできないの」
みたいな声掛け、、、ま、ワタシも「なんでやってないのさー!!」とか言っちゃいますけど、
お母さんやお父さんが、そうとは気が付かずに子どもに対してマウントしてる場合があります。
自分がやってみてないのに、言葉だけで子どもを動かそうとしちゃったり、
言葉で「ダメな子」っていうニュアンスを与えて、子どもをしょんぼりさせておいて、そこであれこれ言う。
あとは、その子の考えてることは全部ワタシこそが分かってる!!!と言うことなのか、それともワタシが言わなきゃ何もできないんだからワタシが言うと言うことなのか、
子どもに聞いてるのに、お母さんやお父さんが全部答えちゃうってこともあります。
あとは、「勉強しなさい」って言って、勉強さえしてりゃいいみたいな雰囲気・・・
子どもにとって、これからの人生を健康で幸せに生きるためには、勉強するってのもそりゃ1つの方法だけど、それだけで済まそうなんてのは、結構雑だなと思う。
勉強って言っても、今の子どもたちがやってる勉強は単なる「詰め込み(暗記)」が多い。思考力とか推理力、行動力、体力、物事を統合する力、集中力、他者との関係の築き方、人として大切なこと、、そういうモノがなけりゃいけないでしょ?
それを「勉強しなさい」で片付けるって、結構無理があると思うし。
でもそれも「オトナの中にある恐れ」が原因かもしれない。
人として大切なことを習って来なかったから、いい会社に就職してお金が手に入れば、幸せになるに違いない!それにはいい大学だ!、、、それなら受験対策だ!っていう短絡的な方程式に頼ってるんだよね。
人としての大切なことって何だろう?
そこを伝えられないと、何か壁にぶち当たったときに、人ってきっと生きる意味が分からなくなっちゃいがちがもしれない・・・
あとは、なんでも決まりさえ守ってりゃ良い、、みたいな風潮もどうかと思う。
その中に納まってれば怖くない的な。
本当はさ、法律違反にさえならなければ、人生を楽しく人に親切にしてハッピーに生きるために、もっと自由で良いんだと思うよね。
それがみんながお互いを監視してるかのような社会になってる気がする。
心と体がバランスよく育つように。
そんな感じで、見守ってあげたら良いと思うし、、、
そんなわけで、そろそろ寝ますー。それではまた明日ねー(^▽^)/