ゆこちんのトランペット

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あんな風に吹けたらいいな、、、の心の解説。英語と似てる?!

2020年01月12日 00時14分00秒 | 音楽&トランペット&レッスン
こんばんはー!!

いやー、サンドバルとナカリャコフが吹き合いっこしたり、自分の楽器見せたり貸したりしてる動画を見てて、

あー、サンドバルいいねー(昔はぜーんぜんいいと思わなかったけど、今は人柄も含めてめっちゃファン)、あんな風に演奏できたら楽しかろうなー、、、


って思って、、、、

あら??

おや???


そこでなんか急にわかった気がして

サンドバルの「技術」を羨んでたけど、

違うな!!

もし私に彼の技術があったとしても、ああは吹けない。

じゃー何かって??


「吹きたい音楽」
「心に浮かんでる音楽」
「表現したいモノ」

そっちの問題だな!!って。

今日、大学のレッスンの空き時間が2時間あって、あれこれYouTube見たりしながら、気分を上げて練習してたんだけど、ちょっと聴いただけでも、それが引き金になって、

「こんな風に吹くぞー!!」っていうモノが頭に浮かべば、

案外そんな風に吹けたりして!!


ところが、なんだか頭に「理想」は浮かんでるんだけど、、、みたいなときは、身体は動かず、思い通りにならない感じがして、行き詰まった感じがして焦ったりする。


でも、よーくよーく考えてみたら、、、

その「上手くいかないヤツ」も実はある程度「思った通り」じゃないか?!

そう、何だかんだ思った通りになってるんじゃないか?!


だから思ったヤツが良い感じだと、めっちゃ思った通りだし、気持ちも良いし、ハッピー


するってーと、技術はもちろん非常に大切で必要なモノなんだけど、「出したいモノ、音楽」があってこそ、それを出すための技術が生きる。

技術だけ追求しても、出したいモノがなかったり、変なモノだったりしたら、結局それが出て、結果それが良くなかったりすれば、実際は思った通りに出てるのに、「思ったように吹けないや!」ともっと技術に走るのかなー?なんて思っちまった。


で、ふと、


日本人の英語に似てるな、と思った。

ついつい私も言っちゃうけど、

「わー、英語できるのー??凄いねー!」


これ、日本人あるあるだよねー。でも、普通に考えて、義務教育でも習うし、そのあと高校や大学でも授業あるわけで、そんなに習って、英語が出来ないって気がするっての、完全に教育の敗北だよね。。。

そんな中で英語が喋れると「凄い!」って思っちゃうし、そこを目指しちゃう。

そして、英語らしい「発音」とか、文法とか、そっちに気を取られちゃう。まー特に「発音」はこだわるポイントかもねー。


でも、よーく考えてみると、他の国の人なんか普通に英語喋れたりするじゃん??(喋れない人がいっぱいのところももちろんあるけど)。

それに、ホントに大事なのは「英語っぽく話せるか?」よりも、「何を話したいか、それが英語で相手に伝えられるか?」じゃん??


「言いたい内容」とそれが「伝わるかどうか?」、

それじゃん??

その上で、ネイティブっぽいとかは、憧れるポイントではあるけど、一番大事か??って言ったら違う気がする。


それが音楽も同じ気がしてきて。


音をちゃんと出してちゃんと並べられる。

それって素敵

まあ、音楽だから綺麗な音が並べば、それはそれで価値がある。英語以上に、美しいだけでも価値はある。

でも、それってそれだけだとしたら、「上手だね」な気がする。

「ステキ」とか「良かったわー」とか「感動した」とかには、もうちょい中身も必要な気がするんだよねー。


こんな風に、これを、、、

それをたくさんたくさん持って、それを伝えるために必要な技術を身につけたり、練習したりしたら良いんじゃないかなー?!って。


「音楽」そのものにもっともっと照準を当ててやっていこう、と思いましたー。

それではまた明日ねー!!おやすみなさーい!

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