大きなひょうたんが持ち込まれた。高さ55㎝、太さは下が40㎝。布袋さんと寿老人を描いて、その間に般若心経でも書いてみようかな。右の漆仕上げのひょうたんは縦8㎝、太さは下が4㎝。
明日から一週間、教室が休みなのでじっくりと腰を据えて描いてみるか。そんな余裕があるの?という声が聞こえてきそう。
来年の干支である「戌」の絵を描かなくては・・・。はがき絵や色紙など、仕事が山積み・・・。
大きなひょうたんが持ち込まれた。高さ55㎝、太さは下が40㎝。布袋さんと寿老人を描いて、その間に般若心経でも書いてみようかな。右の漆仕上げのひょうたんは縦8㎝、太さは下が4㎝。
明日から一週間、教室が休みなのでじっくりと腰を据えて描いてみるか。そんな余裕があるの?という声が聞こえてきそう。
来年の干支である「戌」の絵を描かなくては・・・。はがき絵や色紙など、仕事が山積み・・・。
奈良町を散策。絶好の行楽日和。たくさんの観光客がここ、三条通を歩いている。いきなりホテルの前の外車。こんなのに一度は乗ってみたいな・・・・。店の前で和ろうそくの職人さんが、ろうそく作りを実演している。飛騨高山のろうそく作りの職人さんだろうか。珍しいのか、たくさんの人が買っている。
竹細工を売っている露天でこんなかわいいカボチャが・・・。このカボチャ、座布団付きで何と400円なり。欲しかったけれど、買ってどうするの?と聴かれたら返事に困るので、眺めて通るだけに・・・・。
この餅つき風景、テレビでもよく見かけますよね。かけ声も勇ましく、餅をアッという間につきあげるのを・・・。いつもここは黒山の人だかり。つきたての餅をほおばる外人さん。観光の街、奈良を実感します。
まだまだ見所は一杯ありますが、お腹が空いてきたので、行きつけの中華料理店「あおによし」へ直行。
日の入り前に白い大きな月が出ていた。そして日没。秋は日が暮れるのが早い。あっという間に夜に・・。やがて満月にほぼ近い月が・・・。明日は、今日行ってきた奈良街散策風景を掲載します。今日は少々疲れました。
先ほど、ダルマ絵をそれぞれはがきに100枚づつ描いた。このはがき絵にどんな言葉を入れようかと・・・・・。「初心」という言葉が浮かんできた。「しょしん」と読むのは一般的すぎる。「うぶ」もいい。「ういごころ」、この響きはなおいい。「うい」や「うぶ」の語源は「生み」「産む」、生命の誕生に由来する言葉だとか・・。
人間の細胞は60兆とか・・。人は毎日、ささやかな生まれ変わりを繰り返している。生まれたばかりのような、まっさらな心で観れば、見えなかったモノ、見失っていたモノが見えるかも知れない。
「初心忘るべからず」と言いますが、「初心(ういごころ)」も忘れたくないですよね。
それにしても、国政を預かる国会議員の情けないこと。初心も信念もあったもんじゃない。「朝令暮改」という言葉もあるって?もう言い訳は聞きたくない。
教室の掲示板。人目のつく場所に設置してあるが、何と言っても一番人気なのは私の似顔絵。入って来るなり、ブフフと笑ってしまうらしい。それだけならいいが、足が長すぎる・・とまで言う。実物より若すぎる・・・とまで言う。この掲示板には、その時その時のみんなのヒット作品を掲示している。ここに載るように頑張ろうと言う人もいるから、まんざら捨てたもんじゃない。昨日、似顔絵を描いて貰いに行った生徒さんが何人かいる。さて、どんな似顔絵ができあがったのかな?楽しみだ。私は思っていてもブフフなんて笑わないよ。
私の大好きなカッパの作品をこももさんにオーダーした。出来上がってきたので、早速はがき絵の上に乗せて飾ってみた。良い眺めだ!!手塩をかけて作ってくれたこの作品、大事にしたいと思う。ところでよく使われる「手塩」とは・・・。そうです。昔の食事は、一人分の料理がお膳にのって出てきましたね。その中に塩ののった皿があって、その塩でめいめい味加減して食べたそうです。手ずから世話をするという意味で「手塩にかける」と・・・。小皿のことを「おてしょ」というのも、「お手塩」が変化したもの。手塩に掛けて育てたり、作ったものには、それぞれ強い思い入れがあり、愛情があるものです。これからは、何事にも、「手塩」をかけて作ったり育てたりしでみようかな・・・。
バターナッツなんきんであるが、料理方法を変えてみた。油で炒めてから肉を細かく切って入れ、出汁でたき、砂糖の代わりに水飴を入れてみた。美味しい。これはいける。栗ナンキンみたいなホクホク感はないが、焼いたときの感触とは全然違う。料理の仕方でこうも味が変わるモノなのか?「料理の仕方」、これは人間にも当てはめることが出来る?そんな気もした。このナンキンは和歌山の「ふうの丘」で売っているが、ちなみに値段は一個160円也。
料理の仕方で
「秋時雨」という言葉がありますが、風情のある雨として大変好まれています。蝉時雨、虫時雨、木の葉時雨、落葉時雨、雪時雨など・・・・。それぞれ、ひとしきり降り注ぐ時に使われています。そして、涙の時にも・・・。時雨心地ちは、今にも鳴きそうな気持のことを言うそうです。「時雨」の語源は、「しばし、暗し」とか、「過ぐる」とも言われます。もよおした悲しみは、ひとときの事。通り雨のように、いつか過ぎて行くもの。こんな美しい言葉の中に、そこまでの思いが込められているのかも知れません。
このかかしの顔のはがき絵を見て、「先生、この顔はイヌですか?」「そうです、イヌです」「ブルドッグですね」「そうです、ブルドッグです」。「難しいですね、描くのが・・・」。そのとき、隣の生徒さんが言いました。「難しいことあらへん。自分の顔を鏡に写して描いたらええねん」。そうしたら言われた生徒さんが「先生、いびられた。言葉の暴力やで」と・・・・。
そこで私も言わなければよかったのに、「そんなん思っててもよう言わんは」と・・・・。「先生、それはないで」という話しになり、みんな声を上げて笑い転げました。この生徒さん、家に帰ってキッと鏡を見るんでしょうね。クワバラくわばら・・・・。