ゆこちんのトランペット

トランペット奏者 藤井裕子のコンサート情報、トランペット談義のつもりが…こぼれ話や大きな声では言えない話も…毎日更新中♪

やっぱりちょっと違うなって思う「レッスン」について

2021年05月05日 00時00分24秒 | 音楽&トランペット&レッスン
こんばんはー!!

今日は一日練習したり、下準備したり、譜面作ったり、SNSやったり、洗濯したり―、、、とかしてたら、もうこんな時間ですよ。相変わらずびっくりするでやんす!!

そーそー、そういや、、、今日ね、オンラインサロンでシャアしてもらった赤塚不二夫の還暦のときのドキュメント見たんだけど、いやー、、、平成7年くらいのことなのかな?!もうめっちゃ昭和の匂いだよ。そしてみんながめっちゃ人間臭いし、自分勝手なこと言いながらも結局周りのこともよく見てる・・・そして完全なパリピ状態、、、

あんなに遊べるかね???ってくらい。

ワタシのブログを読んでくれてる中に、中高生もいるみたいだからちょっとシェアできなーい(笑)って感じだよwww

それが普通にテレビで放映されてたんだから、凄い時代だと思うし、そのくらい大らかでいいじゃないかーという気もする。

すっかりなんだか清らか風な世の中になったもんだな。。。www

はーい、ところで!!!

本日はなにやら挑戦的なタイトルですね。たまにはねッ!

何がちょっと違うって思うかって???


いやー、今ね、基礎のレッスン動画を録って送らなきゃなんないんだけど、去年作った分の続きをくれっていう話で、

去年のは、ウチの楽譜とか楽器の紹介とか、謎の動画もいっぱい載せちまって、まさか続編を作らなきゃになるとは・・・

もう去年のことは忘れて、1から作らせてくれー!!って思ってます、、、

って、そういう話じゃないんだ。うんうん。

そうじゃなくて、

一昨日のブログの内容とめっちゃ関連するわけだけど、どうしてもね、

四分音符の次は、八分音符!!

とか、

このリップスラーの次はこれ!!

みたいな、そういう発育段階ってかな、こういうのなんていうんだろう??
そういう風に人って育って行くんだろうか???って思っちゃって。

もっとさー、一般的に信じられてる「簡単」「難しい」とは関係ないところに、ホントの簡単と難しいがある気がしてね。

ちょっとくらい速かったりリズムがややこしかったりしても、譜面からじゃなくて、曲を知ってたら、吹けちゃったりするって思うんだよね。

逆に、四分音符ばっかりの曲でも、歌いづらい曲とかはやっぱ吹きにくいよね。

それに、ずーっと疑問というかトラウマというかさ、

四分音符ばっかりの曲を、タンギングとかアタックとかそういうことを均等にって思って吹くと、ホントに吹きにくくてさ、歌って聞こえないし、、、

あー、、、私ってこういうの何でうまく吹けないんだ???って。

春の小川とかをね、歌だと思って吹けばいいんだけど、「楽譜通りにやるべし!!」って思って、全部アタックして吹いたとたんに、もーさー、、、全くイケてない。

子どもが吹いた方が、子どもらしくて良い感じに聞こえるくらい。

でも私の頭の中の春の小川はそういう曲じゃないので、それを無視してとにかくアタックして、、、ってするから、ホントクソ(ピー!!!!放送禁止ッw)みたいな感じになって、だからホントそういう曲とかデモ演ヤだね。

ヤだけど、頭のどこかに「できるべきでしょ?四分音符なんだから!!」って声も聞こえて。

なんかそのうち、あんまりできないから、子どもが吹いてるのが頭に残ってきて、そんな吹き方になったりして、全く無意味だぜー。

そして、いつしか私の中では歌の曲を歌の曲として吹くときと、教本の歌の曲をちゃんと吹くときは、別モノで、譜面の通りに吹くことこそ、教本では正義だ!!っていう意識だったんだよね。

もちろん、自分だけが好きに吹いていい時なら、絶対そうは吹かないって思ってる。「ちゃんとしないと!譜面通り」っていう「強迫観念」が半端なかったのだ。

でも、やっぱりそれって無意味って思えてきたんだ。

四分音符のアタックを揃えたいなら、それはそれでやったらいい。何も春の小川(例えとしてね)を全部アタックをtututututu・・・って揃える必要あるかね???

