『漢方の味』(鮎川静:著、日本漢方医学会出版部:1939年刊)という本をご紹介しています。今回は第9回目です。
◆高血圧と糖尿病
この本が出版された当時(昭和14年)は、高血圧と診断された人に対して血圧を下げる注射を打つことが流行していたそうですが、鮎川氏は、これについても見当違いな処置であると批判しています。
そもそも、なぜ血圧が上がるかというと、血圧を上げなければ身体の維持ができなくなるという周囲の状況があったはずなので、血圧だけを下げようとするのは向こう見ずで乱暴なやり方となるわけです。
ちなみに、鮎川氏は、血圧が高くなる原因が主として肝臓にあるのではないかと考えていたそうです。
この本には高血圧の具体的な治療例が載っているのでご紹介しましょう。
あるとき、体格の良い肥満した四十代半ばの男性が鮎川氏の医院を訪ねてきたそうです。
この男性は、少し急いだり重荷を担ぐと息が詰まって苦しいので、内科を受診したところ、高血圧と診断され、注射を打ってもらって血圧はかなり下がったものの具合は良くならず、鮎川氏の評判を耳にして来院したのだそうです。
そこで、鮎川氏は彼に大柴胡湯(だいさいことう)、大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)の三方合方を処方したところ、主症状も自然ととれて血圧も下がり、非常に感謝されたそうです。
それから約一年後、鮎川氏は、妻が上京するので駅まで送って行った際、偶然この男性と再会したそうです。彼は先年のお礼を述べ、「先生の薬は糖尿病にも効きますね」と言ったそうです。
そこで詳しく話を聞くと、彼は二、三か月前に腫れ物ができてかかりつけの博士を訪ね、その際、持病の糖尿病がどうなっているか検尿して調べてもらったところ、まったく糖がなかったのだそうです。
鮎川氏によると、体質改善に重きを置いた処方によって主症状とは別の持病がいつの間にか治ってしまうことは「ザラに有(あ)ること」だそうです。
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今回最初に登場した大柴胡湯は、『漢法医学講演集 第1輯』(森田幸門:述、木曜会:1940年刊)という本によると、本来は有熱性伝染病の薬で、大便が出にくくて、のどが悶(もだ)えて苦しい、胃のところが非常に張って苦しい、という症状を目当てに処方するそうです。
ただし、主薬の柴胡(さいこ)は肝臓の働きを円満にすることと、胃腸が悪いために癇癪(かんしゃく)が強くて気がイライラしている人にこの薬がよく効くことが書かれていて、漢方の理論によれば肝臓が悪いと怒りっぽくなるそうなので、大柴胡湯には肝臓の病気を治す効能があるようです。
次の大黄牡丹皮湯は瘀血(おけつ=古くなった不要な血液)の薬で、詳しいことはいずれ近いうちにご説明する予定です。
最後の桃核承気湯は、本ブログの「風邪と脳膜炎」でご紹介したように、やはり瘀血の薬です。
したがって、これらの薬は、肝臓を治療し瘀血を改善することによって、この男性の主症状(少し急いだり重荷を担ぐと息が詰まって苦しい状態)を解消し、同時に高血圧と糖尿病も治してしまったようです。
やはり、対症療法ではなく、体質改善が大切なのですね。
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