だってさ、「はーーーーるのおがわは さーらさーらいくよ」って言ってんだよ??

絶対いろんなアタックだろーよ???むしろいろんなアタックだろー???

と思ったわけだ。。。

とここまで書いて、あれ??それが普通ですか??教本とはいえ???(笑)

え??ワタシだけが強迫観念に???(笑)

そうかもしれん、、、恐ろしや・・・・

というわけで、今日からはもう教本とはいえ、「曲」として吹くからなッ!!!


おっとっと、本筋から逸れてしまったが、

案外、音域さえ楽な範疇なら、少々指がややこしくても、リズムが難しくても、頭の中で音楽が鳴ってれば、結構イケるんじゃないか?

音域ばかりは急には厳しいと思うから、そこは曲を選んで!!

あ、別に指やリズムがややこしくなくたって良いと思う。心を込めて吹きたいきれいなメロディーとかも良いよねー。

そういうのを吹いていきながら、ああこれが四分音符ですかーと覚えていくのでもいいんじゃなかろうか?と。

この前ね、ジェームズ・スキナーさんだったと思うんだけど、素晴らしいセミナーをやる人のお話を聞いててね、ほとんどがぐうの音も出ないほど素晴らしい内容だったんだけど、1つだけどうしても納得いかないなーってことがあって。

それは、

あるピアニストが音楽の原理を学ばずにピアノばっかり練習してたから、作曲もできないんですよ。原理(理論って言ったかなぁ?)を学べば、例えばハーモニーとかリズムとかそういうモノを学べば、もうある程度作曲はできます。

って。

んー、、なんか書いてみると、確かに・・・って気になって来ちゃうんだけど、どう納得いかなかったかというと、理論を学べば作曲できるっての。
音楽って理論で出来てるんだろうか???
あるいは理論なしでは作曲できないだろうか??
どんな曲作ろうとしてるかにもよるだろうけどね。

きっとどんなのでも作曲というなら、きっとそのピアニストさんだって作曲はできると思うよ。逆に理論に合ってなくても、何か意味のある音たちが並んでいたら、作曲というかもしれないし、もっと言えば、ジョン・ケージみたいに1発も音出さなくても作曲ってあるわけだから、そうなっちゃったら、もう誰でも作曲できる???

理論だけで組み立てた音楽ってのを、実際音楽って言っていいのか、
いや、なんだって生み出されれば音楽でしょ?とも言えそうだし、、

あー、もうよくわからんけど、

でもその時感じたのは、ああそういう理論ありきの欧米(って決めつけていいか分かんないけど)の考えが、なにか音楽に制限を付けて、楽譜や理論に縛り付けてるんじゃないかって思ったわけ。

アフリカの音楽とか、めっちゃ理論で言ったら複雑すぎて、大変なことになってる・・・それをもって「野蛮」とか「粗野」とか言うのかもしれないけど、実際に聞いてみれば、何とも躍動感があって、素晴らしいハーモニーとグルーブがあるわけで、そっちの方が生き生きしていて音楽的かもしれんし。。。

なんか、「決まり」とか「理屈」とか「法則」から音楽を見すぎて、音楽が感じて楽しんでいくものから、「かくあるべき」「守らねばならない」「一部の人の」「段階を踏む」「システマティックな」モノになっちゃってるのかなって思ったわけです。

もっと、「わー!!!これやりたーい!!」って思うようなことから始めてもいいじゃんか??

でも、なんかそれを許さない感じがあるし、楽器を部活で始める場合には厳しくストイックにやることこそ大事みたいな空気に包まれたりして、「音楽」やるっていうよりは「楽器を通して精神修練」みたいなw

それもあっても良いんだけどね。

そんなことを思ったのでした。

さーて、寝るとするか!!やたら目が冴えて来ましたけど、良い子は寝る時間だ!!

というわけで、また明日ねー!!

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